第百六十八話 ニコルです!
密航船のブリッジの中にロウとスメラギはいた。スメラギはビールを片手に上機嫌である。
「良い天気だねぇ、ちょっとしたクルージングじゃん。あはは」
そこからは甲板にいる密航者達が見える。私服だと怪しまれるので、乗組員の制服を着せていた。
あの事件後、海に落ちたことで体調を崩し、更に一人が死んでいた。それから四日経過しているが、仲間割れは起こっていない。ロウがリーダーとなり他のメンバーはそれに服従している。
「なあ、ロウさんよ。百頭の奴等が報復に来るんじゃねぇかな。その前に海保にパクられるかもしれねーけど。どっちがマシかねぇ」
スメラギはタバコを吹かしながら言った。そしてタバコケースをロウの方に向ける。
「……俺はいい……ごほっ」
「ふーん」
咳き込むロウを見て、スメラギはタバコの火を消した。
「ん?」
視線を感じて横を見ると、ブリッジの出入り口から純白のセーラー服を着た少女が顔を覗かせていた。彼女の名はニコルという。アジア系の難民である。
「あはは、元気? ニコルっち。制服似合ってんじゃん」
スメラギは笑顔で手を振った。彼女が着ているのは倉庫にあった子ども用の水夫の服である。
「あ……りがとう……ございます。……助けて……くれて」
ニコルは顔を赤くしながら礼を述べた。
「いやいや、何度も言ったけど、オレは見捨てようとしていたから! 助けたのはこっちの青髪のおじさん。怖い顔しているけど仲良くしてあげてねー」
スメラギはロウを指差しながら可笑しそうに笑った。ニコルはじっとロウの顔を見ている。
「……余計なことは言わないでいい。俺が助けたのは気まぐれだ。次は捨てていく……覚悟しておけよ、クソガキ」
ニコルはトトト……と小走りで駆け寄ると、ロウの腰にしがみついた。
「……おい!」
ロウは険しい表情でニコルを見下ろした。一般人なら震え上がるほどの怒気を込めている。しかしニコルはロウを見上げると笑顔を見せた。
「ニコル! あたしはニコルですよ」
ニコルはドヤ顔ではっきりと名乗った。
ロウの鋭い視線で射貫かれてもニコルに怖がる様子はない。数秒の沈黙の後、先にロウが視線を逸らし、大きく溜息をついた。
「……」
「ぷっ! あははは!」
二人を見てスメラギが爆笑する。
「おい、笑うな」
苛立ったロウはスメラギの襟を掴んで睨むが、馬鹿笑いは止まない。
「……ちっ」
腰にひっついているニコルを引き離そうと頭を掴むが離れようとしない。
「俺は青髪のロウだぞ……! くそ、どいつもこいつも馬鹿にしやがって……! ごほっごほっ!」
船は大海原を進んでいく。冬岩港を目指して――。




