第百四十四話 刑事の再訪
特殊能力者協会のエレベーターに二人の刑事が乗っていた。鬼沢と田中である。鬼沢は恰幅が良い強面である。白髪交じりの角刈りで、還暦に近そうな歳だ。田中は三十代半ばで、いかにも人が良さそうな顔をしていた。
二人は数ヶ月前に起こったニシカワフーズの事件について捜査をしていた。それは川成と西川成の境目に建つニシカワフーズの工場内で発生した猟奇殺人事件である。ニシカワフーズは暴力団柊会のフロント企業だ。
遺体の損傷が激しく、身元は分からないままだ。当然、犯人も不明である。状況的に組織間の抗争の可能性が示唆されていた。おそらく異人が関与しているとして、県警と協会は合同捜査をしていたのだ。
今日は協会に依頼していた現場の読取の結果を聞きに来たのである。科学捜査では分からないピースを異能で埋めるのだ。田中が読取結果を読み上げた。
「柊会側の遺体は十五体。身元が判明しているのは本部長の竹本と若頭補佐の牛頭。残り十三体は不明。おそらく柊会直系の異人チームである……と」
鬼沢が出っ張った腹を撫でながら口を開いた。
「ふーん、竹本がねぇ。んなこたぁ、こっちも掴んでいるぞ。まあ、牛頭は抜けていたな。DNA鑑定に回せ」
そこでエレベーターが一階に着いた。田中は読取結果の報告書をポケットに入れると通路へ出る。鬼沢がその後に続いた。ロビーは近代的で煌びやかな内装だ。
「ったく、相変わらず無駄に広い協会だよなぁ。……って、あれは?」
鬼沢は受付に近付くと声を掛けた。
「よお、秋元さん。こっちに異動になったのかい?」
受付にいたのは協会コンシェルジュの秋元飛鳥である。隣には後輩の井上さくらもいた。二人とも以前は社員寮のコンシェルジュであった。
「あら、刑事さん。お疲れ様です。コンシェルジュはシフト制で本部や寮、商業施設を回っているのですよ」
秋元は異人である。二十代半ばで婚活に燃えており、相手にギフターを求めているのだ。井上はまだまだ遊びたい年頃で、そんな秋元を生温かく見守っている。
「田中さん。今日も捜査ですかぁ?」
「あはは。ごめんね、詳しくは言えないんだ。じゃあまた」
田中と鬼沢が手を振ってその場を離れようとした時、再びロビーに知った顔を見付けた。
「あれは坊やじゃないか? 確か副会長の弟」
田中や秋元もその方を見る。途端に秋元が表情を緩ませた。
「あ、南くんですね。今日も可愛い! って……げ。あの子もいるわ」
秋元が顔を曇らせる。南の横に初等部の制服を着た少女が立っていた。ふわふわのブロンドでフランス人形のような女の子である。
「誰だい、あの子は。坊やのガールフレンドかい?」
「違います! あの子は初等部の生徒です」
井上が意地悪そうな表情で会話に入る。
「今、学校で大人気のソフィア=エリソンちゃんです。お似合いの二人ですよねぇ。南くん、幼いから違和感ないです」
秋元は鋭い目つきで井上を睨んだ。井上は舌を出して目を逸らす。そこで田中が何かを思い出したように言った。
「ソフィア=エリソン? 聞いたことありますね。……あ! 大企業マラソン・エナジーの常務取締役、フィル氏の一人娘ですよ! 最近、娘が異人であることを公表していましたが、まさか協会の訓練校にいるとは……。いやいや、やりますねぇ。協会もフィル氏も……」
鬼沢は頭を掻きながら口を開いた。
「何でソフィアちゃんが協会にいるんだよ。客寄せパンダか?」
秋元がその問いに答える。
「色々噂がありますが、どうやら協会からスカウトしたそうですよ。詳細は不明ですが、協会の宣伝に使われるのではないかと思います」
「ふーん。あの副会長のご意向か……。何か匂うぜ。なあ? 田中」
「鬼沢さん。こんな所で刑事の顔にならないでくださいよ。女の子たち、引きますから!」
「はは、悪い悪い! それにしても……付き合っているようには見えんな。坊やは不機嫌そうだし、ソフィアちゃんは何か困っていないか?」
鬼沢は苦笑いしながら場を和ませた。秋元が力強く頷く。
「ですです! あれは単なる先輩後輩の関係です! 南くんの相手は大人の包容力がないと無理でしょう。私みたいなー? えへへ」
秋元は頬を染めて井上の肩をバンバン叩いた。
