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金色のウロボロス 電拳のシュウ  作者: 荒野悠
第九章 異人狩りからの脅迫状 ――滝本ココナ編――
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第百六十話 ソフィアとヴィオラ

 ソフィア=エリソンは協会の広告塔マスコットとして活躍していた。彼女は異能訓練校に来る前から、大企業マラソン・エナジーのCMやSNSに出演していたので、協会のイメージアップに大いに役立った。


 フランス人形のような可愛らしい容姿もあり、瞬く間に学校の人気者となっていた。勉強は優秀で、運動神経は抜群。異能の成績はいまいちだが、それがまた愛嬌となっているようであった。


 クラスメイトのアンナと瑠璃は親友と呼べるほど仲が良かった。二人の系統は精神感応系イー・エス・ピーで、念動力系サイコキネシスのソフィアとは異なる。将来的に三人は別のコースへ進むが、それはまだ先の話であった。


 ソフィアとアンナ、瑠璃が廊下を歩いていると、前から別の女子グループが現れた。


「あ……ヴィオラだ」


 アンナは露骨に嫌な顔をした。


 ヴィオラは黒髪ショートヘアのイタリア人である。ふわふわのブロンドでお嬢様の雰囲気を醸し出すソフィアとは異なり、クールで気が強そうな印象だ。ソフィアと同じ念動力系の少女で、異能の成績はクラスでトップクラスだ。


 今、クラスではソフィアのグループとヴィオラのグループで割れていた。特にヴィオラはソフィアを意識して何かと絡んでくるのである。


「あら、相変わらず仲良しね。あんたたち」


 ヴィオラはソフィア達を一瞥すると、意地悪そうな笑みを浮かべて言った。そしてアンナと瑠璃の顔を見る。


「はーん、イー・エス・ピーなんかと仲良くしているんだぁ? 自分とは別系統のお友達作って安心しているんじゃないの? ねえ、ソフィア、あんたのサイコキネシス雑魚だもんね~? もう退学すればぁ?」


 ヴィオラは息がかかるくらいの距離まで顔を近づける。


「系統なんて関係ないでしょう。誰と仲良くしていても良いじゃない。放っておいてくれる?」


 ソフィアが毅然とした態度で言い放つと、ヴィオラが吹き出した。


「イー・エス・ピーなんてモブの集団じゃないの! 協会ここで出世したいならサイキネって常識だよ? それなのに……そいつらと群れる? ありえねーって」


 ヴィオラのグループは念動力系で集まっており、それ相応の実力があった。しかし、ソフィアはヴィオラに押されることなく言い返す。


「黒川亜梨沙さんは精神感応系で副会長になっているでしょう。それに異能研にだって優秀なギフターは沢山いるわ」


「はぁ? 副会長はレアな異能を複数持っているって噂じゃないの、魔眼とかさ。それ、結局は才能ってことじゃん。てめーらとは違うでしょ、あんたばかぁ?」


 そこでアンナが口を挟んだ。


「ちょっと、ヴィオラ! いい加減にしなさいよ! 先生に言うからね」


「うっさい、てめーはボルシチでも食べてろよ! あ、ないか、氷川SCにそんな田舎料理! てめーの国、ビンボー過ぎてヤバイっしょ! あはは」


 ヴィオラの発言で廊下に笑いが起こった。喧嘩を仕掛けたところで念動力系には勝てない。アンナは悔しそうな表情でヴィオラを睨んでいる。その目には涙が浮かんでいた。


(私の親友が……泣いている)


――ヴィオラ(このひと)は……『悪い人』……?


 ソフィアはすーっと感情が冷めていくのを感じていた。


「あなた悪い人ね……私の親友を泣かすなんて……許さないわ」


「許さないならどうすんの、ソフィア? うっざいんだけど」


 ヴィオラはソフィア達に右手をかざした。


「私のサイコキネシス……受けてみる?」


 ヴィオラの手にマナが集約されていく。窓ガラスがカタカタと音を立て、教室のドアが軋んだ。初等部の生徒とは思えない威力のサイコキネシスが放たれようとしていた。


「ソフィー! もういいよ! 逃げよう!」


 アンナと瑠璃はソフィアの手を引いて逃げようとしたが、ソフィアは動かない。冷たい目でヴィオラを見ていた。ヴィオラのマナの波動に野次馬がざわつき始める。


「ちょっ……ヤバイって! 授業以外で異能使ったら! キレてんじゃねーよ!」


 グループの女子生徒が慌ててヴィオラを止めようとする。しかし、ヴィオラは残酷な笑みを浮かべたまま能力を発動させた。


「きゃはは! 吹き飛んじゃえ!」


――廊下をマナの閃光が明るく照らす。ソフィアは思わず目を瞑った。空気が震撼し、空間が弾ける音が響き渡った。生徒の悲鳴があがり、そして静寂が訪れる。


 ソフィアはゆっくりと目を開けた。


「……南先輩?」


 ヴィオラとソフィアを遮るようにして黒川南が立っていた。


 南の眼前には一メートルほどの氷塊が浮いている。ヴィオラの念力はそれに弾かれ消えたようである。辺りに肌を刺すような冷たい空気が漂っており、自分の吐く息が白くなっていた。


