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金色のウロボロス 電拳のシュウ  作者: 荒野悠
第九章 異人狩りからの脅迫状 ――滝本ココナ編――
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第百五十八話 悪党の流儀

 その部屋は散らかっていた。ゴミは出されておらず、使った食器はそのままだ。床には服が散らかっている。五畳程の部屋に足場はなかった。生活空間はベッドの上に限定されている。カーテンは閉められており、部屋の中は暗い。


 遠藤達は部屋を片付けて、自分のスペースを確保した。


――ベッドの上に女性が正座していた。歳は二十代後半だろうか。真っ白い肌で目は虚ろだ。その視線は遠藤を見ているようで見ていない。黒い髪が腰まで無造作に伸びており、着ている服は汚れていた。


(……いつ見ても気味悪いな)


 新垣は遠藤の後ろからベッドの上の女を見ていた。


 女の名を芳田絵里子という。異人病に罹患した異人だ。症状は強い幻覚と醜形恐怖症、摂食障害である。通常の抗精神病薬では完全に症状を抑えられない。笠原ワクチンが効くとされているが、高額で庶民には手に入らないのだ。


 芳田は虚ろな表情で遠藤を見た。


「遠藤さん……良かった……無事だったんですね」


 掠れた声で呟く。


「こんにちは、芳田さん。お弁当を持ってきました」


 芳田は遠藤の挨拶には答えず話を続ける。


「わたしは……遠藤さんが呪いのマナで縛られているのを目撃していました。大変なことになっているなって……心配していました。ああ、良かった。遠藤さんに何かあったら、わたし……わたしは……また地獄に戻ってしまいます」


 そう話す芳田は無表情だ。口だけがパクパクと小刻みに動いていた。真っ白い顔が薄暗い部屋の中で浮かび上がって見える。如月はその様子に狼狽えた。


「あはは、心配かけてすいません。芳田さんの願いが通じたんでしょうね、私は元気です」


 遠藤の言葉に釣られて芳田は微かに笑った。もともとは美人だったのだろうが、病んだ人間の表情は独特な雰囲気を醸し出す。


「わたしには……遠藤さんしかいません。どこにも行かないでください。お願いします、お願いします、もうあそこには戻りたくありません、お願いします」


 芳田はベッドから下りると遠藤の手を握った。何日も風呂に入っていないのだろう。そのような臭いが鼻についた。しかし、遠藤は嫌な顔を見せずにこう言った。


「また来ますよ。だからお弁当は食べてくださいね。残したら駄目ですよ」


「……はい、食べます。ちゃんと食べます。だからまた来てください。わたし祈っています……。遠藤さんが呪いに負けないように……夢の中で祈っています」


 新垣は無言で弁当をベッドに置いた。如月はぎこちない笑顔を浮かべている。遠藤達は一礼すると部屋から出た。


 新垣が疲れた表情で口を開いた。


「……芳田さん。食うかな? 弁当」


 その呟きに遠藤が答える。


「いや、食べてもトイレに吐き出すよ。彼女は自分が太っていると思っているからね」


 如月が遠藤の返事に顔を曇らせた。


「そんな……あれ以上痩せたら……」


「彼女はね、鏡の中の自分が太って見えているんだよ。昔の男が質の悪い闇金屋でね、少しでも太ると暴力を振るう奴だったんだ」


「……」


 新垣と如月は無言で返す。遠藤は歩きながら淡々と解説した。


「彼女は異能の暴発で人を殺してしまった。状況証拠で起訴され有罪となり服役。出所後は風俗で生計を立てていたんだけど、多額の借金を抱えて暴力団雪風組の闇金屋の愛人となった……」


