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単純にして覆せない要素



 思い出の中。遠い昔に聞いた歌がある。

 記憶は色褪せ、今ではその歌詞も、メロディーさえも思い出せない。

 その歌を、いつも誰かが夢の中で歌っていて……起きた時には、全て忘れてしまっていて。

 なのに。なにも思い出せないのに。

 その歌声だけは、忘れずに覚えている。



 ────────



 放課後の騒乱。その翌日──夜が来て、日は登り。そして再びの昼休み。

 四ツ辻高校の二階北側に在る、生徒指導室。日当たりが悪く、梅雨の湿度を殊更にため込んでいるかのようなその部屋には、四つの人影があった。


 間宮二郷。笹島三那。東雲四乃。五辻レイ。


 室内の中央に置かれている安物の長机。それを挟んで座る彼らの間に会話は無く、言い表しようのない緊張感だけが漂っている。

 沈黙が続くその空気の中で、時計の長針が動いた音の後。まず口火を切ったのは──教師の笹島三那であった。


「あー……さて。お前達、今日は何で生徒指導室なんかに呼び出されたか解ってるよなー? 昨日の保健室の件だぞー?」


 保健室の件、という言葉を聞いて、苦い顔をしたのは間宮二郷である。

 昨日の昼休みに起きた『かおくちさん』の急襲と撃退。それは、二郷にとっては正当防衛以外の何物でもないのだが……当然の事ながら、霊など見えない一般生徒や教師達にとっては、転校生が急に暴れて問題を起こした、としか認識されない出来事である。

 突然ベッドの下から化物がポップしたので、なんとか暴力で制圧しました──等という言葉をいくら訴えても、世間がまともに聞いてはくれない事は、身に染みて理解していた。


「うげぇ……先生。やっぱし、放課後の掃除だけじゃダメだったのかよ?」

「そうだなー。私は良くても、他の先生方がなー……嬉々として私を詰めてきてなー。状況の確認と、反省文の提出をさせるように、との事だ」

「そいつぁ……先生に要らねぇ負担かけちまったみてぇだ。悪ぃ。すまなかった」


 一応の確認に対して返ってきた三那の言葉。気だるげな口調で、何ともない風に語っているが、三那の職場での境遇を聞いて知っている二郷としては……実際は担任教師として、その言葉ほどには軽くない叱責を受けたのであろう事が容易に想像できてしまう。そして、その原因が自分に在る事もあって、二郷は座ったまま深く頭を下げた。


「……ごめんなさい」

「こうやって他人に謝罪をするというのは、中々に新鮮ですねぇ。申し訳ありませんでした、先生」


 その二郷の謝罪に追随するようにして、四乃と五辻レイの二人も頭を下げる。

 それぞれ、二郷と比べて謝り方がぎこちないのは、彼女達の経歴……対人関係の不足や途絶によるものが大きい。

 だが、そんな謝罪の不器用さなど気にした様子はなく、三那はひらひらと手を振り、苦笑を浮かべた。


「なあに、気にしなくていいぞー。先生は、お前達が何のために暴れたのかは知っているし、信じる理由もあるからなー。私の方こそ、庇い切ってやれずにすまなかった」


 そう言って自身も軽く頭を下げてから、三那は手元のファイルから、反省文を記入するための原稿用紙の束を取り出して、三人の前へと置いていく。


「さて。それじゃあ、これが間宮の分。これが東雲の分。これが……あー……えーと……」

「僕の名前は、五辻レイ。転校生の五辻レイですよ。笹島三那先生」

「……ん? おー、そうか。そうだったなー。覚えきれてなくてすまないなー。これが五辻の分だな」


 そうして、木製の机の上に置かれた三人分の原稿用紙……だが。


「……先生」


 紙面を見て、直ぐに困惑の声を出す四乃。同時に二郷は怪訝な表情。五辻レイは相変わらずの感情の読めない微笑で、三那へと視線を向ける。

 それも当然だろう。


「……これ、全てのページが書き終えてある」


 四乃の言葉の通り、三那が三人に配った反省文記入用の原稿用紙には、既に反省文が……それも、三人それぞれ別の内容で記入されていたのだから。

 そんな、四乃の言葉を聞いた三那は、なんでもない事の様にして欠伸を一つしてから口を開く。


「ん? おー、なんだお前達。文字書くのが早いなー。すごいぞー。まるで最初から書いてあったみたいだなー」


 明らかに棒読みのセリフ。そして、筆跡を変える努力こそ見られるが、どこか笹島三那特有の癖も残っている文字。それが意味する事はつまり……。


「……。おいおい、先生。ありがてぇけど、ちっとばかし俺達を甘やかし過ぎじゃねぇか? そんなんだと、いつか悪ぃ奴に利用されねぇか心配だぜ俺は……」


 呆れたように言う二郷。つまるところ、笹島三那は、三人分の反省文を昨日の帰宅後に自分で仕上げたのだ。たった一人で。二郷達が生き延びる為に行った努力を、反省などさせないために。


「間宮が言っている事がどういう意味か、私にはわからないなー。其れよりも、だ」


 そうして、大人としては下手糞過ぎる誤魔化しをした三那は、少し充血した目を軽く指で揉んでから、席を立ち、生徒指導室に備え付けのホワイトボードの前まで歩いていく。


「反省文を書く時間も余ってしまった事だし、折角だから、少し先生と雑談でもするかー」


 そう言って、水性マジックペンのキャップを取り、彼女がホワイトボードに綺麗な文字で書きこんだのは



『 【ツリクイ】の入れ替わり候補者 』



 ホワイトボードに書き込まれた其れ──その文字こそが、実の所、今日この時間の本題であった。

 笹島三那が原稿を代筆したのは、確かに三人への善意もその理由の一つだ。けれど、誰からも怪しまれずに、【ツリクイ】について会議を出来る時間と場所という点について、この『反省文の記入』という時間が、非常に都合が良かったのである。

