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金色のウロボロス 電拳のシュウ  作者: 荒野悠
第七章 氷使いと超能力少女 ――ソフィア=エリソン編――
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第百二十八話 ソフィアの試験

 一通り校内を回った南とソフィアは屋上に来た。午前の授業中なので、生徒の姿は見えない。南は屋上から氷川SCの街並みを見ている。


「南先輩。この後はどうしましょう?」


 ソフィアは南の背中に声を掛ける。しかし、南は返事をしない。ソフィアは無言の圧力に負けそうになりながら、何とか気に入られようと努力していた。


――校舎を歩いていた時、黒川南という少年のことが少し分かってきた。


 異人であるソフィアは南の強さを肌で感じる。フィルが雇っている七名のギフターの誰よりも強い。しかし、その強さの代償なのか、年相応の性質が抜け落ちているように思えた。そして、すれ違う生徒の反応が両極端であった。


 女子からの好感度は高そうである。年上から年下まで満遍なく好かれている。ファンクラブらしきものも見掛けた。それは容姿からも頷ける。


 しかし、男子……特に男のギフターからは、あまり良く思われていなさそうであった。あからさまに表情に出す者や、避けて通る者を見掛けた。それは南の態度の悪さから理解できる。


 副会長の弟――。それも嫌われている理由の一つかもしれない。要は「気にくわない」のだろう。


 ただ、黒川南は周囲の反応に無関心であった。何を言われても、何を思われても興味がない。口癖は「どうでもいい」と「面倒くさい」である。


(でも、ギフターになるために……先輩には気に入られないと! 副会長の弟が味方になれば学校生活はイージーモード!)


 ソフィアは氷川SCの街並みを眺める南の背中を見詰めながら、なんとか食らいつこうと考えていた。


「先輩! 次はどちらへ?」


 ソフィアは目一杯笑顔を振りまいて南に話し掛ける。


「君さ……」


 南が口を開いた。


「はい!」


 ソフィアはほっとしながら返事をした。十数分ぶりの会話である。


「どうして協会うちに来たの?」


「え?」


 南はソフィアの方を振り向いて言葉を続ける。


「君は――普通人の子供としてアメリカで暮らす方が良いと思う」


 それはソフィアにとって想定外の言葉であった。先刻、黒川亜梨沙に「期待している」と言われたばかりである。


「あ、あの?」


 何と返答していいか分からず、中途半端な言葉が口を出る。南はソフィアの目を見ながら話を続けた。


「僕は生まれた時から異人だった。だから僕がギフターになったのは……間違いではなかったと思う」


 急に辺りの気温が下がった気がした。先程まで暖かかったが、思わず身体が震える。


「でも君は違う。普通人だった頃がある。普通人の記憶があるはずだ。普通人として生きる未来があったはずだ」


 南とソフィアの周囲を冷気が立ちこめる。ソフィアの吐く息が白い。


(これ、もしかして……先輩の冷気マナ?)


 南の周りにキラキラと光る氷晶が降り始める。それはダイヤモンドダストである。その光の中にいる少年は、人間とは別の生き物に見えた。


「僕は……選択肢を与えるために、君を電拳のシュウへ託したんだ」


「せ、先輩はシュウ様を……ご存じなのですか? 私を誘拐犯から助けてくれた恩人なのですが……」


 急速に低下する気温のせいで上手く言葉を紡げない。小さな身体が凍えている。南が無感情な瞳をソフィアに向けて言った。


「協会は誘拐事件を捜査していた。君は誘拐犯を殺した。でも君は事件後も平然と旅行を続けている。その時から予感はしていたよ――君は協会こっちへ来ると」


――その言葉を聞いたソフィアから表情が消える。


「……先輩はご存じなのですね。じゃあ、パパも知ってるのかな。……まあ、いいか。あいつらは死んで当然の『悪い人』だったから」


 ソフィアは氷雨のように冷たい目を南へ向けた。先程までの愛らしい後輩の雰囲気は消え失せている。南がソフィアに宣言した。


「君は殺人犯だ。ここで……ギフターの僕に処刑されても文句は言えないよ」


 南が手を頭上に掲げると、氷塊が出現した。ゴツゴツした巨大な氷が回転しながら五メートル程の槍へと形成されていく。


 その<氷槍(アイシクル)>は、キィィ……と甲高い音を立てて高速で回転している。辺りの空気が震撼し皮膚が裂けるような冷気を放っていた。


「ばいばい、ソフィア=エリソン」


 南が手を振り下ろした瞬間、目にも止まらない速度で氷槍が射出された。鋭利な氷が空気を切り裂いて飛翔する。――ギィンッと衝撃音が鳴り響き、氷塵をまき散らした。冷たい水蒸気が屋上を覆う。芝生はえぐれ、植木は吹き飛んだ。


