第百二十二話 五大元素
ランが缶ビールを飲みながら話を始める。
「さて。じゃあ、しゅうちんのこれまでを振り返ってみようか。奇遇にもあの夜、雨蛇公園にいた面子が集まっているわけだし」
カリス狙撃事件、そしてギフターの黒川南、フィオナ=ラクルテルとの戦い。今この場にいるシュウ、リン、ラン、木村、高橋は事件の当事者だ。
「……その前に。高原雨夜から蛇の民のこと……父親のことは聞いたんだっけ?」
ランはシュウとリンの顔を見比べる。
「そうそう、雨夜に聞いた。蛇の民とか金蛇とか瑪那人。それと雷神のライって男が父親の可能性があるって聞いたな。そうなのか?」
ランは少し考える素振りを見せて答えた。
「そうね。ライが父親よ。約二十五年前、異人傭兵部隊アドルガッサーベールを結成し、世界大戦を止めた英雄……。当時のライは……今のあなたより若かったんじゃないかしら」
どこか遠い目をして語るランを、シュウは黙って見ていた。そして雨夜の言葉を思い出す。
(雨夜の話だと……親父はテロリストとして追われているってことだったけどな)
ランは缶ビールを飲むとこう言った。
「もっと早くあなた達に言うべきだったわね。ただ、高原雨夜に聞いたとは思うけど、金蛇は公安や協会から監視されているし、トラブルに巻き込まれることも多いのよ。まだ子供のあなた達には言えなかったの」
リンがペットボトルの紅茶を飲みながら答える。
「気にしないでください。私達も敢えて聞きませんでしたし。兄が何でランさんと同じ金髪なんだろうとは思っていましたが……」
「あはは、そうよね。金髪と金色の目が金蛇の特長。でも皆にその特長が出るわけではないわ。エレキの異能が発現した者に現れる変化ね。つまりエレキ系の蛇の民を金蛇というのよ。だからりんりんには出ていないの。」
リンは自分の髪を触りながら口を開いた。
「そうなんですね。あまりに似ていないので血が繋がっていないのかなって思ったこともあります。それなら兄さんと一緒になれるのになぁって」
リンは茶目っ気たっぷりに言う。それを聞いたシュウが慌てて会話に割り込む。
「おいおい! そんなこと言っているからお前には彼氏ができないんだよ! さっさと兄離れをしてくれ。マジで!」
リンはシュウの発言を無視してランに問う。
「ランさん。私達の母親は誰なんですか? 父と同じ蛇の民なんですか?」
リンの問いにランは優しく微笑んだ。
「……母親に関しては、私からは言えないわ。もう少し時間を頂戴」
シュウとリンは顔を見合わせる。他ならぬランがそう言うのだから何か理由があるのだろうと思った。
◆
「さて、しゅうちんは金蛇の特性と持ち前のセンスで、これまで戦ってきたわけだけど、今日は戦闘の基本を教えるわ。遠距離云々より……そうね、属性から教えようか」
属性という単語を聞いてシュウの顔が曇る。
「いきなり苦手分野だぜ」
ランは意地悪い笑みを浮かべながら、話を続ける。
「属性持ちの異人をエレメンターと呼ぶ。風はエアロ系、土はアース系、水はアクア系、火はパイロ系、そして雷はエレキ系。分かっていると思うけどエレキ系は滅多にいないから、基本的に属性は四大元素ね」
ランは紙に五角形を書き、その角に属性を当てはめていく。時計回りで上から風、土、雷、水、火である。
「四大元素を反映した菱形図が教本に載っているし有名だけど、今回は五角形図。雷も入れて五大元素を解説するわ」
シュウとリンはランが書いた図を見る。
「最近の例を挙げようか。アクア系の雨夜がファイブソウルズの土使いに勝てなかった。土は水を剋す、土剋水。アクア系はアース系に弱い」
ランは五角形の左下に書かれている「水」を指差した。シュウは難しい顔をしながら、雨の市街戦を思い出す。
