第百三十九話 明鏡止水
激戦の中、ウェイは冷静に戦況を見極めていた。開戦早々、ウェイは海に入りマナを展開させて自身のマナと海のマナをリンクさせている。
(こいつら、なかなかやるな。ファイブソウルズではなく龍鱗だったか。あの長剣の女は見覚えがある)
メイファの<旋風>であぶり出された刺客は七人だったが、砂嵐で視界が悪く、何人か見失っている。メイファの能力の規模は海岸全域に及ぶほどデカい。天災レベルの異能だ。
ウェイは津波を発生させ、龍鱗のメンバーを全滅させようとしているが、それを阻む者がいた。
「きゃは! おじさん、やるじゃん」
ヤオは両手のナイフを生き物のように操り、ウェイを牽制している。少しでも気を抜けば急所を刺されて戦闘不能にされそうであった。
(津波にマナを持っていかれるとキツいな。……攻撃対象変更だ)
ウェイは背後の津波に集約していたマナを自身に戻した。膨張していた海面は中途半端な波となり散っていく。ウェイは舌打ちをして、足元の海水を操りヤオに放出した。その水流は砂と石を抉りながらヤオに向かってくる。
「あっはー。アクア系は接近された時点で終わってるんだよん」
ヤオはテレキネシスで水流を曲げると、最小限の動きでウェイへ肉薄する。そして両の刃でウェイの腕と足を刺した。利き腕と利き足に激痛が走り、ウェイは浅瀬に跪く。潮水が傷に染みた。
「く……」
大規模な技は小回りが利かず接近戦では不利であった。
勝利を確信したヤオは懐から銃を取り出した。それは先程殺した青龍の私兵の片割れが所持していた銃だ。この距離なら殺せる。ヤオは照準をウェイの額に合わせた。
「おじさん。ゲームオーバー。ばいばーい」
刹那、ヤオは殺気を感じて振り返った。それは戦場の閃き……野生の勘である。
(……っ!)
背後で鬼の形相のメイファが青龍刀を振り上げていた。
(やば! 接近されすぎた!)
青龍刀は禍々しいマナを放っている。それは視る者に、刃に触れた全てのものを両断し、叩き潰す――そう思わせるほどの恐怖と絶望感を抱かせた。
(これは……テレキネでも逸らせない……!)
ヤオが死を覚悟したその時、黒い影がメイファに向かって接近してきた。
(ブラッド!)
それは獣のように疾走するブラッドである。半ば四足歩行で突進し、光る爪でメイファの脇腹を裂く。メイファの真っ赤な血が飛び散り、砂浜を染めていく。
一瞬、メイファが動きを止める。その隙にヤオは離脱した。
気が付くと青龍の私兵が二人死んでいる。ブラッドの<マナ爪>で首を刎ねられたようだ。ブラッドは獣のマナを身体に宿すシャーマンである。その実力はチームでもトップクラスだ。
脇腹を裂かれたメイファは顔色一つ変えず青龍刀を構えている。ウェイはメイファに言った。
「お嬢、<水球>で止血します!」
「こんなの、自力で止まる。それよりお前、足手まといだ。これより先は防御に徹しろ。人質にされたら見捨てるぞ。死ぬ気で自分を守れ」
メイファはそう言い捨てると、突風を身に纏い、エマに向かって斬りかかった。エマはマナで長剣を強化し、青龍刀と斬り結ぶ。激しい打ち合いが始まった。
窮地を脱したヤオは改めて戦況を確認する。自軍にも被害が出ていた。ケイトと共闘していた三名が死んでいる。メイファに惨殺されたようだ。これで戦力差は四対二である。
(青龍一人で逆鱗の精鋭を三人殺ったか。……やはり)
徐々にメイファがエマを押していく。力の差は歴然であった。ブラッドに負わされた脇腹の傷は浅くないはずだが、その弱みを微塵も見せない。二代目青龍は精神も鍛え上げられていた。
エマの斬撃の合間にブラッドとケイトがフォローに入り、何とか均衡を保っている。しかし、それも時間の問題であった。内に秘めるマナ量に圧倒的な差があるからだ。
海岸に吹き付ける風は弱まるどころか、強くなっている。メイファの激情と共鳴しているかのように、吹き荒れる。海には白波が立ち、防災林が薙ぎ倒されていく。周囲にマナを展開して自分を守らなければ、あっという間に吹き飛ばされているだろう。
メイファの意識は完全に砂浜に集中している。つまり、海に背を向けていた。
ヤオとエマは視線を合わせ頷く。
――青龍が海を背負った。
