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A SPITEFUL BOY

 ブロックで作られた巨大なお城を三つほど越えてゆくと、急にあたりの景観がひっそりとしはじめました。人通りは絶え、建物も消え、電柱のかわりに太い樫の木がそびえ立って、湿った土と落葉の匂いが立ちこめています。風が吹くたびに木がざわざわと音を立て、葉のさやぐ音のあいまに、ぴいーっ、ぴいーっ、ききききっという鳥のなく声が聞こえてきます。覆いかぶさるように生える木々に邪魔されて、日はうっすらとしか射し込みません。その薄暗い道を、草をかき分けかき分け、私と妖精たちはぐんぐん進んでゆきました。

「どうやらパンのいる森は、もうすぐそこみたいね」

 シャニスが、ひらひら羽を動かしながら言いました。もう耳をそばだてなくても、パンの吹き鳴らす笛の音がはっきり聞こえてくるのです。

 ぴるろろろん―― ぴるろろろん――

 きれいな音です。

 パンの持つ葦笛は、もともとシュリンクスという名前の水の妖精だったといいます。それを、いたずら者のパンが魔法をかけて笛の姿に変えてしまったのだそうです。だから彼の吹く笛は、楽しげなメロディとは裏腹によく聞くとなんだか物悲しい響きがあります。

 ぴるろろろん―― ぴるろろろん――

「あれ? 帰り道がなくなっているよ」

 イルルが後ろを振り返って言いました。

「あ……」

 私も振り向いて、思わず声をあげてしまいました。そうです、今まで歩いてきた道がきれいさっぱり消えているのです。

「どうやらボクたち、もう迷いの森へ入っちゃったみたいだね」

 迷いの森……正式な名前はプシュケの森というのだそうです。ここへ来るまでの道すがらマークが教えてくれました。パンが、魔力を使って他人の夢の中につくり出した森。けっして出口の見つからない森。その森で、迷い込んだ夢の住人は泣きながら出口をさがしつづけ、やがて疲れ果て死んでしまうと言われています。なぜ、そんなひどいことをするのでしょう。しかもここは優希の夢、私の可愛い天使が見ている、無邪気な夢の中なのです。

「ねえ、みんな。このままだと私たちまで迷子になるんじゃない?」

 なんだか少し不安になって私が訊ねると、シャニスがくるんと宙返りしてから言いました。

「だいじょうぶよ、あなたは元々この夢の住人じゃないわ。だから目が覚めると同時に現実世界へと戻ってしまうのよ」

 イルルが後をつづけます。

「うん、だから優希君を見つけたらぎゅっと抱きしめて離さないで。その状態で僕らが君のことを目覚めさせてあげるから」

 すると、どこから取り出したものか、マークが鋭い針を手に持ってほくそ笑みました。

「そうそう、これで君のお尻をぶすーっとね」

「な、なによそれ……?」

「スズメバチの針さ。これで刺されたらもう痛いのなんのって、あまりの痛さに驚いて目を覚ますことうけ合い」

「えー、いやよそんなの」

 私は、まだ刺されてもいないのに自分のお尻を押さえて身震いしました。あんなもので刺されてはたまりません。優希を見つけたら、自分でほっぺたをつねって目を覚まそうと固く心に決めました。

 それから私たちは、どれくらい森の中を歩きつづけたでしょうか。パンの笛はもうすぐ手がとどきそうなくらい近くから聞こえているのに、いっこうに姿が見当たりません。それどころか私たちは、さっきから同じところをぐるぐる歩き回っているような気がしてならないのです。いつもは陽気な妖精たちも、さすがにげんなりした様子でした。

「あーあ、お腹へったなあ……」

 イルルが飛ぶ気力を失い、風にへろへろ流されながら言いました。そういえば私たち、朝から何も口にしてません。シャニスが、ローラーカナリアみたいなオレンジ色のくるくる巻き毛をかきあげて、ふうとため息をつきました。

「ちょっと休みましょう。こう飛びっぱなしじゃ、あたしの自慢の羽が痛んでしまうわ」

 ちょうど木の切り株があったので、私はそこへ腰を下ろすことにしました。妖精たちも思い思いの場所に羽を休めます。

「あ、そうだ」

 私はサロペットパンツの胸ポケットに、ヨーグルト味のキャンディが入れてあることを思い出しました。

「ちょうど四つあるわ、みなで食べましょう」

「お、いいね」

「だから君って素敵さ」

 妖精たちは乳製品が大好きです。ミルクはもとより、チーズ、バター、アイスクリーム、とくに甘酸っぱいヨーグルトは大のお気に入り。みな嬉しそうに顔をほころばせると、丸いキャンディを両手に持って、ぺろぺろかりかり食べはじめました。

 すると、そのとき――

「ほう、美味そうなもん持ってるじゃねえか」

 とつぜん私の背後で、ハスキーな男の子の声がしました。振り向くと、むかし家で飼っていた柴犬くらいの大きさの妖精が、ぺろっと舌なめずりしながらこちらを見ているのです。

 ――パンだわ。

 上半身は男の子で、下半身が山羊、頭からは、先っぽがくるんと丸まった二本の角を生やしています。彼は、ぴょこんと前足を持ち上げて竿立ちになると、そのままちんちんする犬みたいに蹄をそろえて言いました。

