第百四十六話 シュウの座禅
埼玉県の氷川東銀座は日本で最大の異人街である。多くの人が行き交い、経済が動く街だ。氷川駅に程近い商店街に異人の案件に特化した便利屋がある。店の名を金蚊という。
店長はシュウといい【電拳】の異名を持つストレンジャーだ。
金髪のウルフカットで、金色の瞳を持つ少年である。まだ身体は成長期だが、電気のマナの恩恵で身体能力は高い。得意技は拳に電気を集約して放つ<電拳>である。
情に厚い性格で、理性ではなく感情で動く。難しいことを考えるのは苦手だが、直感で正解を掴み取っていく、そんな少年だ。一見強面だが、何故か幼女や少女にモテる特性があった。ブラコンの妹にそれを咎められているが、どうしようもない。不可抗力であった。
シュウは自室の床で座禅を組んでいた。
集中力とマナ量を向上させ、マナ・コントロールの技量を高めるためである。エレキ系の中級技、放電の<火花>を習得するためには、スキルアップが必須なのだ。
しかし、精神的に未熟なシュウは、なかなか無心にはなれない。抱えている問題も多いため、雑念が浮かぶ。
まずは異人の歌姫、カリスことシャーロット=シンクレアの狙撃事件。最初から危なっかしい女性だと思っていたが、付き合っていくうちに放っておけなくなった。天真爛漫な性格と闇の部分が溶け合った不思議な人だった。
彼女を救えなかったことはシュウのトラウマになっている。事件後、重傷を負ったシュウは東銀座異人病院に運び込まれたが、意識が戻るとシャーロットの死亡を伝えられた。この目で死体を見たわけではないので実感が湧かないことも未練が残った理由であろう。
カリス自体が何事もなかったかのように歌手を続けていることも彼女の死の現実感を遠のかせる要因だ。カリスは素顔を明かさないアーティストである。ファン交流はアバターを使っていた。おそらく今のカリスは代役であろうが、シュウにそれを確かめる勇気はなかった。
「兄さん。コーヒー飲みますか」
リンの言葉で現実に引き戻された。目を開けるとリンがベッドに座って雑誌を読んでいる。せっかくの休日なのに、何故か兄の部屋でくつろいでいる妹に若干の不安を覚える。
「飲まない。俺座禅中」
シュウは座禅に集中した。
そして、協会のギフター、黒川南とフィオナ=ラクルテルとの因縁。シャーロットが狙撃された直後に姿を現した二人が犯人である可能性が極めて高いが、フィオナはそれを否定した。以前ほどの敵意は持っていないが、黒川の方は一度ぶん殴ってやりたいと思っている。
異人自由学園でファイブソウルズのルトナが自爆したことも記憶に刻まれている。話に聞くと、どうやらファイブソウルズはサルティ連邦共和国で起こっている戦争の被害者らしい。仲間や家族、国を失いテロリストになった。戦争孤児に自爆させる戦法は世界を震撼させたのだ。
日本に来て子供を狙う理由は日本国民に危機感を抱かせることが目的らしい。最初は水門重工の高原雨夜を狙っていたが、彼女を殺しても世論に変化はないと察し、標的を父親の左京へ切り替えた。しかし、理由が何であれ、シュウはルトナに自爆させたファイブソウルズと戦闘員ジャスミンを許せなかった。
「兄さん。昼ご飯は何が食べたいですか」
またも現実に引き戻された。
「何でもいい」
「それが一番困るんです」
「コンビニのコロッケパンでいい」
「そう言うと思って今朝買っておきました」
「……」
そして、情報屋のチェンと連絡が取れない。チェンには何度か助けられている。弟のような存在だ。電話に出ないだけで行方が掴めない。写真すら持っていない。仲が良いように思えてシュウはチェンのことを何も知らなかったのだと痛感した。
チェンは十歳の子供である。雨夜やソフィアと近い年齢だ。目がぱっちりしていて可愛い顔をしている。故郷はファイブソウルズの本拠地であるサルティ連邦共和国だ。そのことからファイブソウルズと関係している可能性があり、現在捜索中だ。
黒川南が難民キャンプでチェンを見たらしいので、シュウは難民キャンプへ行くつもりであった。
――後は……親父のことか。
