第百三十五話 逆鱗のヤオ
海岸防災林の中に廃墟が建っている。元々は観光客が立ち寄る商業施設だったが、廃業して放置され林にのまれたのだ。
未だに建設中の防波堤に関しては、「災害から街を守る派」と「景観を損なうから反対派」に分かれて長年議論を重ねている。
反対派は自然との共生を掲げているが、人の手が入らない場所は自然へ還っていく。朽ちた商業施設がその現実を物語っていた。少子高齢化、都市部への人口集中により、労働力が足りていないのだ。
将来の見通しが立たないことから防波堤の建築が進んでいない区域が廃れていくのは仕方のないことであり、行政の都市開発から取り残された冬岩旧市街は反社の温床と化していた。
ある日の午後、三上拓哉と飯田伸介は廃墟の中にいた。二代目青龍暗殺チームの顔合わせである。招集されているのは龍鱗のメンバーだ。
龍王傘下組織[龍鱗]のメンバーの数は多いが、互いの顔や名前を知らない。任務で命を預け合うが、その絆は他人より薄い。そこが龍尾との相違点である。龍尾は仲間を大事にする組織だからだ。
龍鱗を繋いでいるのは、金と劣等感だ。メンバーの多くは差別されてきた異人や移民、難民。または何らかの理由で社会から外れたならず者である。
三上と飯田には前科がある。それは殺し屋になる前のつまらない暴行事件だ。一度罪を犯すと真っ当な職には就けない。人生の序盤で泥が付くと、再起は難しい。日本はそういう国である。
彼等が龍鱗に属するのは至極当然と言えた。
三上と飯田は龍鱗直系組織[闇龍]のメンバーである。反社の汚れ仕事を請け負う闇の集団だ。北海道で雪風組の暗殺者だった彼等はすぐにレギュラーになった。
三上がタバコを吹かしながら言う。
「なあ、飯田。どんな奴等が来るんだ? 情報なさ過ぎだろ」
「知らないっす。まあ、龍王系組織ってどこもこんな感じって聞いていますよ。関係が希薄というか」
「庶務の如月ちゃんが言っていたけど、逆鱗の連中が来るらしいぞ」
「あ、そうなんすか。逆鱗ってヤバイ奴等っすよねぇ」
逆鱗も龍鱗の直系組織である。闇龍よりも戦闘に特化した精鋭チームだ。
龍鱗は、武闘派の逆鱗、汚れ仕事の闇龍、そして諜報活動の蛟の三部隊が主戦力となっていた。
「お……」
いつの間にか、外に気配を感じる。間もなく廃墟の中にズラズラと怪しい人影が入ってくる。三上と飯田を入れて十名ほどになった。
男女比は半々ほどで、アジア系移民や黒人、白人の姿もあった。服装はジャージ、パーカー、スウェット……等、ウニクラで買えそうな安価なものである。要するに所帯染みており、とても闇の組織の人間には見えない。
三上は一同を見渡すと、気怠そうに口を開いた。
「あー……。俺は三上。そっちのデカいのは飯田。……えーっと、日本語分かるんだよな? あんたら。てか、日本人少ねーなぁ、おい。龍王系ってこんな感じかよ」
オーバーサイズのパーカーを着た黒髪の女が前へ出た。顔にマスクを着けているから分かりづらいが二十代後半のように見える。
「アタシ、逆鱗のヤオ。日本語上手いからリーダーね。別に一番強いってわけじゃない。八人の構成は逆鱗と闇龍が半々くらいかな。如月ちゃんが選別した」
ヤオはそう言うとあぐらを掻いて床に座った。パンツが砂で汚れることを何とも思っていないようだ。それに倣って後ろの連中も、各々座る。
三上と飯田も腰を下ろして同じ目線になった。ヤオは会話を再開する。
「異能の系統は念動力系と気功系、憑依系の無属性能力者。エレメンターはいない。念動と銃、ナイフ、全部使って確実に殺す」
三上は軽く頷いた。
エレメンターは属性の相性があり、それが悪いと互いの足を引っ張ることになるが、無属性なら関係ない。むしろ連携が取りやすいと考えた。
「俺はナイフとテレキネシスを使う。マナで切れ味と強度を上げる。近距離が得意だが、投げナイフで五百メートル先の的を貫ける。威力はライフル銃以上だ」
三上がそう言うと、飯田がそれに続いた。
「俺は硬気功で攻撃力と防御力を上げるっす。この巨体で突っ込めば……トラックくらいのパワーは出るっすね」
メンバーそれぞれが異能について語っていく。皆が自分の名前より先に異能のことを話した。互いの異能を知らないと連携が取れないからである。