「終わりだ! 龍鱗ども!」
メイファはエマの長剣を砕くと、トドメを刺すために青龍刀を振り上げた。――しかし、次の瞬間。
ザクッ! と鈍い音が響き、メイファの胸にナイフが刺さっていた。
◆
砂浜から二百メートル程離れた海上に、三上はいた。テレキネシスで自身を浮かせながら、海の上に屈んでいた。黒い服を着込み、夜の海に紛れている。
テレキネシスで自分を浮かすのは上級技である。しかも、低空で同じ位置に留まるのは、極度に神経を消耗する難しいテクニックだ。それを波立つ海上で実行するのは並のストレンジャーでは不可能である。
(やれやれ。青龍の旋風は凄まじいな……)
三上の目はオレンジ色に光っている。これは<梟眼>と呼ばれる眼術だ。龍尾のソジュンがよく使う鷹眼から派生した異能である。
遠方までよく視える技だが、鷹眼とは異なり高感度で夜目が利く。夜戦に強いが、その代償として昼間は眩しすぎて使えない。
三上は念動力系のテレキネシスと精神感応系の梟眼を使う混合系のストレンジャーである。
海上の密輸現場をヤオに中継していたのは三上である。そして彼には他にも重要な役割があった。
三上は二本のナイフを構えた。
(メイファは勘が良い。意識を海から逸らしてくれ)
取引中もメイファはしきりに海を気にしていた。三上を視認できなくても、何かを感じ取っていたのだろう。彼女の勘の良さは野生の龍を彷彿とさせる凄みがあった。
メイファを中心に嵐が吹いているが、その煽りが三上の位置まできていた。波が立ち、体勢が崩れる。
自軍のメンバーがメイファに惨殺されていく。刃で首を刎ね、長柄で頭部を叩き潰し、風刃で身体を真っ二つにしている。正に三国志の猛将関羽を彷彿とさせる戦い方だ。
しかし、三上は――明鏡止水。
仲間が殺されても精神に乱れはない。人にはそれぞれ役割がある。死ぬのも仕事のうちであると、三上は知っている。それに同情する人間は龍鱗にはいない。龍鱗のメンバーは任務で命を預け合うが、その絆は他人より薄い。
メイファが海に背を向けて、エマと打ち合っているのが視えた。常に海にまで注意を向けていたメイファだが、戦闘に熱中しすぎている。
「ふ……。根っからの闘神だね。あんたは」
三上はゆらりと立ち上がるとナイフの刃を掴んだ。それにありったけのマナを込める。テレキネシスの使い手である三上はメイファのマナに干渉し、照準を合わせた。
静かにナイフを横に構える。垂直ではなく、横から投げるサイドアームスローだ。その軌道は弧を描く。
(まだだ……)
その時、メイファがエマの長剣を叩き折り、トドメを刺そうと大刀を振り上げた――。
「もらった!」
三上はフルスピンスローでナイフを横に薙いだ。高回転で投げられたナイフは風に煽られることなく二百メートルの距離を高速で旋回し、メイファの首を狙った。
――ギィン! と甲高い音が響き、ナイフが砂浜へ落ちる。
青龍刀の刃がナイフを弾いたのである。メイファの常軌を逸した第六感で死角からの投擲を察知し、咄嗟に防いだのだ。
海上の三上と振り返ったメイファの視線が交差する。暗闇で三上を視認できるはずはないが、メイファの目は真っ直ぐに三上を見据えていた。その口元は笑っている。
三上は身体の内からこみ上げてくる何かを感じた。寒気を感じ、それに伴い笑みがこぼれる。三上はメイファの狂気と共鳴していた。
美咲の顔が脳裏に浮かび、消えていった。そう、美咲を助けたのは……ただの気まぐれ――。
(悪ぃな。美咲。……俺はこっち側の人間だ!)
三上はもう片方のナイフの柄を掴むと、出力限界までマナを込めて、振り下ろした。垂直のオーバーハンドスロー。無回転投げ。そのナイフは一筋の閃光となり海上に吹き荒れる風の中を突き進む。
「あばよ、青龍」
一投目のナイフを弾いた体勢のままメイファは動けない。カーブの軌道の一投目とは異なり、真っ直ぐの軌道の二投目。目が慣れるはずもない。
正に神速だった。
三上のナイフはメイファの胸部を貫いた。そして、吹き荒れていた暴風が弱まり、辺りに静寂が訪れた。
【参照】
鷹眼について→第九十六話 鷹眼のソジュン
異能の系統について→第百二十九話 ソフィアの学校生活




