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金色のウロボロス 電拳のシュウ  作者: 荒野悠
第六章 雨夜タイム ――水門の姫の再起編――
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第百十四話 雨夜とラーメン

 シュウは雨夜を後ろに乗せて、クロスバイクで走り抜けていく。その後ろにママチャリに乗った源が見える。雨夜は心地いい風を感じながら、流れる街並みを眺めていた。


「こうして見ると……まだまだ地上は栄えていますね。一部の人は地下都市や海上都市、空中都市に移住していますが……」


「お前等、水門はフィルのオッサンの会社と組んで海上に都市を造っているけどな。未来ばかり見ていないで足元も見ろよ。地上だって色んな人が暮らしているんだ。切り捨てられねーぞ」


「……そうですね」


「移住しているのは金持ちだけだろ。異常気象に備えて先行投資ってやつか。異人はマナの恩恵で過酷な環境でも生きていけるからな。地上には異人か貧民層。空と海には富裕層。この構造は禍根を残すんじゃねーの?」


「はい……」


 目的地の高広屋が見えてきた。シュウはスピードを落とすと周囲を見渡す。


「シュウさん。駐輪場に行かないのですか?」


 荷台に乗った雨夜がシュウの背中を突っつく。


「行かねーよ。えーっと、『地球ロック』できる場所は……」


「地球ロック? アース系の異能ですか?」


 シュウはガードレールの前にクロスバイクを移動させる。そのガードレールには大量の自転車がチェーンで括り付けられていた。


「ここに自転車を置いていく。ガードレールに自転車をチェーンで括り付けるんだ。それが地球ロック。ほら、降りろよ」


 雨夜はシュウの背中を叩いて声を荒げた。


「それは道路交通法違反です! 何が地球ロックですか!」


「ばっか……お前! 括り付けないと盗まれるんだよ! 秒で!」


「すぐそこに駐輪場があるじゃないですか!」


「駐輪場は有料だろ! 見ろよ! 誰も止めてねーだろ! 日本人くらいだ、あんな所に止めるのは!」


「シュウさんは日本人ですよね!」


「馬鹿野郎! このガードレールの大量のチャリを見ろ! 業者も面倒くさがって撤去しなくなったんだぞ」


 源が追い付いてきて、慌てて間に入った。


「まあまあ、お二人とも。落ち着いてください。早く高広屋へ入りましょう」


 シュウは不満そうな雨夜の頭をくしゃくしゃと撫でるとこう言った。


「……分かったって。んじゃ、駐輪場に行くか」


「はい……お願いします」


 雨夜は何やら疲れた様子で静かに頷いた。



 ◆



 シュウ達が目指すレストラン街は、既に混雑し始めていた。


「おい、雨夜。五郎系ラーメンって結構ガッツリだけど、お前食えるのか?」


 雨夜は腰に手を添えて、いつものポーズをとると、しっかりと言ってのけた。


「子供扱いしないでください。私は育ち盛りなのです。並くらいなら食べられます」


 そう言う雨夜の表情は自信満々であった。心なしか楽しそうである。


「了解。みなもっちゃんと平姉弟はどうするんだ? 一緒に入るのか?」


「いえ。我々は店の前で待っています。雨夜様をお願いいたします」


 源と平姉弟は店の前で分かれて、各々が店の入り口を監視する。うまく観光客に紛れていた。


 雨夜を連れて店の前へ行くと、既に何人か券売機の前に並んでいた。シュウと雨夜がその列に加わると、すぐ後ろに客が並び始める。雨夜は落ち着かない様子で後ろを振り返っている。そわそわしているようだ。


