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金色のウロボロス 電拳のシュウ  作者: 荒野悠
第五章 アルテミシア騎士団 ――シンポジウムテロ事件編――
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第百十話 アダマスの鎌

 リサイクル施設内の室温は急速に低下していた。テロ犯だけでなく、シンポジウム参加者も凍えている。


「アリス様! これはさすがに……! 何者かの異能ですね。協会ですか」


「はい。聖女アルテミシア様のお導きです」


 アリスは人質の周辺にマナ壁を張った。多少は防寒効果があるのだ。運転手の男が窓から外を見て叫んだ。


「お、おい! 雪が降ってるぞ! どうなってんだこりゃ!」


「と、取り敢えズ……火をおこセ。あと……人質に凍死されテも困ル。毛布は……ないカ? お湯でもイイ。飲ませロ」


 目出し帽の男が狼狽えている。普通人であるテロ犯には異能の可能性まで思考が及ばない。男が水道を探そうと足を踏み出そうとした時……。


――パキンッと乾いた音が響いた。


 次の瞬間、青く光った氷がテロ犯を覆った。まさに一瞬である。施設内にいる十四名の犯人全員が凍り付き、氷塊で覆われていく。


 アリスは自然現象を超越した規模の異能に驚愕する。


「……これは……なんという……」


 シンポジウム参加者は呆然とその光景を眺めていた。何が起こったのか理解できない。気が付くと施設内が幻想的に凍り付いている。それはイリュージョンのように見えた。多くのテロ犯が凍死していく中で、覆面の男だけは抗っていた。小規模のマナ壁を張り、何とか命を繋いでいる。


「ク……ソ。せめて……道連れ……に」


 覆面の男は震えながら爆弾のスイッチを押そうとポケットに手を伸ばす。


(いけない! あの男は異人……!)


 その時、赤いマントをなびかせて、一人の男が入り口に姿を現した。燃えるような赤髪と鷹のように鋭い目。鋭利な刃のようなマナを纏っている。アリスが目に涙を浮かべて叫んだ。


「団長!」


 クートーは右手を薙いで、こう唱えた。


「アダマスの鎌」


――刹那、犯人の首が氷塊ごと切断される。空気を切り裂くマナの刃は「人間の盾」とバリケードをすり抜け、背後のテロ犯のみを切り刻んだ。大胆かつ繊細なマナ・コントロールが必要とされる超高等技術である。


 この世の全てのものを両断する<アダマスの鎌>。これが【王殺し(クロノス)】の異名を持つクートーのユニークスキルであった。


 ゴトッと重い音を立てて、テロ犯の死体が折り重なるように倒れていく。覆面の男はポケットに手が届くことなく絶命した。亜梨沙が立案した作戦で、大きな犠牲を出さずにファイブソウルズを名乗るテロ組織を殲滅したのである。


「リモートでのアイスキネシス……。大したものだ」


 クートーは氷に覆われた室内を見て率直な感想を述べた。それは南への賛辞である。


「僕の氷壁をあんなに簡単に斬るんだね。ただのサイコキネシスなのに」


 いつの間にかクートーの背後に南とフィオナが来ていた。南はふてくされている。フィオナが南の頭を撫でた。


「南も……頑張ったわ。団長はS級だから……気にしちゃダメ」


 南は納得できないようだ。ぶつぶつと文句を言っている。


「だって……この人、素手だったし。武器持ったらもっと、切れ味上がるよね」


 クートーが軽く左手を払うと、人質を縛っていたロープが切れた。人質の方から歓声が上がる。各々、衣服を直して抱き合っている。アリスが赤いマントをはためかせて駆け寄ってくる。クートーの前まで来ると自分の心臓にトンッと拳を当てて礼をした。


