第百十七話 荒川アウトサイダーズの井戸端会議
東銀座異人病院は住宅街を少し進んだ所でひっそりと運営している。地域密着型の中小規模病院で設備は若干古い。
院長は異人である。マナと医療を関連付けたマナ治療を率先して行い、訳ありの異人を多く受け入れる。闇病院ではないが、ヤクザや異人組織の組員も分け隔てなく治療するため、院内の雰囲気は殺伐としていた。
院内で組織間の抗争は御法度である。裏社会の患者はそのことをよく分かっており、敵対している組織と同部屋になっても喧嘩をしない。日常的に怪我を負う可能性がある組員は貴重な病院を出禁になりたくはないのだ。
特に異人はそのルールを厳守する傾向にある。未だに異人差別が残る現代社会で、異人の医師と揉めることは絶対にしない。東銀座異人病院は異人街の中の緩衝地帯としても機能していた。
その日も病院は繁盛していた。気の強そうな看護師が走り回り、不良医師の怒号が飛んでいる。待合室には移民や難民、反社組織の患者で溢れかえっていた。
一般病室の四人部屋に荒川アウトサイダーズのメンバーが入院していた。鉄拳の剛田、精霊使いのチャクリ、光玉のライザ、虫ピンのエミリが同室である。男女混合に異を唱える者はいない。文句を言った瞬間に強制退院だからである。
最年少のエミリが退屈そうに呟いた。
「ここのご飯不味いからエミリ早く退院したいの」
大きな欠伸をする。ブラウンのロングヘアには寝癖が付いていた。
「お前はただの衰弱だろうが。もう退院近いだろ? 俺は内臓損傷でまだ時間が掛かりそうだ。あの発勁は効いたぜ……武術ってのは奥が深い。また鍛え直しだ」
角刈りで強面の剛田が腹部を手で押さえながら言う。剛田はシンユーとの戦闘に敗れ、意識を失ったところを龍王のメンバーに回収された。他のメンバーも似たような経緯で入院している。チャクリは混乱に紛れて自力で脱出したが、途中で力尽きて龍王の助力を得た。
海外セレブを彷彿とさせるブロンドを掻き上げながらライザがぼやいた。
「あたしはダークマナを抜くのにもう少し時間が掛かるわね。……ったく、あのソジュンって男! イケメンのくせに陰湿なヤツだったわ。もう顔も見たくない」
スキンヘッドのチャクリは頭を抱えて悩んでいる。
「……ワタシは汚れてしまっタ。闇の精霊によっテ。……オスカルは恐ろしい男だっタ。何故死霊を纏って平常心でいられルんダ。あいつは悪魔ダ」
闇の炎で身を焼かれたチャクリだったが、火傷の跡は見当たらない。燃えていたのは肉体ではなく精神の方だったのだ。ライザが呆れたように言った。
「何が闇の精霊よ! あんたもダークマナ中毒でしょう! かっこつけんじゃないわよ。そんなんだからハゲるの!」
剛田が口を挟む。
「まあ、ダークマナ使いが二人もいたのは誤算だったな。外マナ型のあんたらとは相性が悪すぎる」
ライザとチャクリは外マナ型に偏っており、無尽蔵な攻撃が得意だが、敵のマナの影響を受けやすい弱点があった。
「入院費を引かれた報酬が振り込まれていたの。荒川アウトサイダーズって意外とホワイトな組織だったの」
エミリがスマートフォンを見ながら言った。しっかりと報酬の支払いがあったのである。
「多分、あの面接官の兄ちゃんが優秀だったんだろ。裏社会っぽくない普通の男だったな」
「ふーん。じゃあ、このメンバーってまだ解散してないの? 今後はどうなるってのよ」
ライザは剛田に問う。
「荒川アウトサイダーズの上に雇い主がいるはずだろう。そいつらの意向次第だろうな。ライザ、お前はどこの組織だと思う? カラーズ筋で情報入ってこないか?」
剛田は逆に聞き返した。ライザは細い顎に人差し指を添えて考える。
「んー。リーダーのピョートルから聞いたんだけど。龍尾と龍王の抗争が近いらしいの。今回のターゲットって龍尾だったじゃない? ……となると?」
ライザが意味深な言い方をすると、剛田の顔が青ざめていく。
「マジか? 確かに龍尾を狙うなんてイカれた組織だとは思ったが……。よりによって龍王かよ。提出したのが偽造免許証でよかったぜ」
「ワタシたちは抗争の兵隊として駆り出されるネ。異人街最大組織龍尾と戦争ダヨ。……エミリは抜けた方がいいネ。親が心配しているヨ」
チャクリは子供好きである。最年少のエミリを何かと気にかけていた。エミリはスマホをいじりながら答える。
「エミリは施設育ち。親いないの。お金貰えるなら龍尾と戦ってもいいよ」
ライザが青い顔をした剛田に言う。
「龍尾って大規模でビジネス上手なイメージよね。戦闘力なら龍王に分があるんじゃない? 五魂……ファイブソウルズを味方に付けているし。上手く乗っかれば稼げるわよ。あたし傭兵出身だからこういうの鼻が利くの」
「龍尾とスパイダーに完敗した俺等が役に立つのか? まあ、スカウトされるとも限らないか。このまま退院してバイバイって可能性も……」
――その時、病室の扉がノックされた。そして聞き覚えのある声がした。
「失礼いたします。皆さん、体調はいかがでしょう」
そう言って入ってきたのは、龍王の遠藤と新垣であった。剛田の顔が強張る。
「あ、ああ……。どうも。えっと面接官さんと金髪の護衛さん。久しぶりだなぁ?」
遠藤は四人を見渡すとにっこりと笑った。
「勘のいい皆さんなら、私達の正体は分かっているかもしれませんねぇ」
エミリがじっと遠藤の顔を見詰めてあっけらかんと言った。
「おじさんたち、龍王なの?」
「おまえっ……! 馬鹿野郎! もうちょっとオブラートにだなぁ」
慌てる剛田を遠藤がなだめる。
「構いませんよ。そうです。私は龍王の遠藤。こっちは新垣くん。よろしくお願いします」
新垣が呆れたように笑って言う。
「いやー、あんたらタフだな。結構な重傷だったのに、そろそろ退院だって? 入院費引かれてもそこそこ入ったろ。よかったな」
遠藤は軽く咳払いをすると、本題に入った。
「――さて。今日は皆さんをスカウトに来ました」
遠藤は備え付けのスツールに座ると、ゆっくりとした口調で話を再開したのであった。
【参照】
荒川アウトサイダーズ→第八十一話 荒川アウトサイダーズ
チャクリのトラウマ→第九十三話 煉獄のオスカル
剛田とシンユー→第九十五話 硬拳のシンユー
ライザのトラウマ→第九十六話 鷹眼のソジュン




