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金色のウロボロス 電拳のシュウ  作者: 荒野悠
第八章 山背と舞う龍 ――龍尾の五天龍・青龍編――
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第百三十三話 空っぽな少女

 その日は霧が出ていた。場所は北海道の旧市街である。三上拓哉と飯田伸介は歓楽街外れの古いアパートの一室にいた。


 部屋のカーテンは閉められ、白い蛍光灯が点滅している。辺りには争った形跡があり、血だらけの男が椅子に縛り付けられていた。顔は腫れ上がり流血している。白いワイシャツが真っ赤に染まっていた。


「た、頼む……! 命だけは助けてくれ! 金の場所に嘘はねぇよ!」


 命乞いをする男は暴力団雪風組の闇金屋だ。組の金に手を出して報復される。よくある話であった。


 三上と飯田は雪風組から派遣された殺し屋である。


 三上はナイフを片手に持って口を開いた。その視線は氷のように冷たい。


「あんたさ。やり過ぎたね。金を横領ヨコすんのはよくある話だが……」


 三上はそう言うと男の膝にナイフを突き立てた。


「ぎゃぁあ!」


 男は悲鳴をあげた。ズボンが真っ赤に染まる。飯田が男の口にタオルを突っ込んだ。声を漏らさないためである。


 三上は言葉を続けた。


「あんたが借金漬けにしてソープに沈めた女……アレがお得意さんの従姉妹だったんだよなぁ。覚えているか? 絵里子ちゃんってコ。ああ、身に覚えがありすぎて分からんか。随分と楽しんだんじゃねぇの」


 もう片方の膝にナイフを突き立てると、男はうめき声を上げた。身体を動かそうにも、椅子に縛り付けられているので、それも叶わない。椅子がガタガタと揺れる。


「飯田」


 三上が声を掛けると、飯田は剪定ばさみを取り出した。全長が七十センチ程あり、太い枝を切断する用途で使用される。


 それを見た男の顔が恐怖で歪む。叫ぼうにも声にならない。


「うー! んー!」


 裏切りへの報復は、より残酷に。これが裏社会の掟である。三上と飯田はこれまで何度も手を汚してきた。いわゆる、ダーティーワーカーであった。


「……」


 飯田は剪定ばさみを男の喉元に突きつけ――「切断」した。


――事を済ませた三上は部屋を見渡す。


 整理整頓をする性格ではなかったらしい。卓上には空き缶やカップ麺の容器が散乱している。床には脱ぎ捨てられた服が放置されていた


「きったねぇな。……ん?」


 男物の服の中にレディースの服が見え隠れする。点滅する蛍光灯に照らされて、シュールな光景であった。三上はワンピースを拾い上げる。


「なんだこりゃ。デリ嬢でも来ていたのか」


 三上は飯田にワンピースを投げる。


「どうすかね。それにしては所帯染みていません? 風俗嬢ってファッションでも客からクレーム来ますからね」


「……って、おい。気配マナを感じるな。誰かいるぞ」


 三上はバスルームの扉を開ける。すると、中でワンピースを着た少女が体育座りをしていた。まだ幼い顔をしている。


「女がいたか。あの服の持ち主だな」


 少女の顔には痣や切り傷がある。この世の全ての不幸を背負ったような表情をしており、目は死人のようであった。生気を感じさせない瞳で、三上を見上げる。


「説明が面倒くせぇな。おい、こっちに来い」


 三上は少女の腕を掴むとバスルームを出た。


「……い、痛い」


 少女は抵抗しないが、足がもつれる。三上はお構いなしに腕を引っ張り、絶命した男の前へ少女を連れてきた。


「え……」


 少女は床に滴る血に足を取られ転倒した。己が手に黒ずんだ血がべっとりと付着する。少女は手のひらを凝視した後、再び原形を留めていない男を見上げた。


 三上と飯田は少女を見下ろし、反応を待っている。


「死んじゃったんだね……この人」


 少女は小さな声で呟いた。大きな瞳からは大粒の涙が溢れ、絶望の色に染まりながらも、何故だか口元は笑っている。少女のちぐはぐな表情に三上は寒気を覚えた。


 三上は少女に言葉を投げかける。


「こいつは組の金を持ち出した闇金屋だ。だから殺した」


「……」


「お前は……借金返すためにおとこを取らされていた。給料はピンハネ。毎月、利息分しか返せない生き地獄。そんな感じだろ? まあ、よくある話だ。お前みたいな女は山ほどいる」


