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金色のウロボロス 電拳のシュウ  作者: 荒野悠
第四章 吸血鬼のお仕事 ――瀬川愛編――
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第百四話 吸血鬼

 財前晋太郎は焦っていた。モデルのハルカに言われるがままDMDダークマナドラッグの量を増やしたことが裏目に出た。いつもより多量のDMDを摂取したハルカの心臓が止まったのである。


(マジかよ……! ちくしょう!)


 晋太郎が個室から出ると通路には愛がいた。ナース姿ではなくピンク色のパーカーを羽織っている。弁護士の杉本の相手が一段落したらしい。いつもと変わらずにこにこ笑っている。


「やっほー。しんしんー。良い感じー?」


 だらしなく間延びした声がDMDの影響かシラフなのか判別できない。愛は普段からそういう女だ。


「……ちょっとこっち!」


 晋太郎は愛を部屋に招き入れると、ハルカの死体を見せた。ベッドの上で仰向けに倒れている。死に顔は笑っていた。


「やっちまったよ……。やばいぜ、こりゃ」


 愛はハルカの死体を見る。


「死んでるねー。気持ちよかったのかなー。あはは」


「愛ちゃん! 笑ってる場合じゃねぇ! 中川くん呼んできてよ!」


「はーい」


 愛は手をひらひら振ると部屋を出て行った。呑気な愛の態度に舌打ちすると晋太郎はスマートフォンを操作した。


(ちっ! また親父に頼むしかねぇ! くそ! 尿検査で引っ掛からないように四日は身を隠してぇ)


 中川が慌てて部屋へ入ってくる。そしてハルカの死体を見て表情を曇らせた。


「財前様! ……これは?」


「ああ。この通りだ。ヤクがキマり過ぎちまった。……俺は今日この場にいなかった。いいな?」


「ええ。もちろんです。今、龍王の坂田さんに連絡しますね」


 中川はスマホを取り出した。晋太郎が中川の肩を叩くとこう言った。


「いや、時間が惜しい。迎えはいいよ。一人で帰れるさ。他のメンバーも帰してやってくれ。じゃあな!」


「あ! 待ってください! お一人で外には出ないでくださいよ!」


 晋太郎は中川の制止を振り切り裏口から出て行った。事件現場からは早々に立ち去りたい。そう思うのも無理はなかった。



 ◆



 そこは住宅街に程近い工事現場だった。白い板で仮囲いされており中が見えない。人口減少のあおりで、もう何ヶ月も工事は止まっている。


 晋太郎は肩で息をしながら工事現場に入った。監視カメラが少ないルートを走り、行き着いた先である。悪いことをした後は人目を避ける。これは本能であった。


「はぁ! はぁ! 少し時間を潰して……駅に行くか」


 運動不足で小太りの晋太郎に全力疾走は辛い。現場を見渡すと、そこは住宅の解体現場であった。瓦礫が散乱している。鉄筋が剥き出しの建物が不気味にそびえ立っている。


 灯りが少ない住宅街だからか、空の満月がやけに明るく感じた。晋太郎はスマホをチェックする。


「親父から返信ねぇな。ちっ! 肝心な時に使えねぇヤツだぜ!」


 晋太郎はポケットからタバコを取り出すと火を点けた。これはドラッグではなく通常のタバコである。今日から数日間はドラッグを抜く必要があった。


「ふうー」


 ようやく呼吸が整い、落ち着いてきた。煙をゆっくり吸い、そして吐き出す。


(当分、裏プラから離れるか。……ハルカの馬鹿野郎。どいつもこいつも使えねぇ!)


