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金色のウロボロス 電拳のシュウ  作者: 荒野悠
第九章 異人狩りからの脅迫状 ――滝本ココナ編――
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第百五十話 焚き火の前で

 玄のテントの前にはカップ酒の空き瓶で組まれたカマドがあった。大量の空き瓶が円になるように積まれ、その中心で火を焚いている。エキセントリックな光景に圧倒されながら、これだけの酒を飲んでいることに驚いた。瓶の数は百や二百ではない。


 そのカマドを囲むように椅子が並べられ、シュウとココナ、夏目やホームレス達が座っている。ホームレスのテント村で眺める焚き火は、どこか郷愁を感じさせた。


 玄は器用な手つきで豆を挽いていた。手動ミルである。ガリガリガリ……。豆を砕く乾いた音が森に溶けていく。


 シュウが時計を見ると午後三時を指していた。丁度、オヤツの時間である。ココナはエコバッグからクッキーを取り出し、皆に配っていた。どうやら手作りらしい。


 シュウは改めて滝本ココナを観察した。二十代前半で少々おっとりしている。異人支援協会JAI(ジャイ)の職員で異人やホームレスの支援をしているようだ。


 出会って十数分だが分かったことがある。彼女はホームレス達から絶大の信頼を得ていた。一介の職員がここまで好かれる理由は分からない。


「よーし、よし」


 玄は楽しそうに呟くと、粗く挽いた豆をフィルターに入れて、ドリッパーへセットする。そしてデカンタに乗せて、細い湯を注いだ。


 蒸された粉はこんもりと膨らむ。豆が新しい証拠であった。玄は慣れた様子で湯を注いでいる。良い香りが漂ってきた。


「いいか、小僧。滝本さんが招待したから、特別に飲ませてやる。しかし! 変な真似をしたら叩き出すからな!」


 シュウは手渡されたコーヒーを見た。思っていたより淡い色合いで、酸を感じさせる香りが鼻腔をくすぐる。一口飲むと、程よい苦味と爽やかな酸味が広がった。


「へぇ。暑い中でホットってどうだろうと思ったけど……美味いな。じいさん」


「そうだろう! その日のコンディションに合わせて豆と挽き方を変えるんだ!」


 玄は胸を張って解説をしている。相当なコーヒー通であることは分かった。今はホームレスだが、喫茶店のマスターだった経験は伊達ではないらしい。


 夏目が口を開いた。


「良いコーヒーだ。ピノノワールのワインを彷彿とさせるね。玄さん」


 シュウはそう語る夏目を見た。年齢は還暦に近そうである。偏屈そうな強面だが、ココナには好かれているようであった。


「シュウくんもクッキーどうぞ!」


 ココナはシュウの隣に座るとクッキーを差し出した。決して甘党ではないシュウだが、素直に好意に甘えることにする。


 ホームレスのテント村でホームレスが入れたコーヒーを飲みながら手作りクッキーを食べている。西の果てで不思議な体験をしている自分に思わず笑った。


 その様子を見てココナが大きな声をあげた。


「あー! やっと笑ってくれましたね! シュウくん」


「え?」


「男の子はもっと元気に笑っていないとダメですよ」


「あ、ああ……。そうすね。はは」


 シュウはココナの言葉に戸惑いながらも笑った。マキシムラインで荒んだ心が晴れていくのを感じていた。



 ◆



 コーヒーを堪能したホームレス達は三々五々解散していく。それぞれが自分の生活に戻っていった。カマドの周りにはシュウとココナ、夏目と玄が残される。シュウはホームレス達の後ろ姿を見て、異人が多いと思っていた。


