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金色のウロボロス 電拳のシュウ  作者: 荒野悠
第七章 氷使いと超能力少女 ――ソフィア=エリソン編――
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第百二十九話 ソフィアの学校生活

 ソフィアは初日の授業を終えるとニックが運転する車の後部座席に乗って氷川SCを走っていた。ニックは長身の黒人でBB(ダブルビー)級ギフターである。運転をしながら後部座席のソフィアに話し掛けた。


「お嬢様……頬の絆創膏は?」


 ソフィアは車窓を流れる高層ビルを眺めながら答えた。


「ちょっと試験があったの。でも大丈夫。ほとんど治っているわ」


「学校にクレームを入れましょうか。危険なことをするな……と」


「ちょっとやめてよ、ニック。私はギフターを目指しているの。怪我くらいするわ。これもシュウ様と添い遂げるためなの」


 ソフィアの言葉にニックは黙ってしまった。


「ねえ、ニック。黒川南さん……って、どんな人か知ってる? まだ若いのにA級ギフターなのよ」


「副会長の弟ですね。氷のマナを纏うエレメンターだとか……そうですか、彼はもうA級なのですね」


「それは知っているの。そうじゃなくて……。性格とか評判とか」


 ニックはルームミラー越しにソフィアの顔を見た。車窓を眺めるソフィアの横顔には憂いが見て取れる。ニックは過去を思い出しながら口を開いた。


「あれは五年ほど前です。私が協会本部へ訓練に来ていた頃、黒川南は訓練校の初等部にいました。懐かしい話です。私はまだC級でしたね。日本語も怪しかった」


 ソフィアは視線を前に戻した。ニックとルームミラー越しに視線が合う。


「当時から彼は目立っていました。学業の成績は平凡でしたが、異能だけは突出していました。あの頃からA級ギフターに劣らないほどの能力があったと思います。ただ――」


「……どうしたの?」


「ただ、彼は決して笑わなかった。友達もいない。誰とも会話をしない。しかし、マナだけは異常に多い。そして天才的なマナ・コントロール。まるで異能を使うための器――要するに『ヒト』ではありませんでした」


 ソフィアは今朝のことを思い出していた。同じような印象をソフィアも抱いている。ダイヤモンドダストを纏った南は人外のものに見えた。ニックは言葉を続ける。


「黒川南の中に無尽蔵のマナはあるが、代わりに魂が無い……そんな噂が立っていました。彼の才能を羨んだこともありますが、ああはなりたくないと思い直しましたよ。……まあ、昔の話です」


「……そう」


 フロントガラスにそびえ立つ氷川タワーレジデンスが見えてきた。ソフィアの日本の自宅である。ニックはスピードを落としてソフィアに言った。


「お嬢様の先輩になっているのですね。どうでした? 彼の印象は」


 ソフィアは右頬の絆創膏を撫でながら答えた。


「悲しい人……だったよ」



 ◆



 ソフィアが学校生活に馴染むのは早かった。元々、社交的な性格で人見知りはしなかったし、日本語と英語は習得済みでコミュニケーションにも困らない。クラスには多くの外国人が在籍しているので疎外感を抱くこともなかった。


 当然、ソフィアの誘拐事件については伏せられているので、それが理由で学校生活に支障を来たすことはない。しかし、「協会からスカウトされたらしい」という噂は立っており、可愛らしい容姿と相まって何かと注目を集めた。


 ソフィアにとって意外なことだったが、国語や算数等の必修科目はしっかりと時間が取られており、マナや異能の授業の割合の方が少なかった。これは基礎学力が向上しないと異能習得に影響が出るからである。


 とは言え、ギフターを養成する学校なので、初等部よりは中等部、中等部よりは高等部、という順で異能訓練のコマは増えていく。短期間でギフターになれるわけではなく、あくまでも在学中に必要な能力を得ていく……というカリキュラムであった。