「そう言えば雨夜が土剋水って言っていたな。水流が土壁に弾かれていた」
シュウの話を聞いたランは五角形の右上に書かれた「土」を指差す。
「マナで硬化した土は非常に硬い。いくら水を硬化しても、硬化した土塊に穴を穿つことは叶わない。アース系は守備に特化したエレメンター」
そこで、リンが口を挟んだ。
「この図の通りだと……アクア系はパイロ系に強そうですね」
ランは頷くと話を続ける。
「ええ。雨夜の水壁はジャスミンの火球を防いだ。水は火を剋す、水剋火。更に<慈悲なき千夜の雨>で空間を水で満たす。パイロ系には悪条件が重なって、ジャスミンは撤退を余儀なくされた」
「よく分かんねーけど、なんとなく分かった」
「アクア系は攻守のバランスが良い。攻撃も支援もできる。万能型のエレメンター」
ランはそう言うと、次は五角形の頂点に書き込まれた「風」を指差す。
「うちでは高橋がエアロ系のエレメンターに属す。警棒で放つ<風刃>が得意ね。エアロ系はアース系に強い。風は土を砂へと変える。風剋土。」
高橋が解説を引き継ぐ。
「エアロ系は機動力の高さと攻撃範囲の広さが特長のエレメンターです。亀になっているアース系を一方的に攻撃できますよ。そう言えば……以前、風刃を龍尾のシンユーに使いましたね」
高橋が言っているのは、一宮の裏通りでシュウがシンユーに絡まれた時、木村と共にフォローに入ったことである。
次にランは五角形の左上にある「火」を指差した。
「そしてパイロ系はエアロ系に強い。火は風を取り込んで、より大きくなる。火剋風。パイロ系は強力な火力と爆発力を持つ。攻撃に特化したエレメンターね」
ランは右下の「雷」を指した。
「雷ってのは五大の中でも強いんだけど、まあ……土は雷を吸収し分散させる。土剋雷。そして水は電気を通す。感電ね。雷は土に弱く水に強い」
「ふーん」
「エレキ系は神速の技と鋭い電撃で敵を討つ。奇襲や隠密に優れたエレメンター。敵にいたら嫌なタイプよ。コンピューターなんかもショートさせるしね」
複雑な話にシュウは顔をしかめている。
「マナは複雑でね。パイロ系から派生したエクスプロージョン系、アクア系から派生したアイス系とか、レアな異能が色々あるのよ。無属性もあるわね」
ランは五角形の中心に「無」と書き足した。
「無属性はサイコキネシスね。これは相剋の中には無い。範囲攻撃よりは単体攻撃が得意ね。地味だけど怖いわよ。【王殺し】の<アダマスの鎌>は一つの頂点かしら」
リンがきょとんとした表情でランに聞く。
「クロノスって誰ですか?」
「アルテミシア騎士団の団長よ。しゅうちんと戦った銀槍の乙女の上司ってとこかしら。ああ、フィオナ=ラクルテルのことね。銀髪の目つきが鋭い子。会ったんでしょ?」
「……ああ。あの人ですか。騎士団だったんですね」
リンは雨が降る異人自由学園の園庭でフィオナと対峙したことを思い出した。リンにとってフィオナは兄を傷付けた憎い敵である。
「まあ、今話した属性の相剋関係は、術者の力量やマナ量によっては、簡単にひっくり返るけどねぇ。天候や地形、体調や精神状態で戦況は変わってくるわ」
ランは上機嫌でビールを飲んでいる。彼女の横には既に五缶が空いていた。シュウは眠そうな顔で五角形の図を眺めていた。
【参照】
アドルガッサーベールについて→第十二話 せっかく異人の友社に入社できたのに私の知能が低すぎる件【落合茉里咲】
高橋の風刃→第二十話 電拳と硬拳
カリス狙撃事件→第四十四話 世界の終わり
黒川、フィオナとの戦闘→第四十五話 絶対零度
ジャスミンの撤退→第七十二話 慈悲なき千夜の雨
リンとフィオナ→第七十三話 フィオナのお礼
蛇の民と瑪那人→第八十五話 蛇の民と瑪那人
雨夜と土使い→第九十八話 世界の平和
アダマスの鎌について→第百十話 アダマスの鎌