 夜の住宅街は静まりかえっている。それ故か、微かな足音もよく聞こえた。


「……誰だ?」


 どこからともなく人影が現れた。暗くてよく見えない。晋太郎はナイフを取り出して構える。


「近付くんじゃねぇ!」


 晋太郎の警告を聞かずにその人影はこちらに向かって歩いてくる。すると月明かりに照らされて、青と緑の瞳がキラリと光った。


「やほー。しんしんー」


 薄暗い解体現場に似合わない陽気な少女の声が響く。


「……何だよ。愛ちゃんか。心配してついてきてくれたの? 脅かすなよ」


 人影の正体は瀬川愛せがわあいであった。満月の光の下で、ハイトーンの金髪と雪のように白い肌が妖艶に見えた。片手にコンビニの袋を持っている。


「親父と連絡取れねーんだよ。いつもならすぐに助けてくれるんだけど。愛人のところにしけこんでんのかもしれねーな」


「……」


 愛は笑みを浮かべながら近付いてくる。晋太郎はナイフを片手にタバコを吹かしながら話を続ける。


「俺は海外へ逃げる。多分、親父が手配してくれるからさ。だからしばらく会えなくなるな」


「……」


 愛は晋太郎に抱き付いてキスをした。香水の魅惑的な香りが晋太郎の鼻腔を抜ける。愛はとろんとした瞳で晋太郎を見詰めてこう言った。


「最期にやっとくー?」


 そう問うと愛は晋太郎の首筋に舌を這わせた。晋太郎は思わず身震いし愛を引き離そうとするが、彼女は抱き付いたまま離れない。


「最後? いや、また帰ってくるって。てゆーか、さすがにそんな気分にならねーよ! ほら、ここも反応しねーし。なんだ? まだハイになってんのか?」


「吸血鬼と腹上死したいんでしょー?」


「はぁ? 吸血鬼ぃ?」


 愛の発言に数時間前のバラエティ番組を思い出した。晋太郎は突拍子もない単語に思わず聞き返す。


「お前、何を……痛っ!」


 晋太郎は首筋に微かな痛みを感じ、愛から距離をとった。首をさすると右手に真っ赤な血が付着する。


「ってぇ! 何すんだよ! いきなり! まだDMD切れてねぇーだろ? お前!」


 いつの間にか手に持っていたナイフが、愛の手の中にあった。どうやら首を切られたようである。


 愛は妖美な笑みを浮かべていた。魅惑的なオッドアイ。真っ白い肌。真上には満月。目の前にいる少女は人外のものに見えた。


「お……おい?」


 晋太郎が狼狽していると、突然スマートフォンが鳴った。画面には財前祐太朗ざいぜんゆうたろうと表示されている。


 人気ひとけのない夜の工事現場で不気味に鳴り響くスマートフォン。晋太郎は震える手で電話に出た。


「あ、兄貴か?」


『久しぶりですね。晋太郎くん』


 まるでロボットのように機械的な声が聞こえる。声の主は財前家の長男、祐太朗である。


「お、親父が電話に出ねぇんだよ! 兄貴、何か知らねーか? ちょっと今ヤバいんだ! 兄貴でもいい! いつものように助けてくれ」


『……』


 しばらく沈黙が続いた。そして電話の向こうの兄が重い口を開く。


『それはできません。君はやり過ぎました。もう庇いきれませんね』


 兄の返事に晋太郎は混乱した。


 緊迫した雰囲気の中で、目の前の愛はいつものように笑っている。


「はぁ? 何だよそれ! 弟を見捨てるのか?」


『選挙が近いのですよ。だから財前家の汚点は消し去る必要があります』


「あぁ! 弟より票が大事かよ!」


 激高する晋太郎に、兄は無慈悲な言葉を投げかける。


『……目の前に女性がいるでしょう。彼女は一流の殺し屋です』


「あ、愛ちゃんが……? お、おい……マジか? なぁ! 兄貴!」


「……」


 愛は無言で晋太郎の首に抱き付いた。そして首から滴る真っ赤な血を舐め上げる。


「ま、待て……やめろ」


 しかし、晋太郎にはそれを振りほどく気力はなかった。


「……お、親父は? 兄貴! 親父は何て言っているんだ!」


『先生もご存じです』


 晋太郎の目から涙が溢れてくる。なんだかんだ言いながらも信頼していた家族に裏切られた瞬間であった。


「俺がこのまま死んだら……薬物の痕跡が出る……ぞ? スキャンダルで……選挙に影響出るだろ」


『いえ、君の体内から出るのはアルコールです。あなたは急性アルコール中毒で心停止……そう報道されるでしょう』


 晋太郎は愛の手にコンビニ袋があることを確認する。中には缶チューハイが入っているようだ。つじつま合わせの酒類である。


「……兄貴」


 再び沈黙が訪れる。そして兄は事務的に言った。


『さようなら。愚かな弟』


 そこで電話は切れた。晋太郎はスマホを地面に落とす。


「お前……兄貴に雇われた殺し屋だった……のか」


「どうだろうねー」


「俺……ここで死ぬんだ……な?」


「そうだねー」


 愛は抱き付いたまま離れない。晋太郎の力が抜けていく。何かが吸い取られていくような感覚に陥る。視界がぼやけていく。


――愛が耳元で囁いた。


「……最期に……やっとく?」


 晋太郎は嘲笑して答えた。


「……ふ。冗談じゃ……ねぇ。……化け物……が」


 それが晋太郎の最期の言葉となった。


 愛は晋太郎の傷に口を添えてマナを吸い上げる。


<マナドレイン>。他者のマナを吸収する異能だ。


吸血鬼ドレイナー】。それが愛の異名である。


 マナは生命力そのものである。そのマナを吸い尽くされた晋太郎は力なく倒れた。間もなく心の臓が止まるだろう。


「しんしんー」


 愛は最後まで笑顔であった。そしてチューハイを口に含むと晋太郎に口移しで飲ませる。


「ばいばいー」


 愛はそう呟くと酒が入ったコンビニ袋を晋太郎の横に置く。そして晋太郎のスマートフォンを回収し、その場を立ち去った。


 空には大きな満月が浮かんでおり、息絶えた晋太郎を儚く照らしていた。

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