 実際、ソフィアの<サイコキネシス>にはムラがあり、「鳴り物入りで編入したくせに、大したことがない」と噂されることもあった。


 異能の系統は大きく分けて二つある。


 まずは念動力系(サイコキネシス)。マナを操り物体に作用をもたらす異能である。サイコキネシスやテレキネシス、エレメンター、武器生成型は念動力系に分類される。


 そして精神感応系(イー・エス・ピー)。サイコメトリーや透視、千里眼、予知、テレパシー、共感覚等、五感を使わずに情報を得る。超感覚的知覚とも呼ばれる。


 両系統を併せ持つ混合系(サイ)も存在するが、それは希なタイプだ。


 初等部の生徒は両系統を満遍なく学ぶ。授業の中で適性を見極め次第に専門のクラスへと分けていくのである。



 ◆



 その日、ソフィアはクラスメイトと食堂でランチをしていた。仲の良い友人が五人集まっている。国籍は欧米からアジアまで様々である。


「ねえねえ、ソフィーの系統は念動力系だっけ?」


 赤毛のポニーテールの少女が定食を食べながら聞いてくる。彼女の名はアンナといった。


「適性検査では念動力系だったの。でも授業の成績はイマイチだよ。自信なくしちゃう」


「そうなんだ! でもちょっと安心。ソフィーは勉強できるから、これで異能まで凄かったら置いていかれちゃうもの。えへへ」


 アンナは屈託のない笑顔で言う。ソフィアもつられて笑った。


「あはは。アンナは精神感応系だったよね。……となると将来は異能研へ就職するの?」


 精神感応系の異人は研究職に就くことが多い。異能研は一つの出世街道であった。


「精神感応系だったら目指すのは副会長ですよ。黒川亜梨沙さん……憧れます」


 二人の会話に日本人の瑠璃(るり)が混ざる。瑠璃も精神感応系である。


 どちらかと言うと、念動力系の異人が出世しやすい傾向がある協会で、亜梨沙は二十代で副会長に任命されている。いわゆる精神感応系の希望の星なのであった。


「……」


 ソフィア達のグループから少し離れた席で、別の女子グループが面白くなさそうに、その会話を聞いていた。何かと目立つソフィアが気に入らないのである。


 そのグループのリーダーは念動力系の少女で、名をヴィオラという。イタリア系の移民で異能の成績は優秀であった。そのせいかプライドが高かったのである。


(うざ……。あいつ調子に乗ってんじゃないわよ)


 ヴィオラは同じ系統のソフィアを意識していた。気に入らない理由は異能のことだけではない。ソフィアがクラスの男子の複数人から告白されているのを目撃して嫉妬しているのだ。


「ねえ、ヴィオラ。あの子、スカウトされたくせにサイコキネシスは雑魚って噂だよ」


 同じグループのチサトがヴィオラに耳打ちをする。


「あいつの家って大企業でしょ。お金使って入学したんじゃないの。まじ、うざいわぁ」


 ヴィオラの家も名の知れた企業だが、いわゆる親の七光りが嫌いだった。親に頼らず自分の実力でギフターになるという決意をして入学した経緯がある。


――その時、食堂内がざわついた。黒川南が現れたのである。南は真っ直ぐソフィアの方へ歩いてくる。眠そうな顔は相変わらずだ。


「ソフィア=エリソン」


 南は席まで来るとソフィアに声を掛ける。ソフィアは慌ててフライドポテトの呑み込むと咳き込んだ。


「……は、はい! 南先輩。お、お疲れ様です」


 グループの女子達は髪を気にする者、鏡で顔をチェックする者、俯いてしまう者……様々な反応を示す。


「六限目は協会の地下訓練室に来て。先生には言ってあるから」


「分かりました」


 ソフィアが返事をすると、隣にいたアンナが会話に入ってきた。


「あ、あの! 私アンナっていいます。副会長のようなギフターになることを目指しています!」


 南はちらりとアンナの方を見た。


「そう。まあ、頑張ればいいんじゃない」


 一言言って去って行く。アンナの顔は真っ赤である。


「ね、ねえ! 聞いた? 頑張れって言ってもらっちゃった! もう私、死んでもいい!」


 アンナは頬に両手を当てて感激している。周りの女子もキャーキャー言っている中で、ソフィアだけは笑顔を引きつらせていた。


(『頑張れ』のニュアンスが全然違うと思うんだけど……。ま、まあいいのかな。喜んでいるし)


 ソフィアは周囲の「熱」に圧倒されながら、食事を再開したのであった。

【参照】

協会のアメリカ支部→第七十四話 マラソン・エナジー

教会からのスカウト→第七十五話 フローラ=エリソン

異能研について→第七十六話 異能研

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