最近、シュウは自分の父親のことを知った。【雷神】の異名を持つライという男らしい。異人傭兵部隊アドルガッサーベールの創始者で、協会や警察からはテロリスト扱いされている、ろくでもない親父だ。今、どこにいるかは分からない。
(会ったらぶん殴ってやるぜ。クソ親父)
父親のせいで黒川南に殺されかけた。シュウの恨みは当然である。
(そう言えば黒川が言っていたな。蛇のマナがなんとか……)
――こいつ……蛇のマナを?――
南はそう呟き驚いた顔をしていた。シャーロットにも同じようなことを言われたことがある。
(雨夜が龍穴のマナが蛇に視えるとか言っていたっけ。……駄目だ、全然分からん)
蛇のマナと言われてもピンとこない。確かに戦闘中に自分のキャパ以上のマナが出ることがある。それが蛇に視えるのだろうか。シュウはそれを火事場の馬鹿力のようなものだと思っていた。原理が分からない。
「兄さん。ゲームしませんか」
そして現実に引き戻される。
「あーもう! コーヒーとか昼飯とかゲームとか! お前、誘惑しすぎだろうが! 俺、修行中なんですけど! 分かっていますかぁ? リンさん!」
「もう今日は頑張ったから明日からで良いんじゃないでしょうか」
「……俺、頑張ってたか?」
「はい」
「そうか」
シュウは窓を見た。夏が近い。よく晴れている。
「飯食ったら難民キャンプへ行ってくる。チェンの情報が掴めるかもしれないからな。電話に出ないんじゃ足を使って調べるしかねぇ。第一と第二、両方行くぜ」
荒川第一難民キャンプと第二難民キャンプは自転車で一時間弱の距離だ。半日あれば十分回れる。
シュウは座禅を終わらせて立ち上がった。
チェンの捜索は雨夜の依頼内容に含まれており、既に前金は貰っている。堂々と調査できるというわけだ。リンは細い指を口元に添えながら疑問を呟いた。
「……難民キャンプですか。どうやって入るんですか?」
リンの言葉にシュウは目を見開いた。
「え……? 誰でも入れるんじゃねぇの?」
リンは溜息をついた。
「支援団体の職員でも、協会のギフターでも、騎士団でもない兄さんは、拒否されると思いますよ。だって兄さん、金髪の不良少年にしか見えませんし。まあ賄賂を渡せば入れるかもしれませんが……。無駄な経費は認めません」
リンはぴしゃりと言い放った。シュウは顔を青くした。家計はリンが握っている。シュウに反論は許されていない。
「守衛にコロッケパン渡せば……何とかなるか?」
「はぁ……キャンプに入れなくても、河川敷周辺には無登録難民が多く住んでいるみたいです。公園や更地で野宿している人も多いとか。聞き込みをしたら情報を得られるかもしれませんね。チェンは子供なので目立ちますから」
リンはシュウより頭が良かった。兄として導いていたつもりが、いつの間にかこちらが世話になっているらしい。
「お前のサイコメトリーがあれば捜索がはかどるんだけどな」
リンは首を横に振って答えた。
「私は店番です。オフとは言え、問い合わせが多いですから」
「……そうっすね」
「今朝も問い合わせがありましたよ。滝本ココナさんという女性から身辺警備の相談です。明日、来店予定です」
リンはスマートフォンを見ながら依頼内容を言った。
「女性の……護衛か」
シュウはシャーロットのことを思い出して視線をリンから逸らした。リンはそんな兄の仕草を見詰めていた。
【参照】
カリスについて→第十六話 異人の歌姫
チェンについて→第四十一話 雨蛇町
カリス狙撃事件→第四十四話 世界の終わり
黒川とフィオナの因縁→第四十五話 絶対零度
サルティ連邦共和国の戦争→第四十九話 誓いの炎
荒川難民キャンプについて→第五十九話 荒川第一難民キャンプ
難民について→第六十三話 無登録難民
ルトナの自爆→第七十話 難民の少女
ジャスミンを許せない→第七十二話 慈悲なき千夜の雨
龍穴について→第八十五話 蛇の民と瑪那人
高原左京を狙う→第九十九話 テロリスト
騎士団について→第百五話 アルテミシア騎士団
雨夜の依頼について→第百十六話 雨夜リスタート
雷神について→第百二十二話 五大元素
放電について→第百二十三話 放電
少女にモテる→第百二十六話 ソフィアの愛