 三上はタバコに火を点けながら少女に問う。


「何で逃げなかったんだ?」


 少女はこぼれる涙を拭った。整った顔が男の血で汚れる。


「……逃げたら……お父さんとお母さんを殺すって……」


 三上と飯田は顔を見合わせる。これもよくある話であった。


「ミサは……虐待されてたんだ。だから家を飛び出した。親が憎かった……憎かったはずなのに……逃げられなかったの。あんなのでも……親は親だったんだよ……」


「……」


「……でも、もういいの」


 少女は自分の肩を抱いて目を瞑る。


「何がだ?」


「もうミサにはなんにもないの。帰るところもないし……空っぽなんだ。だから――」


――殺していいよ。


 少女の心の声が聞こえた気がした。


 三上は無言で銃を取り出した。目撃者を殺す。これもよくある話だ。


 少女に銃口を向ける。


「……」


 三上は少女のマナを視る。それはただの戯れだった。そう、殺し屋のただの気まぐれ……。


「お前。異人か?」


 少女は目を開くと三上を見上げた。銃を構える男からの突然の問いである。


「……お父さんが異人だった。ミサは……違う」


 古びた蛍光灯が不気味に点滅していた。三上と血に汚れた少女の視線が交差する。


「死にたきゃ自分てめぇで死ね。こいつでな」


 三上は少女に銃を手渡した。


「え?」


 少女は呆然と銃を眺める。三上の顔と銃を交互に見た。


「こっちを狙っても意味ないぜ。俺等は異人ストレンジャーだからな」


「……」


「簡単だ。自分の頭を撃ち抜いてみろ。これも縁だ。お前の死を見届けてやる」


 少女は震える手で銃を握ると、自分の頭部に照準を合わせた。少女の息が荒くなる。


「はぁ……はぁ……」


 少女は人生に絶望していた。虐待され家を飛び出し、借金を負い身体を売った。居場所がない少女は男の家を泊まり歩いた。そこで暴力を振るわれながらも、居場所を守るため、ただ耐えていた馬鹿な女だ。自分は汚れ、生きる価値がない――空っぽな女だと。


「どうした? 死んでみろ」


 闇金の男は死んだ。これで親が殺されることはない。死にたい。ようやく死ねる。死んでいいんだ。もう……死んで……。


「はぁっ! はぁっ……はぁ……うぅ」


 少女は引き金を引けなかった。銃を床に落とし、うずくまる。そして静かに泣き出した。


「……どうして……ミサに生きる価値なんて……ないのに。……ころして。ころしてよぉ」


 三上はタバコの煙を吐くと、こう言った。


「死ぬのが怖いか? それは空っぽじゃないってことだ。お前……まだ生きた方がいいぜ」


 少女は泣きながら三上を見上げる。顔は涙と血でグシャグシャになっていた。


「……おじさん。ミサは生きていいの?」


「おじさんじゃねぇ! 一応、アラサーだから! 俺は。そっちのデカい奴もな」


――三上と飯田は少女を殺さなかった。


 もともと、この仕事を最後に、雪風組を抜けて北海道を出るつもりだったからである。殺し屋は人の恨みを買う。適当に稼いだ後は場所を変えるのだ。そう、風に流される雲のように。


 その日のうちに三上と飯田は北海道を後にした。次の行き先は決めていない。気ままな旅である。これまでも、そしてこれからも。


 ただ、その日はいつもと勝手が違った。無骨な男の二人旅に、一人の少女が加わったのである。


 少女の名を美咲といった。


 奇妙な三人は、くっつくわけでもなく、離れるわけでもない、一定の距離で歩いていたという。

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