第百二話 闇のパーティー
東銀の北東に位置する一宮は、飲み屋や風俗店、様々なテナントが入った雑居ビルが乱立する歓楽街である。一宮通りを東へ進んだ所に会員制の高級クラブ「ワンラブ」がある。
ここのプラチナ会員には政治家や警察官僚、芸能プロダクション社長、モデル、IT長者……、特権意識を持つ社会の成功者が名を連ねている。
「選ばれた強者」を「選び抜かれた美しい嬢」が接待し、豪華爛漫の夜を演出する。それが店のコンセプトだ。しかし、それは表向きの顔である。ワンラブには裏プラチナ会員、通称裏プラが存在するのだ。
財前晋太郎はワンラブのVIPルームで高級ワインを飲んでいた。眼下に散りばめられている一宮のネオンをワイングラスに透かして眺めている。空には大きな満月が浮かんでいた。
「ふん……。ワインなんて全然分からねーな。これが一杯百万円か……。渋いだけじゃん」
晋太郎はそう呟くとソファーに座って壁に掛けられている液晶テレビを観た。バラエティ番組が流されている。
「異人街の怪奇? ダーカーと吸血鬼か。くだらねぇ」
ダーカーとは、ダークマナを纏った獣の総称である。生き物の死体にダークマナが憑依すると、生者のマナを食らう化け物になると言われる。そして吸血鬼。この頃、立て続けに首元に傷がある変死体が発見されているのである。他に目立った外傷が無く、死因も不明であり、番組では吸血鬼事件と揶揄しているのだ。
「あまり変な事件が増えると、一宮に来る客が減っちゃうじゃん。『パーティー』に支障が出るぞ」
晋太郎は政治家の息子だ。晋太郎の父は自国党議員、元総理大臣の財前光太郎である。兄が二人いて、それぞれが政治家だが、晋太郎はタレントだ。元総理大臣の息子という立場と辛口のコメントで一定の人気を集めていた。
晋太郎が時間つぶしにテレビを観ているとドアが開いて金髪の少女が入ってきた。
「やっほー。しんしーん。来たよー」
「おお、愛ちゃんじゃーん。待ってたよ~!」
晋太郎は大きく手を広げると愛に抱き付いた。愛に拒絶する素振りは見られない。満面の笑みを浮かべている。
「あー。しんしん。ロマネコンティ飲んでるー」
「ああ。あれね。美味しくないんだよ。高いくせに」
晋太郎は愛の首筋に指をはわせながら答えた。
「コーラ混ぜて飲めばー? ロマネコンティのコーラ割りー」
「へえ? そうすりゃ美味いかな。愛ちゃん、頼むわ」
「こうやってねー。 コーラ入りまーす! いえーい!」
愛は場を盛り上げるように声をあげると、チューリップ型のワイングラスに入ったロマネコンティにトトトト……とコーラを注いだ。
「へぇ。確かにさっきよりは美味いな。あっはっは」
晋太郎と愛は隣り合ってソファーに座った。二人は恋人でも愛人でもない。晋太郎はワンラブの裏プラチナ会員であり、愛は派遣されたクラブ嬢だ。
「今日は何人来るのー?」
愛は晋太郎の肩にもたれながら問う。晋太郎は右手にワイングラスを持ち、左手で愛の肩を抱きながら答えた。
「俺等を入れて八人だな。後は女が三、男が三で来る。女優のユミカ様も参加だ。俺はモデルのハルカちゃんの相手をするかなー。くぅー! 楽しみぃ! 最高のパーティーだぜ!」
「DMDはあるのー?」
「当然だろ! DMDキメてヤルのがサイコーなんだ。普通人でも大丈夫なくらいダークマナの濃度は薄くなってる。でも安心しろ! 普通のヤクよりぶっ飛ぶぜ!」
「そうなんだー、愛の相手は誰かなー」
「杉本のオッサンでいいんじゃね? 愛ちゃんのこと気に入っているから。まあ、あいつ弁護士のくせに変態だけど頼むわ。ボーナス出すからさ」
「わかったー、じゃあいつものナース姿だねー」
晋太郎が言う「パーティー」とは、快感を増幅させるドラッグを使用して行う性の饗宴である。いわゆる麻薬乱交であった。
DMDは合成麻薬にダークマナパウダーを混ぜた薬物の総称である。ダークマナの分量が多いと、強力なバッドトリップを引き起こし、自殺にいたるケースが見受けられるが、媚薬目的で調合されたDMDはトリップ効果を増幅させ、大きい快感を得られるのだ。
ダークマナにより「死」を体感しながら行為に及ぶと通常では到達できない絶頂に達すると言われている。ワンラブの裏プラチナ会員はDMDの密売と乱交を行う闇のネットワークであった。
「いやいや、このパーティーは稼げるよなぁ。会員リストを見たらぶったまげるぜ? 与党議員やアカデミー賞の女優、インフルエンサー、大病院の先生まで名を連ねてやがる。一皮剥けば獣だよ、マジで」
晋太郎は、できの良い兄たちとは異なり、これまで何度も不祥事を起こしてきた。飲酒運転や暴行事件、不倫等。それでもタレント活動を続けられたのは元総理大臣の父親の存在が大きかった。
「しんしんー。いつも楽しそうだねー」
「まあねー。楽しいさ。金はある。酒がある。ドラッグがある。女がいる。毎日毎日。毎日毎日な。財前光太郎の三男である俺は……社会に選ばれた者なんだよ」
晋太郎の表情が緩んでいる。どうやらワインに薬物を入れていたようだ。酩酊感を得て陽気になっている。
「ちょっとー。お客さんが来る前にぶっ倒れないでねー」
愛は晋太郎の出っ張った腹を突っつきながら注意をした。バラエティ番組では、ダーカーの特集が終わり、吸血鬼の話に移っていた。数ヶ月前、吸血鬼事件の被害に遭った男女の特集であった。
そのカップルは東銀のマンションで死んでいたらしい。首に傷跡があるものの、それが直接的な死因ではない。不審死である。番組ではこのカップルが麻薬中毒者であり、金銭関係でトラブルがあったと報道している。
「吸血鬼事件ねぇ。確かこのカップルってDMD中毒だったよな。それ関連で揉めて殺されたんじゃねぇの? 支払いが滞ったとかさ。愛ちゃん、どう思う?」
「どうなんだろうねー」
「まあ、美人の吸血鬼なら大歓迎だよな! 腹上死やってみてぇー。性と死の快楽は全てを手に入れた者が辿り着く境地ってやつさ。いつの時代でもな」
――その後、残りのメンバーが集まり、パーティーが始まった。
皆、DMDを摂取し、異常なテンションになっている。自分の命が燃え尽きるまで快楽をむさぼる。その様相は正に線香花火のそれである。晋太郎はハイテンションだ。このまま宴を楽しみ、何事もなく終わるはずだった。
しかし、今日はいつもと違ったのである――。
【参照】
瀬川愛について→第二十三話 スパイダー
ダーカーと吸血鬼→第二十四話 ブラコンの副会長
ダーカー登場→第四十六話 雷火のラン




