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金色のウロボロス 電拳のシュウ  作者: 荒野悠
第六章 雨夜タイム ――水門の姫の再起編――
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第百十八話 ソジュンとニーナ

 荒川アウトサイダーズの病室の上の階に龍尾のソジュンが入院していた。ソジュンはベッドに横たわりながら院長と会話をしていた。


 東銀座異人病院の院長は背が高い初老の男性である。眼光が異常に鋭い。反社組織の組員も震え上がりそうな程の迫力がある。院長の隣にはベテランの看護師が控えていた。こちらも顔が怖い。ソジュンは笑顔を引きつらせている。


「あ、あの……先生?」


「ソジュンくん。君は腹部刺傷で死にかけた。本来ならオペ室に入るまで腹部の凶器を抜かないのがセオリーだが……マナを含んだ水球が傷口を覆っていたので助かったのだよ。応急処置をした少女に感謝するのだな」


 院長はじろりとソジュンを睨んだ。ソジュンは愛想笑いをしながら目を逸らした。


「そ、そうですね。シンユーの話によると水門重工のご令嬢が助けてくれたみたいで……。今度お礼を言わないといけませんねぇ」


 院長の眉がピクリと動いた。


「……そうか。左京(さきょう)葛葉(くずは)の娘か。……なるほどなぁ」


雨夜あまよさんって言うらしいですよ。メディアでも観ますよね。か、可愛らしい女の子……だと思います」


 ソジュンの言葉を聞いて、また院長の眉が動いた。


「可愛い……だと? ソジュンくん。あれは……妖狐の娘だ。油断すると喰われるぞ」


「よ、妖狐ですか?」


 そこで看護師が口を挟んだ。


「先生……。そろそろ行きましょう」


 院長は無言で頷くと、看護師を伴い部屋を出て行った。


「はぁ~……疲れた」


 院長と入れ替わるように麻薬密売組織スパイダーのニーナが入ってきた。表情に乏しい東欧系の女性である。ニーナは頭に包帯を巻いている。彼女もファイブソウルズのリアとの戦闘で重傷を負い、入院しているのだ。しかし、華奢な外見からは想像しづらい屈強な身体をしており、術後の経過がすこぶる良いらしい。


「ああ……。ニーナさん。お疲れ様でーす」


「お疲れ様です」


 スパイダーのリーダー、オスカルも右肩に重傷を負い入院していたが、既に退院している。ニーナはオスカルからソジュンの護衛をするように命令をされているのだ。そのため、毎日長時間ソジュンの部屋に居座るのであった。


「あ、あの! もう来なくても大丈夫ですから。ニーナさんだって怪我人なんですよ。自分の部屋で休んでください」


「私はリアの光線で吹き飛ばされましたが、咄嗟にマナ壁を張ってダメージを軽減しました。そして激突した窓が緩衝剤になり全身打撲で済んだのです。あれがコンクリートの壁だったら潰れて死んでいたでしょうね」


 容姿は美しいが、喋る西洋人形のような雰囲気を醸し出している。まだ日が高いからいいが、夜に見たら不気味かもしれなかった。


(帰ってくれませんかね……とは言いづらい)


「私に何かして欲しいことはありますか? 護衛以外にも身の回りの世話をしろと言われています」


「帰って……いや、そうですね。では、リンゴを剥いていただけますか?」


 思わず本音が出そうになりながら、咄嗟に「リンゴ」で誤魔化す。ソジュンのコミュニケーション能力が発揮された。ニーナは病室の隅に置いてあるリンゴに左手を向ける。するとリンゴがフワッと宙に浮いた。


「え? あの……ニーナさん? 病室で異能の使用は……」


「回転」


 ニーナがそう呟くと、リンゴが空中でくるくると回り始める。これは<テレキネシス>と呼ばれる物体を操作する異能だ。


「皮だけ逆回転」


 逆回転の力をかけられたリンゴの皮がシャリシャリと剥けていく。これは地味だが高等技術であった。マナが力むとリンゴが破裂するからである。


「カット」


 ニーナが右指を動かすと、リンゴが等分にカットされていく。そして棚に右手をかざすと、ひとりでに扉が開き、皿が飛び出してきた。その皿にカットされたリンゴが盛り付けられていく。


 リンゴの皮はゴミ箱に落ち、皿はニーナの手のひらにストンと乗った。特筆すべきは果汁が一滴も床に落ちなかったことである。下から圧力をかけて果汁を浮かせていたのだ。


「あ、ああ、ありがとうございまーす」


「あーん」


 ニーナがそう言うと、カットされたリンゴがフワフワと浮いて、ソジュンの口まで運ばれる。ソジュンが口を開けるとリンゴが中に放り込まれた。


(優秀な女性なんだろうけど……。なんかこう……疲れますね。オスカルさんは平気なんだろうか……)


 すると聞き慣れた声が病室に響いた。


「なーに、いちゃついてんだよ。ソジュン、ニーナ」


 声の主は龍尾のシンユーである。松葉杖をついているが元気そうだ。


「やあ、シンユー。おはよう。別にいちゃついていないよ。彼女はオスカルに頼まれて僕の世話をしてくれているんだ」


 ニーナは無言で頷く。シンユーはあからさまに呆れ顔を浮かべた。


「なんかさ、前から思っていたけど……オスカルの野郎はソジュンに気を遣いすぎるぜ。まさかゲイじゃないだろーな。……気を付けろよ? お前マジで」


「や、やめろよ。シンユー。こんな美人な女性を護衛にしているんだから、それはあり得ないよ。そうですよね、ニーナさん」


「オスカルさんは私に興味を示しませんね」


 一瞬、場が硬直する。


「……で、シンユー。何か用かい?」


 ソジュンはさらっと受け流してシンユーに話を振った。シンユーは頷くとニーナに言う。


「ニーナ。ちょっと席を外してくれ。変なヤツが来たら俺がぶっ飛ばすから安心しろ」


 ニーナはシンユーを見る。腕には包帯を巻き、松葉杖をついた姿に、眉をひそめた。


「今のあなたが戦えるとは思えませんが……。まあ、いいでしょう。手短にお願いしますね」


 ニーナはそう言うと病室から出て行った。ソジュンはその背中を見送ると、ほっと溜息をついた。


「おいおい、ニーナのヤツ、もう女房気取りか。お前、気を付けろよ。ソジュン」


「病人をからかうなよ! 僕には結婚したい女性ひとがいるんだ。前に話しただろう」


「水門の姫もお前だから応急処置したんじゃねーの? お前は何かと女に助けられるなぁ」


 にやにや笑うシンユーを見て、ソジュンは言い返すのを諦めた。咳払いをするとシンユーに問う。


「……で? 本題に入ってくれよ」


「ああ、そうだった」


 ソジュンを茶化していたシンユーが真面目な表情になり、話を始めた。

【参照】

ニーナとリア→第九十四話 一触即発

雨夜の応急処置→第九十八話 世界の平和

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