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金色のウロボロス 電拳のシュウ  作者: 荒野悠
第八章 山背と舞う龍 ――龍尾の五天龍・青龍編――
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第百三十二話 闇龍

 冬岩を東の方へ行くと海が見えてくる。それに伴い、人影がまばらになり、廃墟と化した旧市街へさしかかる。更に進むと畑や海岸防災林の黒松が視界に入り、テトラポットや防波堤、荒れ果てた砂浜、そして海に行き着くのである。


 港付近は栄えており、多くの人で溢れかえっているが、少し外れた海沿いはそうではない。見渡す限り荒れ地や畑、砂浜だ。そして防災林である。これは二十世紀初頭の津波の名残であり、思うように復興が進まなかったことを意味する。


 この地域特有の事情と海沿いの立地は、訳ありの異人や難民が姿を隠すのに好都合であり、反社組織による密航や密輸等の犯罪を助長させ、不法滞在の外国人や無登録難民が多く定着していた。



 ◆



 三上拓哉みかみたくや飯田伸介いいだしんすけは海岸を歩いていた。世間ではそろそろ昼食の時間だ。三上は早番のバイトであり、運行管理者に飯田の付き添いを頼まれたのである。


 結局、飯田は二度目のアルコールチェックにも引っかかり、家に帰されたのであった。管理者の恩情で解雇は免れている。


 三上は少し後ろを歩く飯田に言った。


「お前さ。わざとらしかったぜ。あんな風にキレて殴りかかるとか、ないだろ、ふつー」


 三上は立ち止まると飯田の方を振り返った。三上の身長は百八十ほどあるが、それでも飯田の方が大きい。少し見上げる姿勢になる。


「そうすか? すんません。他に思いつかなかったんで……。俺、頭悪いから」


 飯田は大きい身体を小さくして俯いている。二メートルの身長で恰幅がいい巨躯の男だが、温厚な性格をしていた。口元のヒゲは少しでも強面にするための努力であった。


「……まあいいよ。で? どうだった。龍尾幹部『五天龍』の一人。青龍のメイファは」


 三上はタバコに火を点けながら問うた。飯田は二重顎を親指で撫でながら回想する。


「うーん。あっちもだけど、俺も本気じゃぁなかったですし……。いい蹴りしていたけど、マナ使えれば、あんなん普通ですからね。ちょっと分からないっす」


 三上は煙を吐き出すと、膝で飯田の尻を蹴り上げた。


「いてっ! 何するんすか?」


念動力系サイコキネシス精神感応系イー・エス・ピーかくらい分からねぇのか? レアだけど混合系サイって可能性もあるぞ」


 異能には系統がある。まずは念動力系。マナで物体に作用をもたらす。サイコキネシス、テレキネシス、エレメンターなどがこれにあたる。次に精神感応系。五感を使わずに情報を得る。サイコメトリーや透視などがそうだ。そして混合系。念動力系と精神感応系、両方の素質を備える。


「すんません。三上さん。俺、難しい話はよく分かんないっす。……ただ、精神感応系っぽくないっすよね、あの女。ゴリゴリの念動系っすよ。多分」


「まあ、精神感応系は根暗で生真面目な奴が多いからな」


 三上はそう言うと二本目のタバコに火を点けた。吐き出す煙が強風で流されて消えていく。


 海は山背(やませ)が吹いて白波が立っている。山背とはオホーツク海高気圧から流れ込む冷たい気流である。この時期の東北の風物詩と言えた。


 三上と飯田は龍王(ドラゴンキング)傘下の龍鱗(りょうりん)直系組織[闇龍(ダーティードラゴン)]の構成員である。


 通称DDと呼ばれるこの組織は、暗殺や強盗、死体処理など、汚れ仕事を請け負っている。他の組織でいうところの武闘派チームと言って差し支えない。


 三上は飯田に言う。


「今回の案件はでかいぞ、飯田。ターゲットは二代目青龍のメイファだ」


 二人は青龍暗殺のために龍尾ドラゴンテイル傘下の東龍倉庫に潜入しているのだ。


「……三上さん。本当に受けるんすか? こんなヤバイ案件。五天龍はまずいっしょ」


「安心しろ、飯田。殺せたら一億五千万。失敗しても百五十万。……警察に捕まっても補償がある。懲役を一年くらうごとに百万だ。龍鱗は悪だが約束を守る」


 飯田は三上の肩に手を置くと、真面目な表情で言った。


「報酬の話じゃないですよ。三上さん……子供生まれるんすよね。いいんですか? ムショ入ったら子供の成長見られないじゃないっすか。美咲みさきちゃんに寂しい思いさせますよ」


 三上は飯田から目を逸らして海の白波を見る。


「あいつには苦労をかけた。これからもかけるだろう。俺は異人だ。生まれてくるガキも……多分異人になる。異人差別は残酷だ。ちゃんとした学校に通わせて良い会社に入って欲しい。金が必要なんだ」


「三上さん……」


「俺には前がある。前科持ちは社員になれねぇ。辿り着いた先が闇龍(DD)さ。まあいいんじゃねぇの? くそったれの俺が反社の幹部を殺すんだからな。少しは世の役に立つんだろうよ」


 そう言う三上は疲れた顔をしていた。目の下には隈ができ、頬は痩けている。飯田はそんな三上の顔を黙って見ていた。



 ◆



 冬岩の旧市街に近いアパートの一室が三上の自宅だ。築四十年だが狭くはない。窓からは海と林が見える。ひなびた港町の雰囲気が漂っていた。


 部屋に入ると、茶髪の同棲相手が出迎える。三上より一回りは年下の日本人女性だ。名を美咲といい、内縁の妻である。


「おっかえりー! お仕事お疲れ様。昼ご飯できてるよ」


「ああ。悪いな」


 子犬のように纏わり付いてくる美咲の頭を撫でながら靴を脱ぐ。年が離れているからか、父親のような感情が湧いてくるのだ。


 食卓には野菜ラーメンが置かれている。安価な乾麺で効率的に野菜が摂れる。貧困世帯にはありがたいメニューだ。


「えへへ。今日は卵を入れてみました。たっくんは二個!」


 美咲は笑顔でピースをしている。三上は溜息をついた。


「俺はいいからお前が栄養摂れよ。子供……産むんだろ」


「ミサは朝食べてるから大丈夫。たっくんは肉体労働なんだからしっかり食べないと」


 二人は食卓につくとテレビを点けた。人気モデルのハルカが変死体で発見され、特番が組まれている。


 美咲がテレビを観ながら言った。


「あー、この事件かー。ハルカちゃん、麻薬中毒だったんでしょ? なんか、残念」


 この事件には龍王傘下の龍華グループが関与していると風の噂で聞いている。龍華と龍鱗は遠い親戚みたいなものだ。他人事とは思えない。


 美咲は三上が龍王に属していることを知っている。前科があることも承知だ。それでも一緒にいるのは、美咲自身が訳ありだからである。


 三上はテレビから目を逸らし、窓の外を見た。冷たく吹き込む山背が濃い霧を運んできた。海の上空に靄がかかっている。その向こうに海上都市の人工島がそびえ立っているのが見える。


「今年の夏は……涼しくなりそうだな」


 三上はそう呟いた。その視線は海を捉えていない。どのようにして暗殺を成功させるか――。そう考えていた。


 そして目の前の美咲を見やり、彼女との出会いを思い出していた――。

【参照】

高原雨夜について→第五十話 水門重工

ハルカについて→第百四話 吸血鬼

闇龍について→第百二十話 龍尾とアルティメット・ディアーナ

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