 次第に氷塵が晴れてきた。その煙の中心にソフィアは佇んでいる。氷槍はソフィアの頬を軽く裂き、粉々に砕けていた。


「何で反撃しなかったの? 君のサイコキネシスなら僕を殺せたと思うけど」


「そ、そんなこと言われても。急にできません」


 ソフィアは涙目で答える。右の頬からは血が滴っているが、気にしている様子はない。その大きい瞳はしっかりと南の顔を見ていた。


「それに先輩は『悪い人』では……ありませんから」


 ソフィアはそう言うと、へたっとその場に座り込んだ。


 南はソフィアに歩み寄ると、右の手のひらにゼリー状の水球を生成した。その水球をソフィアの頬に添える。


「ひゃぅ! せ、先輩―! これ冷たいです」


「傷を治す水球。冷たいから痛覚も鈍る」


 南は右頬を押さえて力なくうなだれているソフィアを一瞥した後、空を仰いだ。ソフィアが口を開いた。


「私は何かを試されたんですか?」


「……命の危機になった時、異能が暴発するか試した。誘拐現場の再現……みたいなものか。僕に反撃したら減点だったかもね」


 ソフィアは目を伏せて呟いた。


「じゃあ、演技だったんですか? ――言っていたこと全て」


 南は目を逸らして、ぶっきらぼうに言う。


「別に……。僕みたいには……ならない方がいいと思うけどね。まあ、君のことなんてどうでもいいけど。面倒くさいし」


「え?」


 ソフィアは南を見上げて硬直する。南は感情が籠もっていない目でソフィアを見下ろしている。


(こ、この人……偏屈過ぎる……!)


「君だから言うけど、誘拐犯なんて死んでいいと思うよ。僕なら秒で殺していた」


 南の言葉にソフィアは再び硬直した。協会員として、「ぶっちゃけた」持論だと感じる。ソフィアの目の前に立つ冷気を纏った少年は人の心が欠落していた。ソフィアはふと将来の自分を想像した。


(私も……?)


 動揺するソフィアに南は言った。


「人は必ず死ぬ――それが早いか遅いかだけなのに」


 南の言葉を聞いて、ソフィアの頭の中で眠っていた記憶がちらついた。


(今の言葉……どこかで聞いたことがある?)


 ソフィアは頭を押さえて目を瞑った。酷い頭痛がする。フラッシュバックする記憶にはノイズが入っている。


――血に染まったアパートの一室。血溜まりの中で佇む金髪の少女。


――そして、透明感のある笑顔を浮かべた赤目の少年。


 赤いカーテンがはためく薄暗い部屋の中で、少年はこう言った。


――これからこの部屋に二人の少年がやって来ます――


 中性的な透明感のある声音で言った。


――人は必ず死にます。それが早いか遅いかだけ……――


 赤い瞳でソフィアを見据えて言った。


――じゃあ、僕は行きます。また会いましょう。ソフィア=エリソンさん――


 劣化した映像は不協和音を発してそこで途切れた。


「あ……ああ」


 ソフィアは頭を押さえてうずくまる。多量の汗はすぐに冷たくなった。


「どうしたの?」


 南はソフィアを見下ろして問う。


「わ、分かりません。何かを思いだしかけたのですが……。あの部屋で……何かが……」


 虐殺現場で何が起こったのか、それは異能研の鳥居杏のサイコメトリーと念写で音声のみだが明らかになっている。


 ソフィアのサイコキネシスが暴発し、誘拐犯が殺害されたところでデータは終わっていた。その後、南が部屋に踏み込むまで何も無かったはずである。


「排マナ中毒で記憶が混乱しているだけだと思うよ。さて、そろそろ戻ろう」


 南はそう言うとソフィアに背中を向けた。そして屋上の出入り口に向かって歩いて行く。


「――赤い目をした人が……私に言っていました……また会おうって」


 ソフィアの言葉に南が足を止めた。


「……赤い目?」


 南はソフィアの前まで戻ってくると、彼女を立たせる。


「え? 先輩。どうしました?」


「そいつのこと聞かせて」


「あ、あの。ごめんなさい。記憶が曖昧で……。私、目を覚ましたら便利屋にいたし……」


「そいつ、女だった? 男だった? 思い出してよ」


 遠くで学校のチャイムが聞こえる。ソフィアは必死に記憶を辿るが、頭にノイズが走り、それを妨げるのであった。

【参照】

ソフィアが異人になった時→第六話 冬の日

ソフィアの虐殺→第八話 ソフィア=エリソン

赤目の少年→第十話 来訪者

南の予感→第二十七話 黒川南とフィオナ=ラクルテル

ソフィアをシュウへ託す→第七十七話 ソフィアのスマートフォン

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