 夏目はシュウの視線の意図を察して言う。


「西綾瀬公園は異人が多いんだ。近くに難民キャンプがあるからね。難民の異人率は高いんだ。どうしてだか分かるかい? 少年」


 シュウは無言で首を横に振った。夏目は焚き火を見詰めながら話を続ける。


「聞いたことあるだろう? 地獄を見た分だけ、絶望した分だけ、強力な異能が発現する――と。だから難民出身の異人は多いんだ」


 シュウは脳裏にファイブソウルズのジャスミンと土使いの顔が浮かんでいた。あの化け物じみたマナ量の代償が深い絶望感だとしたら悲しい話だと思ったのだ。


「シュウくん……?」


 ココナは急に黙ったシュウに声を掛けた。心配そうに覗き込んでくる。


「いや、何でもないよ。ココナさん」


「なあ、小僧。難民だけじゃねぇ。俺達ホームレスも死と隣り合わせだ」


 玄が焚き火に薪を放り込みながら語り出した。パチパチと弾ける音が響く。


「暑くて死ぬ。寒くて死ぬ。病気で死ぬ。自殺する奴も多い。つい最近も丸山って若者が死んだ。死んだら行旅死亡人こうりょしぼうにんとして扱われ、速やかに火葬される。引受人なんて見付からないから無縁仏だな。かかった経費は自治体が立て替える。事務的に。劇的な死なんてない、寂しく死んでいくだけだ」


 シュウは黙って玄の話を聞いている。ココナは寂しそうに火を眺めていた。


「それだけじゃねぇ。ホームレスは殺されることが少なくない。頭の悪い未成年や酔ったサラリーマンがゲーム感覚で襲ってきやがる。警察に相談してもホームレスの話なんて聞きやしねぇ」


 シュウはテント村を見渡した。料理をしている者、洗濯物を干している者、空き缶を潰している者、家電を解体している者、各々の時間を過ごしている。彼等も理不尽な暴力を受けたことがあるのだろうか。


「何故、ホームレスが集まるのか。何故、村ができるのか。徒党を組んで襲撃に備えているのさ。殺されないようにな」


 玄はそう言うと腰を上げた。夏目もそれに倣う。シュウも席を立とうとすると、夏目に止められた。


「少年。今の話を聞いたうえで、滝本さんの話を聞いてやってほしい。私達は席を外そう」


 夏目はそう言うと公園の出口の方へ歩いて行った。


「小僧! 滝本さんに変なことしたら許さねぇぞ。ここらのホームレス全員敵に回すことになるからな!」


 玄は悪態をつきながら夏目の後をついていく。そして夏目と玄は公園を出て行ってしまったのである。


「シュウくん、ごめんなさいね。玄さん、悪い人じゃないのよ。私だって最初は嫌われていたんだから。出て行けーって言われていたのよ? ひどいでしょう」


 ココナは苦笑しながらフォローを入れた。しばし沈黙が流れた。薪が弾ける音が響いている。ココナが口を開いた。


「異人狩りって知っていますか? シュウくん」


「え? ああ、たまにニュースで聞くかな。怖い世の中っすよね」


 異人狩りとは異人を標的にした暴行事件、もしくはグループ名である。


 オヤジ狩りやホームレス狩り、魔女狩り、移民狩り、難民狩り……時代ごとに様々なリンチが存在したが、最近では異人狩りが流行だ。しかし、呼び方が変われど構造は変わらない。単なる憂さ晴らしやマイノリティへの差別である。


 だが、異人狩りで怖いのは多くの偽物に紛れて本物が存在することだ。それは表面化しづらい異人同士の抗争であることが多いからだ。


「私……異人狩りに脅迫されているのです」


 ココナは怯えた表情を浮かべて呟いた。


「え? だってココナさんは……」


 滝本ココナは普通人である。それはシュウから視ても明らかだった。


「シュウくん――私を守ってくれますか?」


 ココナは震えながら言葉を絞り出した。テント村の喧噪が遠のいていく。ココナの黒縁眼鏡にゆらゆらと焚き火の炎が映っていた。

【参照】

難民キャンプについて→第五十九話 荒川第一難民キャンプ

ジャスミンについて→第七十一話 ジャスミンの正体

西綾瀬公園について→第八十一話 荒川アウトサイダーズ

土使いについて→ 第九十九話 テロリスト

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