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FAIRY FRIENDS

「おーい、起きろっ」

 混沌とした闇の奥から、だれかが私のことを呼んでいるのです。とても可愛らしい声。鳥の声に似ているでしょうか? もしそうならきっと極楽鳥みたいな全身虹色の羽をまとった美しい鳥に違いありません。どこか遠い異国のエキゾチックな宮殿に独りぼっちで暮らすお姫様が、淋しさを紛らわすために飼っている、お喋りな鳥……。

「もう、起きろってばぁ」

「うるさいなあ、鳥のぶんざいで……。私の幸せな眠りを妨げないでくれる? それに、どうでもいいけど髪の毛をつんつん引っぱるのはやめて」

 半醒半睡の心地よい眠りを邪魔されて、私はちょっとだけ不機嫌になりました。

 うたた寝をするって気持ちいいのです。もうベッドに入って本格的に寝るより断然気持ちがいい。熟睡するかしないかの、ぎりぎりの境い目に身を置く心地よさ。例えるなら、寒い冬の日に露天風呂に浸かって、そろそろ上がろうか、それとも今しばらくお湯に浸かって温まっていようか、なんてぐずぐず迷っているときの、あの時間さえ止まってしまうような幸福感。こういう身も心もトロトロにとろけてしまいそうな幸せなひとときって、できれば邪魔してほしくないものです……。

「だれが鳥なんだよー。えーい、起きろっ、ばか!」

「きゃあ」

 小さな手でほっぺたをぴしゃりと叩かれ、私は驚いてがばっと跳ね起きました。目の前では妖精のマークがふんと鼻息を荒げています。相変わらずのやんちゃ坊主です。そのとなりでは、イルルが心配そうな顔つきで目をしょぼしょぼさせていました。

「ここは……?」

「やっと目を覚ましたわ」

 シャニスが、嬉しそうに手を打って宙返りをしました。

 私は、まだぼんやりしている意識を覚醒させるべく、ゆっくりとあたりを見回してみました。そこは、子どものころに暮らしていた田舎町の一軒家です。どうやら季節は夏のようで、庭の大きな花壇には、私の背丈と同じくらい立派なひまわりがいくつも大輪の花を咲かせていました。クマンバチが二匹、その周りを元気よく飛び回っています。空を見上げると、日に焼けた風のにおいがしました。その風に乗って遠くの山や森から、ここぞとばかりに鳴くセミの声が運ばれてきます。

 ふと自分の格好に目を向けると、私はいつものように少女の姿へともどっていました。小さいころお気に入りだった、ブルーデニムのサロペットパンツをはいています。サスペンダーで肩から吊るやつです。胸当ての部分には大きなポケットがあって、そこにはいつも、ママからもらったレースのハンカチと、ヨーグルト味のキャンディと、そして虫めがねが入れてあります。

 私はようやく、自分が夢の世界で妖精たちに会っているんだと気づき、こみ上げてくる嬉しさに目を細めたのでした。

「やあ、みんなー。また会えたね」

 するとマークが、腕組みしながらあきれた顔で言うのです。

「なにが、また会えたね、だよ。つくづく君ってやつは、のんきな子だなあ……」

「え、どうして?」

「だってさあ、今はたいへんなときなんだろ?」

 たいへん? ……たいへん、たいへん、たいへん、たいへん、――あっ!

 私は、甘い夢の世界から一気に現実へと引き戻され、胸の奥にぽっかり穴があいたような虚脱感におそわれました。そうです、今は息子の優希がたいへんなときなのです。みるみるうちに私の口がくしゃっとへの字になり、涙が込み上げてきます。マークとイルルがあわてて両手を大きく振りました。

「あわわ、泣かないでよ、泣いちゃダメだってば」

「だってだって、優希が……、私の可愛い天使が」

 手のひらで涙をぬぐっていると、マークが私の顔を覗き込んで羽をぱたぱた動かします。

「じつは、そのことで君に話があるんだ」

「……え?」

 驚いて目をみはる私の前で、マークがなにやら真剣な顔でイルルに目配せしました。

「おいイルル、昨日の晩のこと話してやれよ」

「うん」

 イルルが、そばかすの浮いた顔を固くして私を見つめます。彼の目は、採れたてのぶどうの粒みたいに濃い紫色をしています。その目が困惑のためか、ゆらゆら揺れ動いていました。

