第百二十話 龍尾とアルティメット・ディアーナ
東銀の東部に位置する白天町は、白人の移民が多く定着している。比較的、アジア人が多い異人街の中では目を引く地域である。まるでアメリカのストリートのような雰囲気で観光客の人気を集めていた。
少し裏道に入ると、怪しいネオン街へ繋がっている。裏ハクと呼ばれるスポットだ。ディープな異国の雰囲気を味わえるが、注意をしないとぼったくりの店も存在する。
裏ハクに「ホワイトアウト」というクラブがある。白天町の中でも特にインターナショナルな空間で、外国人の客が非常に多い。ニューヨークのクラブを彷彿とさせ、地下一階から地上三階までの四フロアで構成されている。
ホワイトアウトには一般に公開されていない四階が存在する。そこは裏社会の人間の接待に使われる特殊なフロアであった。そう、ホワイトアウトは麻薬武器密売組織アルティメット・ディアーナが運営しているのである。
日本支部リーダーのアレン=クルーは女性のように長い金髪で華奢な優男だが、アルティメット・ディアーナで主戦力となっている異人だ。
――ある日の夜、アレンは龍尾のハオラン一行を四階で接待していた。
ハオランは龍尾の幹部「五天龍」の一人で、【黒龍】の異名を持つ大柄の男である。VIPルームの長いソファーの中央にハオランが座り、両脇にホステスが四名ついている。女好きのハオランはご機嫌だ。下座にはアレンが座り、にこやかに対応していた。
ハオランの後ろには黒い服を着た男女が立っている。
男の方をカイという。清潔感のある黒の短髪で、口元にはヒゲが生えている。女の方はルーといい、長い黒髪を後ろで結っている。どちらも黒い手袋を着用していた。二人とも異能を使う護衛である。怪我をしたシンユーとソジュンの代わりであった。
「アレン殿! なかなか良い店ではないか。酒が美味いし女もレベル高い! シャトーマルゴーもいいが、やっぱ紹興酒だな!」
ハオランの前にはドンペリやオールドヴィンテージのシャトーマルゴー、そして百年熟成の紹興酒が開けられていた。酒豪のハオランは上機嫌で酒をあおる。
「さすがハオラン様。その紹興酒は国際コンクールで金賞を受賞した蔵の秘蔵の酒です。雑味が全くなく、清流のように滑らかな口当たり。何より高貴な香りが素晴らしい……逸品です。ハオラン様のために、お取り寄せしました」
「嬉しいことを言うなぁ、アレン殿! カイ! ルー! お前等も飲むか?」
ハオランは後ろの二人に声を掛ける。しかし、二人は無言で首を横に振った。
アレンの隣にはスカーレット=オルグレンがドレスアップして座っていた。レッドブラウンのショートボブで気の強そうな顔をしている。アレンと行動を共にする異人だが、普段はクラブのホステスであった。スカーレットは不機嫌そうな表情でハオランを見ている。
「おー! 赤毛の姉ちゃん! シスターに転職しなかったんだな? やめとけやめとけ、子供も殺せないんじゃ長生きできねーぞ! この業界は」
ハオランはスカーレットを見ると大声で笑った。前回の武器取引でファイブソウルズに襲撃された際、スカーレットは少年兵を殺すことを躊躇し、ハオランに助けられたのである。
「く……下品な男。大嫌い」
スカーレットはハオランに届かない声で呟いた。龍尾は重要な顧客であるため、むげにはできない。スカーレットの呟きを聞いたアレンは苦笑している。そして話を変えた。
「そう言えばハオラン様。先日ファイブソウルズと名乗る組織にライフル銃と爆弾、麻薬を少々売りました。ダビカという眼鏡を掛けた女性でしたよ」
「ほう? ファイブソウルズが道具を買ったんかい。いらんだろ、異人に銃なんて。……そいつら本物か?」
「ご冗談を。本物なら売りませんよ。ファイブソウルズは龍王と共闘しております。御社が不利になるような取引はしません。どうやらアルテミシア騎士団の副団長を拉致したようですが……」
アレンは妖艶な笑みを浮かべた。
「がっはっは! 大胆だなぁ! どうやって死んだんだ? そいつら」
「騎士団長と協会のギフターに狩られたようです。まあ、全滅でしょう。ニュースにすらなっていませんが」
アレンの言葉にハオランは真顔になった。
「【王殺し】の野郎が動いたんかい。そりゃ大層なこった。……指揮を執ったのは副会長の魔女か」
「おそらくは」
「同行したギフターってのは? 当然A級以上だよな」
「氷のマナを纏う少年だとか。等級は不明です」
「ふーん」
ハオランは紹興酒を飲みきると、マルゴーに手を伸ばす。それより先にスカーレットがボトルを手に取ると、ハオランのグラスに注いだ。
「おお、赤毛の姉ちゃん。気が利くな」
「……」
嫌な顔をしながらも真面目に仕事はこなしている。スカーレットは生真面目な性格をしていた。アレンは笑顔で言った。
「前回のファイブソウルズの襲撃で、我々アルティメット・ディアーナは既に龍王から敵と認識されていると分かりました。故に全力で御社をサポートいたします。高騰している銃も格安でお売りいたしますよ」
「がはは! 柊会の連中が道具を欲しがっているから儲けさせてもらうかな! 抗争には資金が必要だ! 派手にいこうや!」
ハオランは豪快に笑うと赤ワインを一気に飲んだ。因みにシャトーマルゴーは一本五十万円の高級ワインである。そして、思い出したように言った。
「……ああ、そうそう。【青龍】の方にも頼むわ。最近、あっちの方で龍鱗が動いてるからな。フォローしてやってくれ」
龍鱗とは龍王傘下の組織である。主に汚れ仕事を請け負う危険な連中だ。
「ええ。承知しました」
アレンは笑顔で頷く。
「リーシャ様は五天龍を川成へ呼んだ。今度の集会で龍王との抗争に踏み切るはずだ。……待ちに待ったぜぇ!」
ハオランの身体から凄まじい濃度のマナが漲っている。邪悪を具現化したようなマナがVIPルームに溢れ出す。マナが視える異人なら、思わず構えてしまうほどの迫力だ。黒龍の異名を持つハオランは正に異人街の魔獣であった。
スカーレットは思わず身震いをした。
(……なんという禍々しいマナ。――人間味を捨てると、ここまで強くなれるの……?)
スカーレットは隣に座るアレンを見た。アレンはハオランに気圧されることなく笑っている。
(アレン様……?)
アレンのマナは機械のように正確に淀みなく身体を巡っている。その一点の曇りもないマナ・コントロールは、たぎるマナを隠そうともしないハオランとは真逆であった。アレンは女性のように美しい笑顔を浮かべ、青い瞳でハオランを見ていた。
【参照】
アルティメット・ディアーナと龍尾の取引→第五十一話 アルティメット・ディアーナ
ファイブソウルズの襲撃→第五十二話 ファイブソウルズ
副団長拉致事件→第百五話 アルテミシア騎士団
ファイブソウルズの偽物→第百十話 アダマスの鎌




