第百八話 魔女の千里眼
協会から二台のワゴン車が発車した。先頭の車の運転席にはクートー、助手席には亜梨沙が乗っており、後部座席にはフィオナと南が乗っている。二台目の車の運転席にはA級ギフターの稲葉晃司、助手席に異能研の鳥居杏が乗っていた。
亜梨沙が助手席で面白くなさそうにぼやく。
「なんでフィオナまで来るのよ。私の弟にちょっかい出さないでよね」
運転席のクートーが口を開いた。
「フィオナは近距離、中距離で役に立つ。お前の護衛だ」
「いらないわよ、私に護衛なんて。私、頑丈だし」
フィオナが亜梨沙に言った。
「……今日は私があなたを守るわ。あなたに何かがあると……南が落ち込むから」
「ふん、しっかり守りなさいよね」
亜梨沙はそう言うとタブレットのマップ画面を見る。アリスのスマートフォンは中浦公園付近で電源が落ちたという。そこを中心に捜索していくことになった。
「千里眼っていってもね、闇雲に使っても無駄にマナを消費するだけなの。フィオナ、アリスの画像を送ってちょうだい」
亜梨沙はマップとアリスの画像をタブレットで二分割にする。マップは中浦公園を中心にしてズームアウトしていく。亜梨沙いわく、近いと見づらいらしい。
「んー、あとはアリスのマナが視えれば見付けやすいかしらね。聖女に祈りでも捧げていたら話は早いんだけど」
後部座席のフィオナがその希望的観測に答えた。
「アリスは……きっと今も祈っているわ。騎士道精神に則って……ね」
フィオナの言葉に亜梨沙は笑みを浮かべ、そして目を閉じた。精神を集中し、マナをその身に集約していく。そのマナ・コントロールに一切の邪念や曇りはない。美しくすら感じた。
◆
二台目の車を運転している稲葉が亜梨沙のマナを感じ取った。
「始まったな。副会長の千里眼。やっぱりスゲーや。清流のように滑らかなマナだぜ」
稲葉は茶髪のイケメンである。異人の友社の専属モデルとしても有名だ。助手席に乗っている鳥居杏が稲葉の言葉に返事をした。
「稲葉くんは相変わらず副会長推しですか?」
杏も明るい茶髪である。赤いフレームの丸眼鏡を掛けており、白衣を身に纏っている。荒川難民キャンプにいる鳥居茜の双子の妹だ。杏の言葉に稲葉は慌てる。
「あぁ? 別にそんなんじゃねーし! ……てゆーか、単純に凄い人だよな、尊敬している」
しどろもどろになる稲葉に杏は思わず吹き出した。
「あはは。副会長より上の等級になれば振り向いてもらえるんじゃないですか?」
「……お前。あの人の上っていったらS級以上しかねーじゃんか」
稲葉は前の車に合わせてハンドルを切る。信号に捕まって置いて行かれないように車両間隔を調整していた。
「それにしても稲葉くん。今回の相手はファイブソウルズなんでしょうか?」
稲葉は交差点の赤信号を睨みながら率直な感想を述べた。
「ヤミってガキは化け物だった。あいつがファイブソウルズだとすると……今回の相手は雑魚過ぎる。もちろん、動画に映っていない異人がいるかもしれねーけど。ぶっちゃけるとこいつ等は偽物だと思ってる。人質がいなければ楽勝だったはずだ」
杏は手元のスマホで例の動画を見ている。彼女はテロ組織との交渉役を亜梨沙から引き継いでいた。
「ファイブソウルズは子供を狙っている節があります。今回は小児がんのシンポジウムですよね? 共通点はありませんか?」
「俺は頭が悪いからよく分からねーな。まあ、今回の任務は団長と黒川弟が片付けるだろう。俺達は人質の運搬係とサポートさ。鳥居のサイコメトリーも出番ないぜ?」
「私はニシカワフーズの事件で忙しいですから。今回は楽させてもらいまーす」
杏が肩をすくめて笑った。
◆
亜梨沙が喋らなくなると、途端に車内は静かになる。クートー、フィオナ、南はもともと寡黙である。南はぼんやりと車窓を流れる景色を眺めていた。クートーが南に声を掛ける。
「絶対零度。作戦は分かっているな? お前が鍵だ」
南は景色を眺めながら頷いた。そしてクートーに問う。
「ねえ。どうしてアリスって人は自分で逃げないの?」
「人質がいるからだ」
「でも、他人だし関係ない。緊急避難が適用されると思うけど」
「弱き者を救うのが騎士団の使命だ」
「……ふーん」
南は雨蛇公園のカリス狙撃事件を思い出していた。シャーロット=シンクレアが撃たれた時、電拳のシュウが自分の命を懸けて戦っていた光景を。
「どうして他人のために必死になるのかな。誰だっていつかは死ぬのに」
――その時、助手席の亜梨沙が呟いた。
「……見付けた。クートー。荒川の方へ向かって。廃棄物処理場にいる」
クートーはハンドルを切ると河川敷へ向けて車を走らせる。そして亜梨沙に聞いた。
「何人だ?」
「テロ犯は十四名。人質は十名。人間の盾を使っている。ライフル銃と爆弾で武装。一人はバスの運転手ね。こいつも銃を持っている。こいつら普通人ね。異人ならここまで武装しない」
それを聞いた南が口を開いた。
「……なら警察に捜査権が移るの? 姉さん」
「まさか。ファイブソウルズの名を語ったのよ。死ぬ覚悟くらいできているでしょう」
亜梨沙の頭の中にはリサイクル施設の中が鮮明に映し出されている。その視界の中には祈っているアリスの姿が視えた。
「ふふん。メルヘン処女の祈りが神まで届いたってことかしら? あながち馬鹿にできないわね、信仰も」
亜梨沙は運転席のクートーに言う。
「南は巫女の血を引いているから私の映像を受信できる。でもクートー、あなたには精神感応系の素質はないわ。杏に頼んでメディア化してもらう? リアルタイムにはならないけれど、大まかな配置は把握できるわよ」
「俺は現場で判断する」
車のフロントガラスに大きな土手が見える。川が近いらしい。途端に周囲の人気が少なくなる。場末の雰囲気が漂ってきた。二台の車は静かに土手の下を走っていく。
【参照】
カリス狙撃事件→第四十六話 雷火のラン
稲葉と異人の友社→第五十六話 異能訓練校
鳥居茜について→第六十三話 無登録難民
ヤミについて→第六十六話 ここに化け物がいる
ニシカワフーズの事件→第七十九話 龍王