「団長。ご迷惑をおかけしました。バスの中で犠牲者が一人出てしまいました。申し訳ありません」


 クートーはアリスの肩に手を置くと頷いた。


「よくやった。お前がいなければ被害が拡大していただろう。この件は協会に引き継ぐ。アリアンロッドなら上手く収めるだろう」


 アリスは笑顔で頷くと後ろにいるフィオナに気が付いた。


「フィオナさん、お久しぶりです。この度はありがとうございました」


「久しぶりね、アリス。でも礼なら南に言って。この氷は彼の能力なの」


 フィオナはそう言うと、南の背中を押した。トトッと南が前へ出てくる。


「あなたは……黒川南くんでしたね。ありがとうございました」


 アリスは南の手を取ると笑顔で礼を言った。南は感情が籠もっていない瞳でアリスの顔を見ている。


「どうして他人のために……命を懸けるの?」


「え……?」


 南は手を振りほどくと、このように続けた。


「なんで必死になるのか……僕には分からない。今回は非常事態で任務でもないのに」


 アリスは笑顔で再び南の手を取った。


「あなたは他人の私を助けてくれました」


「……僕は任務しごとだから」


「同じじゃないですか。私には騎士団の使命が、そしてあなたには任務を全うするという使命があるだけです。ほら、見てください」


 アリスは振り返ってシンポジウムの参加者を見る。


「皆さん、助かって喜んでいるじゃないですか。あなたが救った命ですよ。南くん」


 南にはアリスと電拳のシュウが重なって見えていた。二人とも他者のために自己犠牲を厭わないのだ。このことが最近の南を悩ませていた。


 その時、外から稲葉の声が聞こえた。


「皆さーん! 車あるんで乗ってください! ここは協会と警察の現場検証が入りまーす。ああ、皆さんは一度協会本部へ来てもらいまーす!」


 稲葉の誘導で、ぞろぞろと各団体の職員が外へ出てきた。眼前に広がる雪原に驚きながらも、車を目指して歩いてくる。土手の上で亜梨沙と杏がその様子を見ていた。


 杏が亜梨沙の背中に問うた。


「……やっていいんですか?」


 亜梨沙は冷たい笑みを浮かべ、答えた。


「いいわ」


 杏は溜息をつくと、スマホの画面をタップした。



 ◆



 ダビカはバイクに乗って移動しながら、協会と交渉していた。バスの中でアリスに銃を突きつけた眼鏡の女である。


「おかしいわ。仲間と連絡が取れない。まさか……」


 ダビカはバイクを止めると、再び電話を掛ける。しかし仲間は出ない。それどころか協会の連絡も途絶えた。当然三百万ドルの送金はない。


「何でよ……。皆、どうしちゃったの」


 ここも河川敷だが、廃棄物処理場からは大分南部だ。周囲は畑と荒れ地、そして川だけである。その時、ダビカのスマートフォンにメールが届いた。見知らぬアドレスからである。そこには動画のリンクが記載されていた。ウイルスなど警戒する余裕は無い。ダビカは画面をタップした。


「……何? あ!」


 そこには協会と騎士団に送った脅迫動画がアップされていた。ファイブソウルズの名を語り、サルティへの支援停止やギルハートの囚人釈放、身代金を要求している動画である。編集され、一部の音声や人質の場面はカットされているが、間違いなく自分が撮った動画であった。


「ここは……闇動画サイト! 誰がこんなことを……!」


 コメント欄は荒れている。大量の誹謗中傷のコメントの中に、奇妙な投稿が混ざっていた。


『ファイブソウルズが異人革命戦線と結託! 囚人釈放を要求!』


「何このコメント……。これは……この場所?」


 コメント欄に書かれている場所は、ダビカが今いる付近であった。寒気を覚えたダビカはバイクに飛び乗るとエンジンをかける。しかし、背後に気配を感じて振り返った。


「誰っ!」


――いつ来たのだろうか。先程までは誰もいなかった場所に少年が立っている。


「……」


 異人であるダビカには少年が纏う不気味なマナを感じ取っていた。そして戦慄が走った。底が知れないマナ量を感じて――。


 少年が口を開いた。


「……異人革命戦線の……囚人を釈放しろ……だって?」


「え?」


 少年の左目には切り傷があった。黒髪は無造作に伸びている。野性の龍を彷彿とさせる凄みを漂わせていた。


「ファイブソウルズが……サルティ暫定政府と敵対しているから……異人革命戦線と同盟を結んでいるとでも思ったのか?」


 少年はポンチョの下から湾曲した短剣を抜くと、ダビカへ向ける。ダビカは動けない。少年が放つ殺気に圧倒されている。


「異人革命戦線は……サガ村で……俺の家族を殺したんだ」


 ダビカは尻餅をつくと、やっとのことで声を出した。


「あ、あなた! まさか……本物の?」


 少年はダビカの前まで来ると、短剣を振り上げた。そして答える。


「ヤミ――ファイブソウルズの……一番だ」


 一閃でダビカの首が飛んだ。断末魔すら許さない神速の刃。真っ赤な鮮血が吹き出し、ダビカの身体は力なく崩れ落ちた。ヤミは死体から距離をとると短剣を振り上げ、呟く。


「……()ぜろ」


 死体に向けて短刀を振り下ろすと、空間が爆発し、ダビカの死体が吹き飛んだ。近くのバイクに飛び火し、そちらも燃え始める。


 ヤミは短剣をポンチョの下に収めると、振り返ることなく、暗闇へ消えていく。死体とバイクが燃え、夜空に黒煙が立ち上っていた――。

【参照】

サガ村について→第四十九話 誓いの炎

ヤミについて→第六十六話 ここに化け物がいる

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