第百五十九話 アルテミシアの三乙女
銀髪の少女、フィオナ=ラクルテルは協会事務局次長のフェルディナン=ルロワに呼ばれていた。来週に予定している夜回りについてミーティングがあるのだ。事務室に入ると、フェルディナンが笑顔で手を振った。
「フィオナさん! よく来てくれましたね」
フェルディナンは癖のある金髪をサラッと後ろに流している爽やかな青年だ。仕事は日常業務全般の補佐である。優秀で何でもそつなくこなすため、雑務が集中するが、涼しい顔でやり遂げている。
フェルディナンの席の前には既に二人の少女がいた。どちらも騎士団の赤い制服を着ている。同じく団員であるフィオナとは当然見知った顔である。
「フィオナさん、お久しぶりです」
笑顔で挨拶するのはアルテミシア騎士団副団長のアリス=レスタンクールである。アリスはホワイトブロンドの少女で聖騎士のような雰囲気だ。
「あら……アリスじゃない。シンポジウムのテロ事件以来ね」
アリスは月宮市で開催された「小児がん患児の療養環境」をテーマにしたシンポジウムに参加した際、テロ事件に巻き込まれたのである。その時の掃討作戦でフィオナと顔を合わせていた。
フィオナはアリスの隣にいる団員に目を向けた。
オレンジ色の長髪で気が強そうな少女だ。名をブリュンヒルト=フォルスターという。年齢はフィオナやアリスより若干上である。
ブリュンヒルトはフィオナの顔を一瞥すると一言言った。
「足を引っ張らないでよ、フィオナ。それとアリスもね」
ブリュンヒルトは不機嫌そうな表情でぶっきらぼうに言う。対するフィオナも愛想がない。アリスがにこやかに笑って間に入った。フェルディナンがその様子を見て苦笑している。
アリスは【光剣の乙女】、ブリュンヒルトは【火盾の乙女】、そしてフィオナは【銀槍の乙女】の異名を持つ。三人はアルテミシア騎士団の看板娘であり、三乙女とも呼ばれていた。それぞれが協会のギフターでもあり、等級はA級からAA級である。
「さて、来週の夜回りは夜戦に強い君たちにお願いします。ダーカーの調査、その他トラブルの対応が任務です。抗争の影響で治安が悪化しています。気を引き締めてください」
フェルディナンは注意を促すと、更にこう続けた。
「同時刻、異人支援協会JAIが夜回りをする予定です。最近、西の方でホームレスへの暴行事件が多発していますので、そちらの対応もお願いします。もちろん夜勤手当は付くし、翌日と翌々日はオフになります」
「はい!」
アリスは笑顔で快諾したが、フィオナとブリュンヒルトは軽く頷いただけであった。フェルディナンは若干不安そうな表情を浮かべている。
(アリスさんがいるから……大丈夫だよね。喧嘩しないといいけど……)
フィオナが片手を上げてこう言った。
「フェルディナン……南も連れて行きたいのだけれど……構わないかしら?」
「黒川南くんを?」
「ええ、ダーカーは犬型なのでしょう? きっと素早く動き回るわ。南のニブルヘイムで機動力を削げると思うの……氷壁で捕らえることもできるわ」
「なるほど、副会長が東北に出張していて判断を仰げませんが……事後報告で構わないでしょう。許可します」
副会長の黒川亜梨沙は、冬岩旧市街で起こった殺人事件の合同捜査に参加していた。
「ちょっと待って! あの子、何歳だよ? フィオナより年下だろ! 子守りは嫌だし、魔女の許可無しで連れて行ったら絶対ややこしくなる! 私は反対だよ。アリスだってそうじゃないの?」
フェルディナンの言葉にブリュンヒルトが反応する。同意を求められたアリスは困ったように笑うと、こう答えた。
「私は構いませんよ。南くんには以前にも助けられましたしね。危なくなったら私がフォローするので大丈夫です」
「フィオナ! あんたがあの子を気に入っているだけだろ! 任務に私情を持ち込むのは止めてよね! 何かあったら魔女にどう言い訳するんだよ!」
凄い剣幕だが、フィオナは涼しい顔をしている。
「別に良いじゃない……私たちが守ってあげれば。副会長がいない今がチャンス……なの。邪魔をしないで……ブリュンヒルト」
「魔女の留守中に泥棒猫みたいなことしたら殺されるよ? 大体あんたはいつも……」
ブリュンヒルトが更に言い返そうとした時、フェルディナンが口を開いた。
「黒川南くんのアイスキネシスは役に立つでしょう。まだ幼いですが、彼はA級ギフターですよ。経験はこれから積めば良いのです。それに……彼はシャーロット狙撃事件の時に犬型のダーカーを目撃していますからねぇ」
「そりゃ、そうかもしれないけど……! 連れて行くなら稲葉か羽生の方が……」
ブリュンヒルトは食い下がるが、フェルディナンが首を横に振った。
「ああ、稲葉くんは副会長に同行していますので不在ですよ。副会長には私から報告しておきます。南くんには私がチャットをしますが、彼は読まない可能性があるのでフィオナさんからも伝えてください。では、解散」
フェルディナンは笑顔で三人を見回した。優男だが芯はしっかりしている。もう何を言っても覆ることはなさそうだ。
「はぁ……魔女の弟かぁ……めんどくさぁ」
ブリュンヒルトは大きな溜息をついた。
【参照】
シャーロット狙撃事件→第四十四話 世界の終わり
ダーカーを見た南→第四十六話 雷火のラン
稲葉、ブリュンヒルト、羽生→第六十四話 フィオナと稲葉
晋太郎と吸血鬼→第百四話 吸血鬼
シンポジウムのテロとアリス→第百五話 アルテミシア騎士団
冬岩の殺人事件→第百四十一話 行雲流水
異人支援協会ジャイについて→第百四十二話 夏目和彦