「あのね、じつは昨日の夜のことなんだけど、僕、寝ている優希君にこっそり会いにいったんだ」

「優希に……?」

「うん、一緒に遊ぶ約束してたから」

「……」

「なぞなぞ勝負さ。今のところ僕の五勝三敗で、優希君、今度こそ僕のことを負かすってはりきっていたんだ」

 初耳です。優希も妖精たちと遊んでいただなんて。

「あーっ、じゃあときどき優希が、朝起きてからも眠そうに目をこすっているのは、あんたたちのせいだったのね!」

 マークとイルルが頬を赤らめ、えへへと頭をかきます。シャニスが、ふわりと私の肩に舞い降りて「まあまあ」となだめてくれました。

 でも考えてみれば私だって子どものころは、ごくふつうに妖精たちと戯れていたわけだし、意外と私たち大人が気づかないだけで、どこの家庭でも同じように子どもたちは妖精と友だちになり、部屋の中で、庭先で、あるいは妖精たちしか知らない秘密の場所で楽しく遊んでいるのかもしれません。

「でね……」

 イルルが再び真剣な顔に戻ります。私は、黙って彼の話を聞くことにしました。

「いつものように優希君のいる子供部屋へ忍び込もうと、出窓の外にそっと降り立ったんだ……そしたらさ、部屋の中に誰か、僕より先に来ているやつがいたんだよね……」

「だれ? 君たちと同じ妖精?」

「それが、ふつうの妖精とはちょっと違うんだな……。まあ、部屋の中が暗くってはっきりとは見えなかったんだけど」

「違うって、どんなふうに?」

「あのね……」

 イルルが生唾を飲み込んで、両手をぎゅっと握りしめました。私も、知らず知らずのうちに身を乗り出しています。

「下半身がね、山羊みたいだったの」

「へ?」

「あれは、きっと……」

 言いよどむイルルに代わって、マークが言いました。

「間違いないよ。パンのやろうさ――」

 私は心臓が止まりそうになりました。

 パンは妖精界の嫌われ者です。なぜって、いたずらがあまりにも度を越しているから……。

 ふつう、妖精というものはみないたずら好きですが、人を傷つけたり、ましてや生命を奪うほどの悪さはしません。でもパンという名前のその妖精だけは違っていました。彼は葦笛を吹くのが得意で、その音色で子どもたちを夢の世界へと誘い込んでは、迷いの森へ置き去りにして楽しんでいるのです。迷子になった子どもたちは、泣きながら出口を探しつづけ、やがて疲れ果て死んでしまうと言われています。夢の中で死んだ子どもは、現実の世界でも生きてはいません。よく小さなこどもが原因不明の病気で亡くなるのは、もしかすると彼のいたずらが元凶なのかもしれないのです。

 ああ、どうしよう……優希が、私の大切な子どもが。

 なんだか息が苦しくなり、私は手のひらで胸を押さえたまましゃがみこんでしまいました。ショックと心細さで泣きだしそうです。今ごろ暗い森の奥では、優希があてもなくさまよいながら泣いているのでしょうか。ママー、ママー、と泣き叫びながら私のことを呼んでいるのでしょうか。そう思うと胸がはりさけそうでたまりません。私はいったいどうしたら……。

 するとマークが、力強い声で言いました。

「だいじょうぶだってば、君には僕たちがついているんだからさ」

 にっこり微笑んで自分の胸をぽんと叩くのです。イルルも、うんと大きくうなずいてくれました。シャニスが私の肩からひらりと飛びたち、目の前で大きく両手をひろげてみせます。

「だからね、これからみんなで迷いの森へ優希君を探しに行きましょって相談してたとこなの」

「え……、でもどうやって?」

「あなた優希君のお母さんでしょ? だったら簡単よ」

 ふふっと微笑むと、彼女はフィギュアスケートの選手みたいに、くるりんと回ってみせました。

「ここはあなたの夢の世界。そして母親の夢はね、どこかで子どもの夢とつながっているものなのよ」

「それ、ほんと?」

「ええ、本当。だからあたしたちについてきて。優希君の夢の世界へ案内してあげる」

 そうです。彼らは今夜、不意に襲ってきた災難から私たち親子を救うために、わざわざ私の夢の中へ現れてくれたのです。病室のパイプ椅子にうなだれて力なく泣いている私を助けるために……。なんて頼もしい仲間たちなんでしょう。私は心の中が、希望と勇気で満たされてゆくのを感じました。

「うん。みんな、ありがとうね」

「お礼は、あと、あと――」

「そうだよ、夜が明けて、君が現実の世界で目を覚ます前に見つけないといけないんだ」

「よし、分かった」

 私はスニーカーの紐をぎゅっと縛りなおすと、立ち上がって言いました。

「じゃあ、みんなで一緒に優希を助け出しに行こう」

「おー!」

「ついでに、いたずら者のパンをこらしめてやるー」

「れっつごー!」

 ――さあ、冒険の始まりです。



 次話へつづく。


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