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金色のウロボロス 電拳のシュウ  作者: 荒野悠
第七章 氷使いと超能力少女 ――ソフィア=エリソン編――
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第百二十六話 ソフィアの愛

 便利屋の前に高級車が止まる。フィルは席を立つとシュウとリンに頭を下げた。


「シュウくん。リンちゃん。ソフィアを助けてくれてありがとう。思い返すと、異人喫茶にいた子供に言われたとおり、便利屋金蚊へ来たのは正解でした」


 ソフィアが異人喫茶で誘拐された時、フィルはオーナーの八神に冷たくあしらわれ、その場にいたチェンに言われるがまま便利屋金蚊へやって来たのだ。


「もういいって……てか、おっさん。大丈夫か? 顔色悪いけど」


 シュウはフィルのマナが薄くなっていることを気にしていた。


「時差ぼけかもしれませんね。……あ、そうだ。シュウくん。うちのソフィアをどう思っていますか?」


 フィルは思い出したように問うた。


「え? いや、可愛い子だと思うけど……。なんだよ?」


 質問の意味が分からず聞き返す。


「ソフィアはまだ小さいがしっかりとした子です。将来は幸せになってもらいたい。どうやらあの子はシュウくんを慕っているようです」


「む……」


 リンの顔が不機嫌になる。先の展開が読めたらしい。


「シュウくんさえよければ、将来ソフィアを貰ってくれませんか? その時はマラソン・エナジーにポストを用意します。事務仕事が苦手なら私の護衛として迎え入れてもいい」


「はぁ? いや、俺なんか無理だよ!」


「私もシュウくんがソフィアと一緒になってくれるなら安心です。考えておいてください」


 フィルはそう言うと出口に身体を向けた。そのタイミングでリンの怒りが爆発する。


「兄さんは少女とか幼女にモテすぎです! デレデレしないでください!」


「おい! そこだけ切り取ると、俺がヤバイ奴に聞こえるだろう!」


 シュウはリンのパンチを回避しながら反論している。その様子をフィルが面白そうに見ていた。


「あ、護衛の件ですが……正式に依頼するかもしれません」


 フィルはシュウに向かって言った。


「え? あ、そうすか」


 シュウは暴れるリンの頭を押さえながら答えた。


「シュウくんはパスポートをお持ちですか?」


「パスポート? いや」


「時期は未定ですが、私は東国連合国ギルハートへの出張が決まっています。その際は同行して欲しい。君は信頼できます」


「東国か?」


「ギルハートにはマラソン・エナジーの支社があるのですが、治安が悪いのです。異人革命戦線やファイブソウルズ、ママラガン等の反社組織がテロを起こしています」


「協会に依頼すればいいのでは? ……何故、俺?」


 シュウは笑顔を引きつらせて疑問をぶつける。


「君に依頼する理由……そうだな。『心証』。これに尽きます。――君は信頼できる。君は私を裏切らない。私の勘は当たるんです」


 フィルは真っ直ぐシュウの目を見る。その顔は父親ではなく、やり手のビジネスマンであった。


「今のギルハートは危険だ。本当に命を落としかねない。だからこそ、心から信頼できるパートナーが必要なんです。考えておいてください。……それでは失礼します」


 フィルはそこまで言うと、店を出て行った。外で車が発進する音が聞こえ遠ざかっていく。リンの方を振り向くと不安そうな表情でシュウを見ていた。


「兄さん。まさか……行かないですよね。ギルハートでは、最近も邦人のジャーナリストがテロ組織に処刑されています。断りましょうね……」


 リンは濡れた瞳でシュウを見上げている。最近のリンはいつもこの表情をするのだ。


「分かったって。てか、腹減ったな。飯作るから待ってろ」


 シュウはリンの頭を撫でると、給湯室へ入っていく。リンは憂いを帯びた表情でシュウの背中を見ていた。



 ◆



 フィルが氷川SCに購入した氷川タワーレジデンスは、地上三十八階のタワーマンションである。ホテルを彷彿とさせる洗練されたデザインで、氷川駅徒歩圏内という恵まれた立地だ。


 一階フロントのコンシェルジュでは日々の様々な取次や手配などのサービスが利用可能である。二十五階・二十六階には二層吹抜けのスカイラウンジがあり、非日常を演出している。


 誰もが一度は住みたいと思うタワマンの最上階、ペントハウスがフィルの自宅であった。部屋に入ると、執事のクリスとメイドのミリアが出迎えた。


 クリスは齢六十半ばを過ぎた男性である。黒い執事服を着こなす紳士だ。ミリアはメイドの少女だ。ソフィアの世話役である。


「お帰りなさいませ。旦那様」


「ただいま。今日のソフィアはどうかな?」


「お嬢様は夕ご飯を食べ終えて、リビングで動画を観ております。今日はいつものソフィア様ですね」


 クリスは「いつもの」を強調した。フィルはほっとした表情をする。


「そうか。ミリア。異人の目から見てどうだ?」


 ミリアは異人だ。普通人には見えないマナが視える。ソフィアのマナを観察するために雇われているのだ。


「お嬢様のマナは落ち着いています。今日は『フローラ様』は現れないかと……ご安心ください」


 フローラは、死別した妻の名前である。


「……分かった」


 フィルは安心してリビングへ向かう。


「ソフィー。帰ったよ」


 ソフィアはリビングの窓の前に立ち、夜景を眺めていた。氷川SCのネオンが星屑のように輝いている。


「パパ。お帰りなさい」


 ソフィアはこちらを振り返って笑った。


(私を『パパ』と呼ぶ時はソフィアだ。ミリアの言ったとおり今夜はフローラではないな)


 フィルは背後からソフィアの肩に手を乗せた。ソフィアは甘えるように体重を預けてくる。フィルはソフィアの頭を撫でた。


「ねえ、パパ。シュウ様に伝えてくれましたか?」


「ああ! 結婚の話はしておいたよ。良い返事が聞けるといいね」


 ソフィアは肩に乗せられたフィルの手に、自分の手を重ねる。


「ソフィアは――シュウ様の全てが欲しいのです。身体、流れる血、そしてマナ……これは愛ですか?」


 ソフィアはフィルを見上げて問う。その瞳は妖しい光を宿していた。


「はは、ママと同じことを言うね。パパはそう言われてプロポーズされたんだよ。ママは深い愛情を私に注いでくれたんだ」


「強いシュウ様と一緒にいるために……私も強くならないと……」


 フィルはソフィアの頭を撫でながら話に耳を傾ける。


「私が……ギフターになれば、シュウ様は振り向いてくれるかしら。――ふふ。楽しみ……ね」


 まだ幼いソフィアが浮かべる妖艶な笑みが夜空に吸い込まれていく。フィルは、ただその様子を眺めていた。得体の知れない焦燥感に駆られながら――。

【参照】

八神にあしらわれるフィル→第一話 異人街の便利屋

ギルハートへの出張→第七十四話 マラソン・エナジー

フローラについて→第七十五話 フローラ=エリソン


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