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金色のウロボロス 電拳のシュウ  作者: 荒野悠
第十章 渡り鳥と少女 ――多国籍異人組織・カラーズ編――
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第百六十九話 足りない情報

「――ロウ……ロウ!」


 仮眠中のロウは自分を呼ぶ声で目を覚ました。反射的に飛び起きる。辺りを見渡すと船の仮眠室であった。


 横を見るとニコルが俯きながら立っている。


「……なんだ?」


「あの……ごめんなさい」


 ニコルはもじもじして顔を赤くしている。下腹部をさすっている仕草でロウは事情を察した。


「ばかやろう、トイレくらい一人で行け!」


「えっと……間に合わなかった……です」


 ストレスが原因なのかニコルは夜尿症になっており、何故かその度にロウが起こされた。


「……お前、何回目だ? 犬コロじゃねぇんだからシャーシャー漏らすな!」


「ごめんなさい……ロウ、怒らないで……ください」


「……ったく、さっさと洗ってこい! 水は貴重なんだぞ、ちくしょう……ごほっ」


 ロウはニコルを追い払うと目を閉じた。


 この密航船には青髪のロウと日本人のスメラギ、少女ニコル、他三名の難民が乗船している。


 密航ブローカー百頭ひゃくとうを返り討ちにした後、数日間は冬岩へ向けて航海していたが、エンジンが故障し漂流していた。食料の備蓄はあり、水は造水機で何とかなっていたが、この状態が続くと何が起こるか分からない。


 夜間はニコルを外した五人でローテーションを組んで見張りをしていた。海保や海賊を警戒してのことだ。百頭が所持していたアサルトライフルやロケットランチャー等の武器はあるが、こちらの戦力は異人のロウとスメラギくらいで、他は素人の難民である。無駄な戦闘は避けたかった。


(ピョートルと連絡が取れれば何とかなるんだが……ネットが使えないんじゃどうにもならねぇな。衛生電話もねぇし)


 ピョートルはカラーズのリーダーで、古くからの友人である。カラーズは北海道と九州、埼玉に拠点を持つ多国籍異人組織だ。麻薬密売や密航ビジネスを展開している。


 今回の密航でカラーズのルートを使わなかったのは、最近、特殊能力者協会にマークされているからだ。捕まるのが自分だけならまだいいが、組織が一網打尽にされたら目も当てられない。それで料金が安かった百頭を選んだのだが、案の定失敗し、漂流している。


(くそ……電拳のシュウに借りを返すまでは死んでたまるかよ)


 そこまで考えるとロウは眠りについた。しかし、数時間後に再び身体を揺すられた。


「ロウ……ロウ!」


「……なんだよ、ガキ」


「遠くに……船が……見えます」


「なに?」


 ニコルは怯えた表情を見せ、小さな肩を震わせていた。


「この時間は……ブリッジにスメラギがいるな」


 急いで甲板に上がり、ブリッジを目指す。外は明け方、星の光より空の光が明るくなってきている。


 慌ただしい雰囲気に他の難民も目を覚ました。皆がロウの後を追う。


「おい! 船が見えるか!」


 ブリッジの中のスメラギは落ち着いた様子で答えた。


「おう、ロウさん。速いねー、オレも今気が付いたってのに」


「ああ、ガキからの情報だ」


 この船のブリッジは高所に設置されており、遠方まで見渡せるようになっている。


「まだ十マイル以上は先だぜ。ニコルっち、よく見えたなぁ」


 水平線の向こうにうっすらと船影が見える。夜なら見逃していただろう。


「どれくらいで接近する?」


「うーん……早くて三十分、遅くて一時間かなー」


「無線は?」


「まだない。まあ海保に傍聴されたら終わりだから使いたくないよね、こちとら密航船なわけだし。それともメーデーするかい? 一か八か」


 船内に緊迫感が走る。ニコルがロウにしがみついてきた。


「……ロウ!」


 ニコルや他の難民の強制送還は多くの場合、死を意味する。彼等は内戦や紛争、迫害から逃れようと国を捨ててきている。戻っても劣悪な環境の収容施設に入れられ、死を待つだけだ。敵はテロリストだけではない。国家に殺されることも珍しくない。


 密航は危険な賭けだ。途中で難破して死ぬことが多い。それでも彼等は大金を払って海を渡るのだ。この地にいるよりはマシ――そう考えて。


「どうする、ロウさん。助けを求めるか、それとも乗っ取って制圧するか……相手が普通人なら余裕だけど……虎穴に入らずんば虎子を得ず作戦でいくかい?」


「……このまま漂流していても死ぬだけだ」


 ニコルの手が震えている。この少女も祖国で地獄を見てきたはずであった。楽園を目指してこの船に乗っている。彼女達にとってここが運命の分かれ道なのだ。生きるか死ぬか――。


「ふん……情報が足りねぇな」


 ロウはニコルの顔を見下ろすと、小さな肩に手を置いてこう問うた。


「おいガキ……お前、なんであの船が見えたんだ? ブリッジにいたスメラギより先に気付くっておかしいよな」


「え……」


「あの時もそうだったな。お前は何故海面から……俺の背後の敵が見えたんだ?」


「……」


「お前……異能を使っているな?」


 ニコルは上目遣いでロウを見ると、ゆっくりと首を縦に振った。

【参照】

ロウとシュウの因縁→第五話 電拳のシュウ

協会にマークされているロウ→第七十六話 異能研

ピョートルについて→第七十八話 カラーズ

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