第百十九話 龍尾の五天龍
「今回、水門重工には大きい借りを作った。だから龍尾は奴等のお膝元、新都心市では当分活動を控える。もともとリーシャ様は水門重工と揉めるつもりはない方だしな」
ソジュンはシンユーの言葉に頷くと、こう答えた。
「確かに。数ヶ月前に異人組織カラーズが、水門重工の取引先であるマラソン・エナジーのご令嬢を誘拐した時、龍尾はカラーズの援助をしなかったしね。その誘拐犯達の行方は未だに分からないらしいよ」
「それとな……龍尾の幹部陣は、龍王とファイブソウルズが同盟を結んだと判断して対応に追われている。実はな、少し前からハオランさんが東国にストレンジャーの助っ人を要請していたんだが、柊会の竹本がしくじって立ち消えになったらしい。やっぱ暴力団は使えねぇや」
ニシカワフーズの密入国案件は、ハオランから柊会への依頼であった。トラックの荷台に乗っていた密入国者は龍王の後藤に拉致されたが、ストレンジャー五名の行方は不明となっていた。
「アルティメット・ディアーナとの武器取引の時、ファイブソウルズに襲撃されただろう? ハオランさんはあの時から色々と対策を練っていたんだ。今考えると、奴等の狙いは龍尾だったってことになるな」
「……そうか」
ソジュンはシンユーの話を聞きながら、当時のことを思い出していた。少年兵の自爆はショッキングな事件として記憶に刻まれている。シンユーは話を続けた。
「そろそろ抗争って上は言っているけど――既に抗争は始まっているんだ。雨の市街戦……あれだって後ろに龍王がいるはずだぜ? ファイブソウルズが参加していたんだからな」
シンユーは話を止めるとソジュンの反応を待った。ソジュンは端正な顔をしかめながら自分の考えを述べる。
「龍王に優秀な参謀が入ったんじゃないか? これまでは緑髪の坂田っていうチャラ男と鬼火の後藤が現場を仕切っていたけど……。最近、ちょっと攻め方が変わってきたように思うよ」
シンユーは少し考えて、思い出したように言った。
「そう言えば俺さ、退院してからダメ元でスパイダーから買ったDMDを取りに行ったんだよ。旧市街に置きっぱなしの車にな。案の定、回収されていたぜ。抜け目ねーよな、今度の奴等……」
結果的にスパイダーとのDMD取引は失敗に終わったわけだが、シンユーとソジュンに咎はなかった。上層部の関心が龍王対策に移っていったのである。内心冷や冷やしていた二人は胸を撫で下ろしたのであった。
「今度、龍尾の幹部が川成へ集まる。『五天龍』が一堂に会するぜ」
五天龍とは、各支部を仕切っている龍尾の幹部陣である。青龍、赤龍、黄龍、白龍、黒龍の称号を得た実力者達で、ハオランは黒龍を冠している。そして殆どの幹部が龍尾と龍王に分裂する前から組織に所属していた。
「そ、そうか……。龍尾の主戦力が川成へ……。これは……いよいよだな」
「ああ。五天龍とファイブソウルズがガチでやり合うかもしれねぇ。……ソジュン。お前、まだ組を抜けられそうもねぇぞ。……悪ぃけどな」
シンユーがソジュンの肩に手を置く。
「分かってる……僕は一度死んだ身さ。シュウくんと雨夜さんに救われた命を……抗争に使うのは気が引けるけどね」
ソジュンは自身に皮肉を込めて、笑った。それを聞いたシンユーがソジュンの頭を軽く叩いて言う。
「ばっか。ありゃあいつらが勝手にやったことだろう。忘れろよ」
「そういうわけにはいかない。彼等への恩は必ず返すよ。反社の前に一人の人間としてね」
生真面目なソジュンにシンユーは溜息をついた。こういうところが他人から信用される理由なのだろう。
「あ、そうだ。ソジュン。お前を病院へ連れて行く途中で女と会ったぞ」
ソジュンはシンユーの言葉に首を傾げた。
「え? そうなんだ。初耳だな。どんな子だい?」
「特徴的な女だった。金髪で色白。右目が青、左目が緑。ピンクのパーカー着ていたぜ。かなり可愛かったな」
「……え? あ、愛ちゃんが? どうして現場に?」
想定外の情報だったらしい。ソジュンが心底驚いた顔をしている。
「あー、やっぱりお前の女か。結婚したいって言っていた子だろ。『じゅんじゅん生きてるのー?』って聞かれたよ。何か能天気なヤツだったな」
「……そうか。愛ちゃんが」
「そう言えば、シュウのことも知っていたな。『あそこの金髪の人、知り合いなのー?』って聞かれたぜ。興味持ってる感じだった」
「な、なんでだろう……どうして」
ソジュンは愛の性格をよく知っている。愛は他人に興味を示さない。他者に関心がない。そういう少女だ。彼女が電拳のシュウを「金髪の人」と認識している――それは相当特殊なケースと言えた。
「言おうか迷ったけど、お前を親友だと思っているから言っておく」
「……?」
ソジュンは顔を上げてシンユーの顔を見た。
「あの女はやめとけ。すっげー不吉な女だった。お前とは住む世界が違う気がするな」
「そんな! どうしてそんなこと言うんだ!」
「お前のためを思って言ったんだ。……悪い、上手く言葉にできねぇな」
シンユーの言葉にソジュンは我に返った。
「……こっちこそ、ごめん」
「ああ。じゃあな」
シンユーは手を振ると病室を後にした。すると、扉の横にニーナが立っている。
「うわっ! お前、驚かせるなよ! ストーカーか!」
「終わりましたか?」
ニーナは感情が籠もっていない真っ青な瞳でシンユーを見ている。
「終わった終わった! 俺は帰る。ソジュンが中で……しょげているから慰めてやってくれ。じゃあな」
シンユーは面倒くさそうにニーナをあしらった。しかし、ニーナはシンユーの袖を掴む。
「なんだよ?」
「ソジュンさんは本調子ではありません。あまり無理をさせないでください」
ニーナの瞳はシンユーを捉えて離さない。分かりにくいが、若干非難の色が込められているようだ。
「ああ? 話が聞こえていたのか? 悪かったって! もう帰るよ」
シンユーはニーナに背を向けてエレベーターの方へ足を向けた。ニーナはその背中を黙って見送る。そして呟いた。
「ソジュンさんが……瀬川愛と? 何故、あの女が……」
ニーナの呟きは院内の喧噪の中へ消えていった。
【参照】
カラーズの誘拐事件→第八話 ソフィア=エリソン
アルティメット・ディアーナ→第五十二話 ファイブソウルズ
ニシカワフーズの事件→第七十八話 カラーズ
ソジュンの願望→第八十二話 ナンバーズ
市街戦について→第九十二話 市街戦
シンユーと愛→第九十九話 テロリスト