 遠藤はそこまで話すと一呼吸置いた。


「……その後、二度の中絶を経験。精神を病み、男に捨てられた後、異人病に罹患。福祉施設を転々としてドラゴン荘へ来た。多分、もうここから出られないね。死ぬまで」


「そんな……まだ若いのに……」


 如月にいつもの笑顔はない。同じ女性として芳田の壮絶な過去に絶句し、彼女の未来に絶望する。


「その闇金屋は北海道で死んだ。当時、殺し屋だった三上拓哉と飯田伸介に殺されてね。人生色々だよ、本当に一寸先は闇さ」


 遠藤の話を黙って聞いていた新垣が、暗い雰囲気を吹き飛ばすように言った。


「まあ、青木さんも芳田さんも遠藤さんに感謝しているじゃないすか! 悪いことばかりじゃないっすよ」


 遠藤はくるりと振り返り、こう答えた。


「何を言っているのさ。――悪党だよ、私は」


 遠藤の表情に如月は寒気を感じた。笑っているわけでも、怒っているわけでも、悲しんでいるわけでもない。感情らしいものは何も無かった。


「勧善懲悪がこの世の理なら、私は真っ先に死んでいるはずさ。……でも、世界はそんなに単純ではないんだ」


 遠藤はそう言い捨てると、次の部屋に向かって歩き出す。そしてこう呟いた。


「こんな世界は……きっと間違っているよね。でもだからこそ悪党なりの流儀が必要なんだ」


――弁当を配り終えて、三人はワンボックスカーへ乗り込んだ。そのタイミングで雨が降ってくる。


「あー、疲れた! ドラゴン荘はキツいぜ! 精神病院と変わらねぇ!」


 新垣は車のハンドルを握るとぼやいた。


「あはは、龍王は彼等の生活保護で支えられているよ。これも大事な仕事さ。今日はもう三軒回るからね」


 遠藤が苦笑して新垣をねぎらう。如月にも笑顔が戻っていた。和やかな雰囲気の中、車が発車する。


 田舎道はドライブに最適だ。川や林が目の保養になった。カラスや野犬はやかましいが、車の中なら安全である。如月がタブレットを見ながら「今後のスケジュールですが……」と話し始めた。


「まずは異人狩りの被害です。先日、龍鱗のメンバーが異人ホームレスのスカウト中に、異人狩りに襲われました。激しい異能合戦となり複数人が重傷」


「うわ、うぜぇ。『異人狩り狩り』が必要な世の中だな」


 新垣がハンドルをバンッと叩いた。


「異人狩りの標的は全ての異人です。つまり、龍王われわれも標的……。異人狩りの掃討作戦と龍尾との抗争を並行しなくてはなりません。後藤さんは抗争で多忙なので、異人狩りの方は坂田さんが対応します。冬岩からヤオさん達が戻ってきて合流する予定です」


 如月は「そして……」と話を続ける。


「遠藤さんと新垣さんは九州へ出張です」


「九州ですか……なるほど」


 如月の発言に遠藤は頷いた。新垣だけが理解できていない。


「え、なんなの? 九州に何かあんのかよ! オレにも分かるように解説頼むぜ」


 ハンドルを切りながら問う。雑な運転に車がガタガタと揺れた。


「龍尾の五天龍の一人、赤龍の本拠地が九州、籠鳥町(かごとりちょう)なのさ。新垣くん」


「はぁ? 青龍の次は赤龍かよ!」


 新垣は心底うんざりしたような表情で叫んだ。


「【赤龍(サラマンドル)】のシンは龍尾頭領【火龍(コアトリクエ)】のリーシャの師匠だと言われています。そのパイロキネシスを受けて生きて帰った者はいないと……。お二人とも、ご愁傷様でーす♪」


 如月は清らかな笑顔で解説し、お悔やみを申し上げた。耳に心地良い美声であったが、まるで他人事のようで腹立たしい。


 遠藤が如月の言葉を引き継いだ。


「籠鳥町は巨大な異人街なんだ。日常的に反社異人組織が抗争を起こしている。そしてその勢力図を複雑にしているのが……地元の暴力団、籐堂会(とうどうかい)なのさ」


 車が大通りに出た時、ゲリラ豪雨が降り出した。遠くで雷鳴が聞こえる。


「赤龍の件……後藤さんは遠藤さんに一任すると言っていました」


 如月がタブレットを操作しながら後藤のメッセージを伝える。


「そうですか……分かりました」


 遠藤は事務的に返事をする。その視線は前方のテールランプを通り越して、遙か遠方の九州を見据えていた。

【参照】

後藤について→第二十九話 龍の襲来

遠藤と新垣について→第六十七話 遠藤と新垣

坂田について→第六十九話 詐欺の才能

五天龍について→第百十九話 龍尾の五天龍

三上と飯田について→第百三十二話 闇龍

芳田絵里子と闇金屋について→第百三十三話 空っぽな少女

如月について→第百四十一話 行雲流水

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