第百三話 裏プラチナ会員
ワンラブを運営している龍華グループはレストランやバー、クラブ等の飲食店事業を手掛けているが、バックには異人反社組織の龍王がいることで知られている。
飲食店と反社の繋がりは珍しいことではない。共同で利益を得ているケースがあるし、おしぼり代や観葉植物代と称して反社に献金し、その見返りとしてトラブルの解決を一任しているケースもある。
ワンラブの裏プラチナ会員はDMDの密売や会員料で利益を得ながら、汚れ役は龍王の構成員が請け負っている。典型的なビジネスモデルであった。
その夜、龍王の構成員である緑髪の坂田のもとに一件の電話があった。坂田の隣には遠藤と新垣がいた。
「ワンラブのオーナー? ああ、中川くんか! どうしたの? 今日はパーティーじゃなかったっけ?」
坂田は相変わらず陽気な声音で通話をしている。
「うんうん! えぇ? 女が死んだぁ? モデルのハルカちゃんが? そりゃヤバイねぇ! あっはっは!」
隣で聞いていた遠藤と新垣が顔を見合わせた。ハルカといえば、ファッション雑誌「ビュリー」専属モデルである。タレントやマイチューバーとしても活動しており、メディアで観ない日がないほどの知名度を誇る。
「新垣くん。私はハルカちゃんのファンなんだ……。ちょっとショックだね」
そう呟く遠藤の表情は暗い。同じ思いは新垣にもあった。これは世論に衝撃を与える事件になるだろう。二人の心中を察しない坂田は底抜けに明るい。
「あっはっは! 心肺停止? ヤクがキマり過ぎたんだねぇ。ぷぷぷー! これだからジャンキー連中は!」
新垣は顔をしかめながら遠藤に話し掛けた。
「遠藤さん。ヤバいっすね。速く死体処理しねぇとな。今日のメンバー、有名人多いっしょ。特に元総理の息子はヤバいな。安全ルートで逃がさねぇと」
坂田は電話を切ると新垣に指示を出した。
「新垣くん、現場に行って死体の処理をお願い。ハルカちゃん死んじゃったから。それと元総理の馬鹿息子と女優のユミカ様は丁重に逃がしてね! あの二人はVIPだから!」
新垣は頷くと部下を伴って事務所を出て行った。坂田と遠藤が計画を立案し、新垣が揉め事を担当する。これが最近のルーチンだ。遠藤が不安そうに呟いた。
「……大丈夫ですかね。これに懲りて裏プラの客足が減るかもしれません」
「ないないな~い! あいつらヤク中じゃん! DMDのためなら人も殺すよ? もう裏プラからは抜け出せないっちゅーのぉ!」
坂田はテーブルをバンバンと叩いて高笑いしている。目には涙が浮かんでいた。
「はぁ……。まあ、そうかもしれませんねぇ」
遠藤は若干引き気味で頷く。
「ニュースになるのは三日後ってとこかな~! ハルカちゃん死亡! 薬物反応あり! 人気モデルと反社の蜜月関係とは? ……って感じだよねぇ! あ、このネタを週刊文冬に売ろうよ! あははは!」
◆
新垣とその他龍王メンバーはワンラブに着くとハルカの死体を確認した。目は開けたままで、顔はだらしなく弛緩している。メディアで観るハルカとは似ても似つかない。人はここまで変わるのかと感心してしまう。
新垣は舌打ちをするとこう言った。
「……ったく。DMDはクソだ。人間をこんなにしちまうんだから。なあ?」
背後に控えている部下に同意を求める。しかし、四人の部下は中国人とベトナム人である。難しい日本語は通じない。その中の一人がおずおずとスーツケースを開ける。
「新垣……サン。これに……入れマスか? その女」
「ああ。素手で触れるなよ」
新垣は部下に指示を出す。
「う……海に、沈めマスか? この……女」
「ダメダメ。死体がなくなっても困るんだ。旧市街まで行って捨ててこい」
新垣はワンラブのオーナーである中川に確認をとる。
「ハルカちゃんがここにいた証拠は残ってないよな? その辺りのデータ管理は大丈夫か?」
中川は二十代半ばの若者だが、肝が据わっている。このような事態にも冷静であった。
「はい。ハルカ様ご自身もスキャンダルに繋がるので証拠隠滅を徹底しておりました。アリバイも問題ないでしょう」
「なるほどね。ああ、言うまでもないけど、部屋はクリーニングする。あとで龍王から業者を派遣させるんでよろしく」
「はい。承知しております。龍華グループは龍王と共に……」
年の割には信頼できるオーナーらしい。新垣が頷くと、部下の二人がスーツケースを抱えて出て行った。室内には新垣と残り二人の部下、中川が残される。
「で、客は?」
「四名様が別室で待機しています」
中川の返答に新垣が怪訝な表情をする。
「四名? 今日のパーティーは八名だろ? じゃあ、あと三名いるはずでは?」
「財前様が混乱に乗じて裏口から出て行かれました。お止めしたのですが……あの性格ですから」
「はぁ? あの馬鹿むす……! いや、財前さんが? やっべぇ……! いねーのか!」
新垣は衝撃的な現実に目眩がした。数時間前に食べた夕飯を吐き戻しそうになる。中川が苦笑している。
「それとホステスの二人が退勤しています。彼女達は裏社会の嬢ですからご安心ください。下手なことをしたら拷問されて東京湾に沈められますからね。馬鹿なことはしないでしょう」
「……あ、ああ」
「裏プラチナ会員は特権意識につけ込んだシステムです。彼等の口は堅い。破滅より地位と財産を守ります。極めつけはDMDですね。我々を裏切ったら購入できなくなりますから。言葉通り鉄の絆で結ばれています」
中川は笑顔だが、晋太郎を逃がした責任を感じていないわけがない。狼狽している新垣を落ち着かせるために、そのように振る舞っているのだろう。若くして巨大な歓楽街一宮で高級クラブを任されているだけのことはあった。
「さて、新垣様。私はどのような罰も受ける覚悟です」
中川は人目を気にせず土下座をした。新垣の後ろに控えている二名の部下が緊迫した雰囲気に困惑している。現場の判断は新垣に一任されていた。
「財前さんのことは仕方ねー。今は残った客を逃がすことが先決だ。それと徹底的な証拠隠滅。朝までに片付けてくれ。……おい! お前等は客をお送りしろ」
新垣は背後の部下に指示を出した。そして自分は出口へ足を向ける。その背中に中川が声を掛けた。
「新垣様! どちらへ?」
「俺は財前さんを追う。まあ、何事もなければもう駅かもしれねーけど。念のためにこの辺りを捜す。じゃあ、あとはよろしく」
新垣は足早に裏口から出て一宮の路地裏へ捜索に向かう。目線の先には一宮の下品なネオンが輝き、空には満月が浮かんでいる。
(嫌な予感がするぜ。……何か嫌な感じだ!)
それは裏社会で何度も修羅場をくぐってきた新垣の勘である。新垣はスマートフォンを操作しながら財前の行方を追った。
【参照】
遠藤と新垣→第六十七話 遠藤と新垣
緑髪の坂田→第六十九話 詐欺の才能