「俺様にも一個くれよ」

「あーっ、とうとう見つけたわ。あなたね、優希を連れていったのは? さあ、あの子がどこにいるのか教えてちょうだい」

 私がそう問いつめても、彼は平気な顔でうそぶきます。

「さあ、そんなやつ知らねえな」

 すると一番気の強いシャニスがやって来て、腰に手を当てふんと息巻きながら言いました。

「そうやって悪さばかりするから、いつまでたっても嫌われ者なのよ。いくら友だちがいなくて退屈だからって、森の中へ子どもを引っぱり込むのはもう止めなさい」

「うるさい、うるさい。ここは俺様の森だぞ、気に食わないことがあるんだったらさっさと出ていけ」

 パンは怒って、どこからか大きなハエタタキを取り出すと、それをぶんぶん振り回しはじめました。

「きゃーっ」

「あぶない」

 シャニスをかばおうとして、マークとイルルが彼女の前へ飛び出します。マークは、ぱちん! ほっぺたを叩かれて、へろへろぽっとんと地面に落っこちました。イルルも、ぺちん! お尻を叩かれて、えんえんとべそをかいています。私は、あわてて言いました。

「ちょっと乱暴はよして」

 そしてキャンディをパンの前にさし出しました。

「これをあげるわ。だから優希のこと返して、お願い」

 でも彼は、それをぽいっと口の中へ放り込むと、がりがり噛み砕きながら言うのです。

「うん、美味い美味い。でもこれっぽっちじゃダメだな。もっと美味しいもんいっぱいよこしな。そうしないとあのチビの居場所は教えてやらないぞ」

 私は思わずむかーっときて、腕を振り上げそうになりましたが、でもここで彼とケンカするのは得策ではありません。どこかへ逃げ込まれでもしては、また探し出すのに骨が折れるし、それに彼は強力な魔法を使うと聞いています。うっかりその魔法でカエルやブタの姿に変えられてはたまりません。かといって私はもう食べ物を持っていないし、さてさてどうしたものか……。

 途方にくれて、何気なくポケットに手を入れた瞬間、私はあるイタズラを思いつきました。とっても悪いイタズラ……。でもイタズラ好きのパンをこらしめるには、これくらいがちょうどいいかもしれません。

「ねえ聞いて、私もう食べ物は持っていないんだけど、その代わりこれをあなたにあげるわ」

 そう言って、虫めがねをさし出しました。おばあちゃんが針に糸を通すときなどによく使っていたもので、フレームがぴかぴかのステンレスで造られたかなり立派なやつです。パンは、その虫めがねを受け取ると、怪訝そうな顔つきで眺め回しました。

「なんだこりゃ? いったい何に使うもんだい?」

「その透明なレンズの部分を通して、色んなものを眺めてごらんなさいな」

 私が言うと、彼はその虫めがねを使って色々なものを覗き込み、そして「うおう!」とか「すげえ!」とか驚嘆の声を漏らしました。

「こいつはすげえや! 小さいものがなんでも巨大に見えちまう。ふむふむ、アリンコってのはこういう顔をしていやがったんだな」

 しめしめ、どうやら彼は虫めがねが気に入ったようです。そこで私は言いました。

「ねえ知ってる? それを使うとね、とってもきれいなものが見られるのよ」

「ほう、そりゃいったい何だい?」

 私は、空をびしっと指差して言いました。

「お日様よ」

「へー」

「その虫めがねでお日様を見てごらんなさい。まるで万華鏡を覗き込んだときのように太陽光線が七色に渦巻いて、すっごくきれいなんだから」

「そりゃすげえな、よーし、どれどれ……」

 彼は、木漏れ日の射し込んでいるあたりへ移動すると、夏空からぎんぎんに照りつける太陽を虫めがねごしに見上げました。とたんに悲鳴をあげて地面を転げ回ります。

「ひーっ、ひーっ、目が痛い、目が痛いよー」

 そうです、虫めがねは凸レンズなので光を一点に集めてしまうのです。だから太陽なんか見たりしては大変、目を火傷してしまうのです。

「痛いよー、たすけてー」

 泣き叫ぶパンを、えいっと取り押さえて私は言いました。

「悪いことばかりしているから、こういう目に遭うのよ。これからはもう、森へ子どもを誘い込んだりするのは止めなさい。いいわね?」

「ひーっ、分かったよ、約束する。だからたすけて」

「よーし、ぜったい約束だからね」

 そう念を押してから、私はレースのハンカチを取り出し、彼に訊きました。

「いま目を冷やしてあげるわ。この近くに小川の流れているところはない?」

「そ、そこの竹笹が生い茂ってるあたりの奥に、泉がわいてるはずさ」

「うん、分かった」

 私はシャニスにハンカチを濡らしてくるよう頼むと、もう一度パンを問いただしました。

「で、優希はどこにいるの?」

 すると今度は、泉とは反対の方角を指差して言いました。

「この先をずうっと歩いてゆくと、ばかでっかい栗の木があるんだ。あのガキは、さっきまでそのあたりをウロチョロしていたぜ」

 私はパンを妖精たちに預けて、言われた方角へと駆け出しました。

 ――優希、待っててね、今行くから。



 次話へつづく。


次回、最終話。乞うご期待!

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