「きみ、名前は?」


 南はヴィオラの顔を見ながら問うた。


「あ……ヴィオラです、ヴィオラ=アドルナート」


 ヴィオラはアイスキネシスに圧倒されていたが、慌てて答える。


「もっとマナを絞った方が良いよ」


 南はそう言うと指をパチンと鳴らす。すると浮かんでいた氷塊が乾いた音を立てて砕けた。野次馬から歓声が上がる。アイスキネシスを間近で見る機会など、滅多にないからだ。


「は、はい。ご助言ありがとうございます。……あ、私行かないと。失礼します……黒川先輩」


 ヴィオラは俯くとその場を足早に立ち去った。その様子にグループの女子は呆気にとられる。


「待ってよ、ヴィオラ! ランチ行くんでしょ! 皆で行こうよぉ!」


 女子達が後を追いかける。それに伴い野次馬もはけていった。その場にはソフィアとアンナ、瑠璃、そして南が残された。


「……」


 南は三人の顔を見比べる。いつも通り眠そうな表情だ。ソフィア達は落ち込んだ様子で南の言葉を待っている。喧嘩を咎められると思っているのだ。


「精神感応系の方が、就職先が沢山あるよ」


 南は抑揚のないトーンで呟いた。突然の発言に不意を突かれた三人は大きな瞳を瞬かせる。


「あ、そうなんですね。……よ、良かったね。アンナ、瑠璃、将来安泰だよ」


「う、うん」


 三人は戸惑いながらも笑顔を浮かべた。微妙な空気が辺りを漂う。


 南はアンナの顔を見てもう一言言った。


「ボルシチって美味しいの?」


「え? あ、はい! 東欧の家庭料理なんですが……美味しいですよ。旧市街の柳家百貨店には専門店があります」


 アンナは頬を染めて答えた。


「ふーん」


 納得したのか、していないのか、表情からは分かりづらいが、南は軽く頷くと背を向けて歩き出した。アンナと瑠璃は何やら盛り上がっているが、ソフィアはモヤモヤしたものを感じていた。


「私、先輩と話があるから行くね」


 ソフィアはそう言うと、南の後を追っていった。



 ◆



「ちょっと、ヴィオラ! どこまで行くんだよ! 昼休み終わっちゃうじゃん!」


 ヴィオラ達は屋上まで来ていた。肩で息をするヴィオラは舌打ちするとこう言った。


「うっせ、そこにカフェあんじゃん! バインミーでもテイクアウトすればぁ?」


 ヴィオラはそう言うと庭園のベンチにドカッと座った。その顔は赤い。


「うっそ、あんたサラブレッドは嫌いって言ってたじゃん! 黒川姉弟も気に入らないってさ。え、実は推しだったの? 氷の王子さま(アイスプリンス)


 グループの一人、チサトが笑いながらヴィオラをからかう。アイスプリンスとはファンの間で呼ばれる南のあだ名である。他のメンバーも意外そうな表情をしていた。それ程、ヴィオラのエリート嫌いは有名なのだ。


「……別に嫌いとか言ってねーじゃん」


「あっれ? アンタがソフィアに絡むのって……もしかして……?」


「ちげーよ! 私はあーいう平和ぼけしたお嬢様が嫌いなの!」


 ヴィオラは溜息をつくと、こう呟いた。


「はぁ……すごかったぁ、先輩。A級は遠いなぁ」


「アイスキネシスのこと?」


「それもだけど……黒川先輩、排マナが少なかった。無駄なマナを使っていないんだ。すごいよね、私は排マナが多いのが課題だからさ。マナ絞れって指摘されちゃったし、マジで的確」


 排マナとは異人が異能を発動した時に排出されるマナのことだ。原理は不明だが、異人はエネルギーの反動を排マナにして逃がすと言われている。使うマナが多ければ、当然排マナも多くなる。


「技の規模と使ったマナ量に誤差がないんだよ。異能の反動があるから排マナは出るんだけど……排マナの出方が……イケてた」


 ヴィオラは頬に手を当ててうっとりしている。


「あんた、どこ視ているのよ。排マナフェチなの? フツー顔でしょ、顔!」


 チサトが呆れたように言った。少しの間、呆けていたヴィオラだが、すぐに表情が嫌悪感で歪む。


「それにしても今日のソフィアはウザかったじゃん……どうやって潰してやろうかなぁ」


 冷酷なヴィオラの呟きは昼休みの喧噪に紛れて消えていった。

【参照】

黒川亜梨沙について→第二十四話 特殊能力者協会

マラソン・エナジーについて→第七十四話 マラソン・エナジー

異能研について→第七十六話 異能研

ソフィアの入学→第百二十七話 ソフィアの編入

アンナ、瑠璃、ヴィオラ→第百二十九話 ソフィアの学校生活

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