第百二十四話 未完成の電拳
自分の異名にもなっている<電拳>を否定されてシュウはショックだった。何よりこの異名の名付け親がランなのである。
「あんたの電拳で、そこのマナ壁を壊してみなさい」
ランは木村が生成したレベル五のマナ壁を指差す。シュウはその壁を睨んで言った。
「……本気でいくぜ」
ムキになっていた。シュウは軽くステップを踏むと、マナ壁から距離をとる。
<発電>
内なるマナを練り上げ電気へと変換していく。そのマナ・コントロールはスムーズであった。ランはシュウを観察していた。
(やっぱり実戦形式になると技の精度が上がるわね。理論が分からなくても感覚で理解している……こういうところもライにそっくりね)
シュウは身体を振って素振りを始めた。次第に右腕にマナが集まる。バチバチッと火花が散り、身体能力が向上していく。ぼう……と青白いマナがシュウの身体を包み込む。
「行くぜ!」
シュウは一気にマナ壁との距離を詰めた。神速で踏み込みその勢いのまま電拳を叩き付けた――ゴォンッと衝撃音が響き渡る。訓練場の床が振動した。
「きゃあ!」
その轟音にリンは思わず耳を塞ぐ。ランは瞬きをせずにシュウの電拳を見ていた。マナ壁には亀裂が入っている。
「惜しいわね。ヒビは入っているわ」
シュウは発電を解くと右拳を撫でた。
「き、木村さんのマナ壁……ちょう硬ぇ。硬いうえに弾力がある……」
「しゅうちん。このマナ壁を破壊できないってことは、あなたは木村に勝てない……そういうことよ」
「え?」
「ニーズヘッグにだってそう。あの時、あなたの最後の電拳が氷壁を砕けなかった――だから負けたの。私が助けなければ、あなたはもう死んでいて、ここにはいない」
「……確かにそうだけど」
ランはいつになく厳しい口調でシュウに言う。
「もう一度言うわ。あなたの電拳は未完成。今から私が本当の電拳を見せてあげる」
「し、師匠?」
ランはエメラルドグリーンのパーカーを脱いだ。ブラックのタンクトップから、ランのメリハリのある身体が見える。いつもなら気恥ずかしくて目を逸らすシュウだが、今回は違った。緊張しながらランを見守る。
「木村―。レベル十のマナ壁を、そうね……五枚重ねてくれる?」
「了解です!」
木村は五枚重ねでマナ壁を生成した。強度は先程シュウが殴ったマナ壁とは比べものにならない。
(レベル十を……五枚?)
シュウは思わず目を見開く。
「よーし。見てなさい。しゅうちん」
ランは不敵な笑みを浮かべると、マナ壁の前に立った。――すると、空気が震動し、大量のマナがランに集まっていく。そのマナはすぐに電気を帯び、雷風となり螺旋を描いた。訓練場全体がランのマナで揺れている。シュウはその場に立っているのも辛くて、思わず後退りをした。
「こ、これが……【雷火】」
ランの身体を中心に放出されていた荒々しい稲妻が一瞬で拳に集約され、辺りに静寂が訪れる。しかし、すぐに右拳から凄まじい濃度のマナが膨張し電気を帯びる。ランは重心を落とすとマナ壁と向き合う。そして一言発した。
「電拳!」
ランが神速の電拳をマナ壁に叩き込んだ――ドカンッと爆発音が響き、五枚のマナ壁は粉々に砕け散った。その衝撃波でマナ壁の後ろにあった訓練場の壁に亀裂が入る。シュウは思わずその場に尻餅をついた。
「大枚叩いて結界術士に張ってもらった訓練場の結界が……。まあ、これも愛弟子のためだわ」
ランが壁の亀裂を見て溜息をついた。木村と高橋がランの電拳に拍手を送っている。リンは両耳を塞いで呆然としていた。ランはパーカーを羽織るとシュウの方を向いた。
「さて、しゅうちん」
シュウは慌てて腰を上げる。
「は、はい! 師匠」
「今日の講義と今の電拳。あなたにはヒントを与えたわ。自分の電拳と何が違うのか。今の自分に足りないものは何か。考えてみなさい」
そう言うランの表情はいつもの笑顔に戻っていた。
「俺に……足りないもの」
シュウは自分の両手を見ながら呟いた。ランは更に言葉を続ける。
「しゅうちん。ニーズヘッグとヴァルキリーに借りを返したいって言っていたわよね」
「ああ、当然だぜ」
「あの子達……というか、ギフターにはもう一つ上があるわよ」
「上?」
「ええ。彼等は本気になると『リミッター』を外す。自分の命を削って禁術を放つ。……私はそれが気に入らないのよ。協会の闇よね」
「あ、あいつら! あの時は本気じゃなかったってことか?」
シュウは驚愕した。ランは頷く。
「私が追い詰めた時、二人とも何かを発動しかけたわ。まあ、止めたけどね。発動されても……多分、気分の悪い結果になったから」
ランは目を細めて回想している。どうやらランが協会を嫌う理由は、ライがテロリスト扱いされていることだけではないようだった。
「私が言いたいのは、ギフターもファイブソウルズも手強いってこと。そしてマナ・コントロールは奥深い。簡単には極められないわ。……あなたには才能がある。精進なさい」
「おう!」
ランはシュウを抱きしめると耳元で囁いた。
「それに、懐に飛び込んで電拳をぶん回すスタイル――私は嫌いじゃないわ。それだって極めれば十分脅威となる。自分らしさも忘れないようにね」
ランは最低限のことだけ伝え、後は自分で強くなるように道を示している。シュウはランの愛情を感じ取っていた。
◆
途中まで木村に車で送ってもらい、シュウとリンは東銀を歩いていた。辺りは暗くなってきている。飲み屋街に活気が出る時間帯だ。異人街にネオンが灯り、明るく道を照らしている。リンは少し前を歩くシュウの背中に声を掛けた。
「兄さん。何か食べて帰りますか?」
「そうだなぁ。俺は家にある物でいいよ。たまには俺が作るかな。チャーハンとか」
「わあ、嬉しいです。じゃあ早く帰りましょう」
リンが背中に抱き付いてきた。シュウは振り払わずに好きにさせている。たまには良いだろうと思っていた。
東銀は露店が多い。様々な物が売られている。野菜や果物、外来魚の干物。みやげ物や衣料品、家電まで幅広い。エキゾチックな店と日本のチェーン店が軒を連ね、それは地下街まで続いている。むしろ最近の生活圏は地下へ移りつつあった。
「兄さん……。店の前に誰かいます。車も……」
「ん? ああ、本当だな……高そうな車だが、雨夜じゃないよな」
便利屋金蚊の前に人影が見える。それと見慣れぬ高級車が二台止まっていた。人影の一人がシュウに気が付いた。金髪の少女である。
「シュウ様ぁー!」
少女は満面の笑顔で駆け寄ってきた。そしてそのままシュウの胸に飛び込んでくる。
「うわっ!」
シュウは抱き付いてきた少女を受け止める。金色のロングヘア。青いリボンが付いたカチューシャ。ふわふわのワンピースを着込んでおり、若干生意気そうな顔をしていた。
「き、君は……ソフィアちゃん?」
腕の中で頬を染めている少女はソフィア=エリソンであった。
【参照】
ソフィア=エリソンについて→第七話 事件の真相
絶対零度と銀槍の乙女→第四十五話 絶対零度
ギフターのリミッター→第四十六話 雷火のラン
フィオナの言葉→第七十三話 フィオナのお礼
ライについて→第八十五話 蛇の民と瑪那人