一通り話し終えると、ヤオはマスクを外した。可愛い顔をしているが、頬に切り傷がある。
ヤオは三上と飯田の視線が自分の顔に集中しているのに気が付くと、傷跡に指先を添える。
「……ああ。これ? ナイフでやられたんだ。この傷は消えない。いや、消えなくていい。教訓だよ」
三上は無精ヒゲを撫でながら問う。
「聞いても?」
「東欧の紛争地でね。反政府ゲリラの少女兵にやられた。泣いて命乞いするから油断したんだ。銃を下ろした瞬間に……スパッとね。いやぁ、あの時は甘かったよ。これまでの価値観が粉々に砕け散った」
ヤオは笑顔で答え、右手で顔を裂く仕草をした。
「一度でも戦場で人を殺すと、もう普通の生活には戻れないんだ。一度武器を持った人間が生きていける世界はとても狭い。後ろの連中もそうだ。……三上さん、あなたもだよね」
「分かるのか?」
「分かるよ。纏っているマナが日本刀みたいに鋭い。何人殺したらそんな殺気を放てるのかな。あ、けなしていないよ。賞賛しているんだ」
ヤオは屈託のない笑顔で言った。そして三上と飯田の顔を見るとこう続ける。
「我々は二代目青龍のメイファを殺す。トドメは三上さんの投擲が良いと思う。アタシ達と飯田さんでメイファと私兵をボコって隙作るからヨロシクね」
「ああ」
「うちではエマとブラッドがアタッカーかな。エマは逆鱗でも古株。剣の達人」
ヤオはそう言うと、後ろにいる二人を指差した。
エマと呼ばれたのは赤い長髪を後ろで結った白人の女である。長剣を持っている。ブラッドはドレッドヘアの黒人の男で、獣のような雰囲気を纏っていた。
ヤオは笑顔で話を続ける。
「青龍だって人間だよ。銃で頭を撃ち抜けば死ぬ。ナイフで刺しても出血多量で死ぬ。誰かの一発が致命傷になればそれで良い。こっちが何人死のうがね」
どうやら今この場にいる連中は「死の恐怖」を克服した猛者らしい。他人の命を容易く奪う輩は自分の命も軽いのだ。
「ところで三上さんと飯田さん。東龍倉庫に潜入して探っていたんでしょう? 青龍の異能くらいは掴めているのかな?」
ヤオの問いに飯田が慌てる。
「い、いや。それが……全然。あいつら、隙がないし……」
狼狽える飯田を見て、逆鱗のメンバーから笑いが起こる。外国語で何を言っているか不明だが、馬鹿にされているのは伝わってきた。
三上は目を閉じて考える。
「……」
ヤオと一同はその様子を見て笑うのを止めた。
三上の脳裏に海上を吹き抜ける山背が浮かぶ。冬岩の海に冷気と白い霧を運んでくる、夏の風物詩である。
「――風だ。おそらくエアロ系のエレメンター」
三上は目を開けて呟いた。ヤオはマスクを着け直すと、疑問を口にする。
「根拠は?」
「ねぇよ。異人の勘だ」
「あは!」
ぶっきらぼうな三上の答えにヤオは笑った。三上は話を続ける。
「後は……そうだな。メイファは短気で粗暴。理性より感情で動く。独特な正義感で暴走するタイプだ。年齢は……あんたより少し下じゃねぇかなぁ」
「ふーん」
三上は潜伏中に得た情報を一同に話す。
「百キロある飯田を軽く蹴り飛ばした。武術にも精通している。マナ量は……かなり多い。生意気そうな面しながら、体中から濃いマナが溢れている。それを隠そうともしない豪胆な女だ」
三上はタバコに火を点けた。煙を吹かしながら言う。
「五天龍ってのは五人だろ? あんなのが五人もいたんじゃ厳しいぜ。それぞれが屈強な私兵を抱えていると聞く。戦力で数百名になるとしたら……龍王とファイブソウルズでも苦戦するんじゃねぇの」
「アタシらには関係のない話さ。トカゲの尻尾だもん。しょせん、ただの駒だよ」
ヤオは笑顔で冗談を言う。自棄になっているわけではない。自らの立場をよく理解している頭の良い女だ。三上はヤオに好感を持った。
「……で? 手段は良いとして『いつ』決行するんだ?」
「蛟からの情報だけど。東龍倉庫は週末、船で密輸をするらしい。荷物は不明。その時、海岸で襲撃しよう。早ければ五分で終わるよ。終わったら異人街で飲もうね」
ヤオはウインクして答えた。三上と飯田は互いの顔を見て頷く。
今この場にいるメンバーは死を受け入れている。しかし、三上の脳裏には美咲の顔がちらついていた。
【参照】
龍王について→第七十九話 龍王
五天龍について→第百十九話 龍尾の五天龍
エレメンターについて→第百二十二話 五大元素




