第百六十五話 青髪のロウ
薄暗い部屋に十人の男女がいた。国籍、年齢、服装に統一性はない。共通しているのは憔悴した表情である。皆、床や廃材の上に座っていた。
大して広くない部屋で天井は低い。窓はないが、排気ダクトが設置されており、換気はされている。男女共用のトイレは一穴。衛生的とは言えない室内である。
そしてエアコンがないので暑かった。空気が淀んでいるので蒸し暑く感じる。劣悪な環境だが、清水タンクや食料はあるので餓死はしない。しかし、中には死んだように動かない者もいた。
この部屋、おかしなことに出入り口がない。隅にハシゴがあるが、天井より上には行けない。つまり、ここにいる者は自由に外へ出られないのだ。この状況は監禁と大差なかった。
「あっちぃなぁ……出航してからまだ十日くらいだろうが、一ヶ月に感じるぜ。タバコ吸いてぇなぁ」
もじゃもじゃ頭、いわゆるカーリーヘアの長身痩躯の男がぼやいた。軽薄そうな雰囲気の若者である。大量の汗をかき、うんざりした表情をしていた。
「なあ? アンタ、名前は? 青のロン毛のおっちゃん」
若者は隣に座っている男に話を振った。
「……」
その男は真っ青な髪を後ろに束ねている。頬は痩けて無精髭が生えていた。この世の不幸を全て背負ったような雰囲気を纏っている。
「オレはスメラギ。日本人さ! 訳あってこんな所にいる。聞きたいかい?」
無視された若者は意に介さず問うてくる。根っから明るい性格のようだ。
「……ロウだ、分かったらもう黙ってろ、日本人……ごほっ」
青髪の男は鬱陶しそうに名乗った。喉が悪いのか咳き込んでいる。
「へぇ、中国人か。日本のどこに行くんだい? ロウさん」
「……東銀だ」
青髪のロウは多国籍異人組織カラーズのメンバーである。数ヶ月前、ソフィア誘拐事件を実行したチームのリーダーで、メイ、ディアン、ミラと共に東銀へカラーズの拠点を造るために密航した。
百万ドルの身代金を当面の活動費として、龍尾とのパイプを構築する算段だったが、水門重工と揉めることを嫌った龍尾はこれを拒否した。ソフィアは水門重工の重要な取引先、マラソン・エナジー常務取締役フィル=エリソンの令嬢だったからだ。
もともと龍尾頭領、火龍のリーシャはビジネス色の濃い思考をしていて、密輸や密売、密航、飲食、不動産事業などに注力し、龍王のような過激な行動を好まない。新参者のカラーズはそれを知らなかったのである。
ロウにとって想定外の出来事はこれだけではなかった。まず、メイ達が失踪し、未だに連絡がつかないこと。そして金髪の少年、電拳のシュウとの戦闘で敗れ、中国へ強制送還になったことだ。特に後者は拠点造りの計画に大幅な遅延を生じさせている。
「オレはタイから乗ったんだけどさ。今、鹿児島辺りかねぇ。そろそろ韓国船か日本船に乗り換えるんじゃねぇの。そんで太平洋側から冬岩港まで行くルートだろ。日本海側は海保のガードが固ぇからな」
ロウ達は密航船の中、船倉の隠し部屋にいた。
薄暗く蒸し暑いのは地下室だからである。出入り口は機関室の床下点検口のみで、その上には燃料タンクが置かれている。つまり地下室側から開けることはできない。万が一、海保に立ち入り検査をされても、極力見付かりにくい構造になっているのだ。
スメラギはロウに合わせて流暢な中国語を話している。
「ん? あの子見たことあるね。ほら、あの隅にいる女の子。確かサルティとパキンの国境にあるジャングル収容所から逃げてきた子じゃねぇかな」
スメラギは少女を指差して言った。ジャングル収容所とは国外退去させられた不法移民を拘留する監獄のような施設である。
「……ごほっ」
ロウは無言でその方を見た。
少女は疲れ切った顔をしていた。痩せこけて顔色が悪い。この世界に絶望したような、感情の籠もっていない目をしている。
「タイで見掛けた時は五人だったけど……船に乗る前に死んじまったんだろうな。子供一人で密航しても身体売るか死ぬかのどっちかだろうにねぇ。着いた先は楽園ではなく地獄さ」
スメラギは年齢の割には達観していた。少女に同情するわけでもなく、馬鹿にするわけでもなく、淡々と主観を述べている。
「ところでロウさんは東銀に何をしに行くんだい?」
「……借りを返しに行くんだ」
「へぇ、誰に?」
「金髪の小僧だ」
「ふーん、喧嘩でもして負けたのかい?」
ロウは返事をせずに、冷たい笑みを浮かべる。それを見たスメラギは肩をすくめて会話を止めた。
【参照】
フィルについて→第一話 異人街の便利屋
ソフィア誘拐事件→第七話 真相
青髪のロウについて①→第五話 電拳のシュウ
青髪のロウについて②→第二十七話 黒川南
龍尾のリーシャについて→第五十八話 龍の器
青髪のロウについて③→第七十六話 異能研
龍王について→第七十九話 龍王




