第十五話 兄が好きすぎる妹の事情
「ひゃっはー♪ 最新のエアコンはサイコーだぜ!」
シュウの頬をそよそよと冷風が撫でていく。先日のフィルの案件で多額の報酬を得たため、エアコンを新調したのだ。
「兄さん、外から見えますから。カウンターに座る時は姿勢を正してください」
妹のリンが買い物を終えて店内へ入ってきた。やんちゃな兄とは違い可愛らしい顔をしている。もし「理想の妹ランキング」があれば、上位にランクインするだろう。シュウは給湯室の冷蔵庫に買ってきた物を収納しているリンを見て言った。
「リン、お前さぁ、普通の子供のように学校へ通っても良いんだぜ?」
リンは「またその話ですか」と溜息をつく。
「協会は異人の学校を運営しているだろう。通えば友達とかできるんじゃねーの?」
シュウとリンは孤児である。児童養護施設、星の家で育った。リンは妹だが娘のように思える時もあり、シュウは彼女の将来を心配していた。
「兄としてはなぁ、お前には幸せになってほしーんだ。いつまでもベッタリってわけにはいかねーよ」
「あの……年齢一つしか違わないのに、老けたこと言わないでくださいよ。兄さんだってまだまだ少年じゃないですか」
「な、なにぃ! 俺、一応店長なんですけど!」
シュウが星の家を出た後、リンの落ち込み方は相当なものだったという。彼女は元来感情を表に出す性格ではなかったが、孤独のストレスは体調に現れた。食事の量が減り、無気力になっていった。
リンはシュウが便利屋を開業してから、頻繁に仕事を手伝いに行った。リンのサイコメトリーは便利屋の仕事で大いに役立ち、事業を軌道に乗せるに至ったのだ。
そしてリンは十五歳になった時、施設を出て異人街へやって来た。便利屋の二階と三階は賃貸アパートになっていて、リンはシュウの隣の部屋に入居したのだ。
当時のリンはかなり痩せていたが、この数ヶ月で体重は戻りつつある。リンとしては苦労に苦労を重ね、ようやく兄との同居にこぎつけたということだ。
「兄さんが施設を出てから私は一人でした。ようやくまた一緒になれたのに、何故離れなくてはならないのですか」
リンは給湯室から出てきてシュウに言った。
「それとも私がここにいて困るような……やましいことでもあるのですか?」
「別にねぇけどさ」
リンの態度は頑なである。兄離れをしない妹の将来を心配するシュウの思いは届かないらしい。シュウは「やれやれ」と溜息をついた。リンはシュウの背中に抱き付くと耳元で囁く。
「それに兄さんは騙されやすいですからね……変な女が寄ってこないように私は一生お側にいますから」
シュウは身震いした。
「おいおい、俺は彼女欲しいんだよ。ドラマのような恋愛をして結婚するのが夢なんだぞ、こう見えても」
リンはムッと不機嫌になった。
「……私を内縁の妻にすれば良いじゃないですか。百歩譲って愛人ですね」
「お前……! 兄妹もののエロゲやり過ぎなんだよ! 音声が部屋まで聞こえてるからな! 兄としてどう受け止めりゃいいんだよ」
「も、申し訳ありません。兄さんも一緒にやりますか?」
シュウは突っ伏しそうになるのを堪えた。もはや何も言い返す気力が起こらない。パソコンに視線を戻しメールをチェックした。
(今日は午後から来客があるな。えーと? シャーロット=シンクレアさんか)
今日の予約はこの一件である。シュウはコーヒーを飲みながら依頼の内容に目を通すことにした。