「ん……? あの赤服は誰だ?」
呟いた鬼沢が見詰める先に、赤い制服を着た三人の少女が現れた。彼女達は真っ直ぐ南とソフィアの方へ歩いて行く。井上が口を開いた。
「彼女達はアルテミシア騎士団です。あれは騎士団の制服ですねー」
「ほう、あれが。まだ子供に見えるけどなぁ」
鬼沢は太い顎に手を当てながら頷いた。
「では我々はこれで。鬼沢さん、行きましょう」
田中と鬼沢は協会本部から出て、駐車場に向かって歩き出した。今日もよく晴れており、直射日光が辛い。
「なあ、田中。無礼を承知で敢えて言わせてもらう。俺には坊やがクソガキにしか見えんのだけど、何で人気があるんだ?」
「あはは。どうしてでしょう。でも嫁も南くんのファンですよ。やっぱり顔じゃないですかね」
「お前の嫁って……確か異人の友社の記者だったっけ。もともと異人が好きってことか」
田中は照れ笑いをしながら報告書を取り出した。歩きながら読取結果の続きに目を通す。
「――事件は柊会と異人反社組織の取引中に起こったと思われる。龍王の構成員が現場に乱入、抗争が勃発。遺体の損傷が激しいのは異能の撃ち合いになったため。龍王側の構成員も死亡しているが、死体は回収され追跡不能。……柊会が受け入れる予定だった密航者は逃亡。異人テロ犯の可能性あり――ですか」
二人は車に乗り込んだ。田中が運転席、鬼沢は助手席である。田中は車の冷房を入れ、熱気を逃がすために窓を開けた。
「……龍王は龍尾と抗争の可能性あり。引き続き、協会と警察が連携して警戒する必要があると思われる――だそうです」
田中はそこまで読み上げると、報告書を鬼沢に渡した。そして車を発進させ、月宮市にある警察署を目指す。鬼沢が資料に目を通して呟いた。
「異人テロ犯か……やばいなこりゃ。公安が動くぞ。いや、もう動いているか」
「公安で異人対策課というと……烏蛇ですか。私は見たことありませんが、危険な奴等って噂ですよ。鬼沢さんは会ったことありますか?」
鬼沢はタバコに火を点けると答えた。
「ないな。烏蛇を率いているのは警察庁裏理事官補佐のウラノと呼ばれる男だが、相当な曲者らしいぞ。一度だけ見たことがあるが、大柄の太った男だよ。声が特徴的だな、太くて低い。一度聞いたら忘れんよ。それにしても……龍王の可能性は視野に入れていたが、こう明記されると警察でも捜査をしなくてはいけなくなる。あの副会長……まんまと国家権力を引きずり込みやがった。異人犯罪は協会の管轄だろうが!」
鬼沢の顔は一度真っ赤になり、その後青くなっていった。
「まさかそれが狙いか……? 警察を介入させるためにニシカワフーズの事件を利用しやがったのか。マジかよ、抗争事件に巻き込まれちまうぞ」
「副会長からすれば、異人が関わっているニシカワフーズの事件に首を突っ込んだのは警察なのだから同じことでしょう? ……って感じですかね。もしかしてニシカワフーズの事件と、龍尾、龍王の抗争が関係しているのかもしれませんよ。柊会が龍尾のために異人を斡旋したとか。報告書に書いていないから警察で調べろってことですか」
「ほう……。こうやって魔女の筋書き通りに捜査を進めることになる……と。ちくしょうめ!」
「あ、鬼沢さん。元協会員の清原大輔については何か書いてありますか? 協会と反社の繋がりは?」
「書いてねぇよ! 肝心なことは何も書いてねぇ! あの小娘がぁ!」
鬼沢は梅干しのような顔をして暴言を吐いたのであった。
【参照】
ソフィアについて→第八話 ソフィア=エリソン
黒川南について→第二十七話 黒川南とフィオナ=ラクルテル
マラソン・エナジーについて→第七十四話 マラソン・エナジー
協会からスカウト→第七十七話 ソフィアのスマートフォン
柊会の竹本→第七十八話 カラーズ
ニシカワフーズの事件→第七十九話 龍王
トクノーコンシェルジュ→第八十六話 刑事の来訪
清原について→第八十七話 清原大輔
警察から協会への依頼→第八十八話 禁忌の魔女
公安と異人テロ犯→第百一話 あの男
アルテミシア騎士団について→第百五話 アルテミシア騎士団
龍尾のために異人を斡旋→第百十九話 龍尾の五天龍
南とソフィアについて→第百二十七話 ソフィアの編入




