第百五話 アルテミシア騎士団
アルテミシア騎士団はヨーロッパ中世から現存する騎士団であり、本拠地はフランスである。
騎士団の信念は弱き者を守護すること。信仰している神のため、そして弱き民衆のために異教徒と戦っていた。
しかし、彼等の活動はそれだけではなかった。中世の時代から巡礼者や孤児、伝染病患者のために病院を営んでいたのである。
中世の騎士団の多くは盗賊や不良傭兵と見分けがつかないほどの悪党だったが、アルテミシア騎士団は清い騎士道精神を重んじていた。勇敢であり、名誉を求め、弱き者を救う。
その姿は詩や物語に登場する正義の騎士そのものであった。
現在もその精神を引き継ぎ、医療を中心に、教育や災害復興の支援を行っている。しかし、アルテミシア騎士団には別の顔があった。
――それは異能を使う騎士団員が協会のギフターと連携し特殊任務にあたることである。
騎士団の「弱き者を守護する」という使命と、協会の「異人を保護する」という理念に共通点が多く、協力団体となっているのだ。
フランス本部の大聖堂には、騎士団設立当初から生きている不死の聖女アルテミシアがいるという噂があるが、真偽の程は定かでは無い。
◆
アルテミシア騎士団日本支部は氷川SCにある。
騎士団の拠点と言っても城や教会ではない。オフィス街に建ち並ぶ近代的なビルである。特殊能力者協会本部ほどではないが、地上二十階、地下三階と中々の規模を誇る。
団員は花をイメージした八角形の幾何学模様の紋章が刺繍された赤と白の制服を着ている。騎士の象徴であるサーベルは支給されるが、それは模造品であった。
――その日、副団長のアリス=レスタンクールは「小児がん患児の療養環境」をテーマにしたシンポジウムに参加していた。騎士団を含めた三団体の共催である。
会場は月宮市のホテルだ。医療研究センターの外科医や看護師、小児がん経験者などがシンポジストである。
シンポジウムを終えて、アリスと騎士団員達は市内のメディカルセンターへ視察に向かう。移動にはシンポジウム運営が貸し切った小型バスが使われた。
団員の一人が後部座席に座っているアリスに話し掛けた。
「副団長。無事に終わってよかったですね」
アリスは笑顔で答える。
「ええ。これも聖女アルテミシア様のお導きでしょう」
アリスはホワイトブロンドで色白の少女だ。騎士団の赤い制服を着て、紋章が入ったマントを羽織っていた。年はまだ二十歳には届いていないようで、顔立ちに幼さを残している。
シンポジウムに参加した団員は他に三名いるが、アリス以外は普通人である。
「世界の平和が騎士団の願いです。そのためにまずは子供に手を差し伸べなくては……」
アリスは騎士道精神を重んじ、自らを厳しく律している。時に盲目的になるが、清廉で高潔であることを志し、騎士にふさわしい人間性を持っていた。
「皆さん。この後は子供達と触れ合います。彼等の言葉に耳を傾けてくださいね」
車内には団員の他にもシンポジウムの関係者が乗っている。それぞれが今後のスケジュールを確認し、スマートフォンで連絡を取り合っていた。
――その時である。アリスはバスが進路を外れていることに気が付いた。
(……気のせい? いえ、メディカルセンターの方角ではありません! これは……)
アリスが席を立とうとすると、隣に座っていた別の団体の関係者が呟いた。
「……動かないでください」
小柄な女である。地味で目立たない。眼鏡を掛けた女だ。アリスは記憶を辿ったが名前を思い出せない。確かにミーティングの席にいた女だが、記憶に残っていなかった。
アリスは小声で話し掛ける。
「あなたは……?」
アリスの脇腹に硬い何かが押しつけられる。確認するまでもなく、それは拳銃である。この至近距離で発砲されたら異能を使えるアリスでも致命傷を負うだろう。
「私はファイブソウルズのメンバーです。このまま動かないでください」
ファイブソウルズと名乗る女はアジア系の移民であった。その表情は硬い。アリスは刺激しないように、ゆっくりと視線を前に移した。
(まさかファイブソウルズが……。何とかして団長へ伝えなければ……。でもどうやって?)
アリスは平静を装いながら他の団員へ視線を向ける。しかし、居眠りをしていたり、スマートフォンを操作していて、この状況に気が付いていない。
(私だけならまだしも……普通人の方を守るのは……)
寂れた公園の前でバスが停車すると、武装した男二人が乗り込んできた。
乗客はそこで初めて異変に気が付く。悲鳴をあげる者もいた。
「静かにしロ!」
目出し帽を被った大柄の男が叫ぶと、再びバスがゆっくりと走り出す。男はライフル銃を構えると、落ち着いた声で言った。
「我々は……ファイブソウルズのメンバーだ。このバスはジャック……しタ。騒いだら殺ス。携帯電話ノ電源を……オフにしロ! 電話に触るナ」
目出し帽で顔は見えない。覆面の男が銃を片手に通路を歩いてくる。もう片方の手にはエコバッグを持っていた。
「携帯電話……渡セ」
そう言い、バッグを乗客の方へ向ける。しかし、職員の男性は男が持つ銃に掴みかかった。
「この野郎!」
アリスは思わず叫んだ。
「やめて!」
次の瞬間、車内に銃声が響き渡る。そして職員の男性が崩れ落ちた。その様子を見ていた他の乗客が悲鳴をあげる。
アリスは男性に駆け寄ろうと腰を上げるが、脇腹に銃を突きつけられて動きを止めた。
「……なんてことを」
ライフル銃を持つ目出し帽の男が大声を出した。
「騒ぐナ! 殺されたくなけれバ、大人しく携帯電話を渡セ! 外に連絡……するナ!」
乗客は真っ赤な血を流して絶命した男性を見ると大人しくなった。黙ってスマートフォンを覆面の男に渡す。
眼鏡の女は席を立つと、アリスの頭に銃口を押しつける。それに気が付いた団員が声をあげた。
「ああ! 副団長!」
「……皆さんが変な動きを見せたら、アリス=レスタンクールを射殺します。相手が超能力者でも……この距離なら確実に殺せます」
アリスは笑顔で他の乗客へ言葉を投げかけた。
「今は従いましょう。死んではいけません」
青い瞳をした少女の凜とした声に車内が静まり返る。乗客はアリスが持つ神秘的な雰囲気に呑まれていた。
犯人の数は三人。リーダー格の目出し帽の男、スマホを回収した覆面の男、アリスに銃を向ける眼鏡の女である。そして、おそらく運転手も共犯であった。
バスは寂れた公園から人通りの少ない僻地へ向かって走って行く。通路には男性の死体が転がり、血溜まりを作っていた。アリスは両手を前に組んで祈った。
(アルテミシア様のご加護を……)
アリスは考えていた。この状況をアルテミシア騎士団長クートー=インフェリアにどうやって伝えるか――。
これ以上の犠牲者を出さずにどうやって事件を解決するかを――。
【参照】
協会本部について→第二十四話 ブラコンの副会長
団長について→第五十七話 アルテミシア騎士団長
荒川難民キャンプについて→第六十一話 朱雀華恋