「どうした?」


「い、いえ。こういうお店は初めてなので……。凄い人数ですね。座れるのですか?」


「どうだろうな。まあ、タイミングが合わなければ別々の席になるかな。そうなったら先に食い終わった方が外で待ってるってことで……」


「え?」


 雨夜は青い顔をして、シュウの腕をガシッと掴んだ。その手はプルプルと震えている。


「ど、どうした?」


「このような状況で私を……独りにしないでください」


 雨夜は怯えた瞳でシュウを見上げてくる。シュウは後ろに並ぶ客の面々を見た。九割がオッサンである。中には不良もいる。怯えた雨夜はシュウの腕から離れそうもない。


「分かったよ。だから離せって」


 券売機の前まで来ると、店員に話し掛けられる。


「何名様っすか?」


「えっと……」


 シュウが答える前に、雨夜が大きな声で答えた。


「二名です!」


 雨夜は別々の席にならないように必死である。シュウは雨夜の頭をポンポンと叩くと、券を購入した。


「硬め、野菜マシ、ニンニク、ショウガ、カラメオオメ、ライス」


 店員にそう伝える。


「うーいっす。ああ、奥のカウンターにお二人座れますね。どうぞ」


 シュウが店員に案内されて券売機の前から離れようとした時、雨夜に再び腕を掴まれた。


「どうした? 雨夜」


「い、今の呪文はなんですか? ヤサ……イマシ? ガ……カラメオオ?」


「ただのオーダーだよ。じゃ、先に行くぜ……って、おい?」


 雨夜は券売機を見上げながらフリーズしている。


「……シュウさん。解読できません。普通のラーメンってどれですか?」


「てきとーに買えよ。じゃ、行くから」


「その適当が分かりません! シュウさんと同じものを買ってくれませんか? う、後ろに並ばれています……急いでください!」


 普段の冷静な雨夜はどこかに行ってしまったようだ。シュウは溜息をつくと、小ラーメンのボタンを押した。先程の雨夜は強気だったが、彼女が五郎系の並を完食できるとは思えない。


「店員に何か聞かれたら全部普通って言えばいいよ。じゃあな」


 雨夜はまだシュウを解放しない。スマートフォンを持って狼狽えている。


「あの……電子決済コードはどこでスキャンするのですか? この券売機……」


「ああ? 現金だけだよ、ここは。……って、まさか、お前。現金持ってないの?」


「申し訳ありません。後で返しますから払ってくれませんか?」


「お前なぁ~」


 シュウは顔を引きつらせ、店員は傍で苦笑している。その横で雨夜は無事に券を購入できて安堵していた。



 ◆



 五郎系ラーメンの店内は混んでいた。雨夜を一番奥に座らせて、シュウがその隣に座る。雨夜は物珍しそうにきょろきょろと周りを見渡していた。


「そんなに面白いか? ラーメン屋の店内が」


「ええ。初体験です。それにしても……豚肉の匂いと油の匂い……独特な香りがしますね。なんか変な匂いです」


 雨夜が神妙な面持ちで、くんくんと香りを嗅いでいる。いちいち反応が初心(うぶ)であった。


「オッサンの臭いだろ。男性ホルモンで目が霞むってか。あっはっは」


 シュウは店内を指差して笑う。カウンターとテーブル席は中高年の男性で埋まっていた。


「ただの湯気じゃないですか……。困った人ですね、まったく」


 たまに座っている女性客が珍しく見える。それが雨夜のような清楚な少女だと尚更である。服装からして浮いていた。程なくしてラーメンが運ばれてきた。


「うーし。食うか! 雨夜―。これが天地返しだぜ!」


 シュウは太麺を山盛りのモヤシの下から引っ張り出し、混ぜ込むと、勢いよく食べていく。濃厚なスープが絡んで美味である。


「……シュウさん」


 雨夜が割り箸を持って硬直している。


「なんだよ」


「モヤシが山盛り過ぎるのですが……。野菜=モヤシなんですね。不思議です」


「無理にモヤシから食うと、麺まで辿り着かねーぞ。下から食え、下から」


 雨夜はモヤシを崩さないように、恐る恐る麺を引きずり出す。そしてゆっくり太麺を口に運んだ。


「あ、食べると美味しいですね。味が濃いですけど」


 何とか食べられるようだ。シュウは安心して目の前のラーメンに集中する。


「これ……太くて硬いです。大きい……から口が疲れます。シュウさん」


 雨夜が太麺と睨めっこして卑猥なことを言っているが、本人は無自覚である。


「お前さ。あんま変な表現するなよ。まじで通報されっから」


「ふぁい?」


 雨夜は太麺を口に詰め込んで一生懸命食べていた。

【参照】

チェンとラーメン→第三話 スーツケースの中

海上都市について→第十四話 シャーロットの憂鬱

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