 文字を書き入れてから三那は、二郷と四乃、五辻レイの顔を順番に眺め見て、もう一度二郷に視線を戻してから問う。


「間宮―……話を始める前に、念の為に聞くがなー。東雲と五辻がお前の知り合いで、私達と同じ『視える』生徒だという事。問題の解決を手伝ってくれるって事は、昨日の夕方、お前から聞いた。その上でー……この話を聞かせる程に、私は二人を信用していいのか? 間宮はどこまで、二人を信用してるんだ?」


 真剣に。気だるげな雰囲気も、冗談の一つもないその問い掛けの様子。

 それは、これから行う『雑談』の内容が、三那にとっては死活問題であるからだ。

 三那は、二郷の事は信用している。だが、昨日転校してきたばかりの二人については、【ツリクイ】の件で信用をするだけの要素が薄い。だからこそ、二人の知人である二郷に、少しでも二人への不信や躊躇いの色が見られれば、この場は誤魔化して終えるつもりだった。


「あン? 信用って……そうだな。二人がどう思ってくれてるかは判らねぇけどよ──四乃ちゃんに関しては、もし死なせちまうような事でもあれば、俺は腹掻っ捌いて死ぬつもりだし、レイちゃんに関しても、俺が死ぬまで面倒見るつもりだ。少なくとも、俺の命なんかより重い存在と思うくらいには、俺は二人を信用してるぜ?」


 けれど……この時間の真の目的を察し、そのうえで答えた二郷の言葉には、驚くほどに何の躊躇いも無かった。嘘も、冗談も、何一つ。ただ、ありのままの気持ちと考えを語っているようにしか見えず──そして、何より。


「……ずるい」

「手放しに喜ぶべきか、悩み所ですねぇ」


 その言葉を聞いた二人の少女の態度。自身のセーラー服の胸元を手で掴む様にする四乃と、髪の先端を弄っている五辻レイの姿。彼女達の姿こそが、何より雄弁に、三那の問いに対する回答となっていた。

 三那は、そんな三人の様子を見て複雑な表情を作りつつも、今度は深々と頭を下げつつ口を開く。


「そうかー……いや、疑う様な事を言って悪かったなー。間宮がそこまで言い切るなら、私も信じる事にするよ。二人とも、助けを買って出てくれてありがとうなー。本当に、感謝するぞ」


 そう言って、暫くしてから頭を上げると……今度は二郷の方へと向き直り告げる。


「……けどなー、間宮。お前、本当に刺されるんじゃないぞー? 自分を大事にしろなー? もし刺されたりしたら、先生、年甲斐もなく号泣するからなー?」

「お、おう?」


 三那の忠告の意味が理解できず、首を傾げる二郷。その姿に対し、しかしこればかりは教師としての自分がアドバイスする事も、アドバイスできるだけの経験もないと判断した三那は、一度大きく咳払いしてから改めて、ホワイトボートに文字の続きを記入し始めるのであった。


 そうして。



『和梨  かずなし はじめ』 ────野球部・男子。

重音かさね 嗣和つぐかず』 ────柔道部・男子。

次原つぐはら 和梨かずな』 ────茶道部・女子。

尾張おわり 忌奈いみな 』 ────帰宅部・女子。




 三那の手によって、さらさらと書き連ねられたのは、四人の生徒の名前と部活、性別。

 それらを書き終えてから、三那は一度振り返り三人を見渡し、口を開く。


「──さて。ここに書いた四人の名前はだなー……お前達は転校してきたばかりだから覚えきれていないかもしれないが、全部が、お前達のクラスメイトの名前なんだ。そして……私が【ツリクイ】に成り代わられてるかもしれないと、そう考えている子達の名前でもある」


 いつもの余裕が消えた、固い雰囲気の三那の言葉。そんな三那に対して、四乃が小さく手を挙げて問う。


「……入れ替わられた生徒については、痕跡が無く、判別が困難と二郷くんから聞いた。それなのに、候補を挙げられるのは……何故?」

「おー、真っ当な質問だな東雲ー。洞察力が有って偉いぞー」


 四乃の言葉に対して頷いた三那は、一度咳払いをしてから教師らしく背筋を伸ばして答えを返す。


「そうだなー。東雲の言葉通り、確かに【ツリクイ】と入れ替わった生徒を判別する方法は、見つけられてない。状況証拠も物的証拠も、会話をしても……少なくとも、私がどれだけ調べても何一つ、手がかりになりそうなものは見つけられなかった」


 だけど、と一息置いて続ける三那。


「一昨日、間宮と私の家で話をして、その相談の中で──たった一つだけ、【ツリクイ】を特定できるかもしれない。そんな可能性を見つけ出せたんだ」

「はてさて。二郷君が家に行ったというお話の詳細も気になる所ですが……痕跡を残さない化物、その候補を絞り込む為のお手軽な方法など、本当にあるんでしょうか?」


 同じ化物としての立場から、存在を隠匿する化物の発見の困難さを良く知っている五辻レイは、首を傾げる。その五辻レイの問いに三那の代わりに返答したのは、二郷であった。


「あるぜ。残念ながらお手軽じゃあねぇけどな。こいつぁ、笹島先生の話聞いてて気づいた事なんだが……どうにも【ツリクイ】のゴミカス野郎が紛れ込む前は、俺達のクラスは学級崩壊状態だったらしい。けど、どういう訳か今は平穏そのもの。仲良しクラスになってやがる……つまりだ」


 二郷は、恐怖による自身の手の震えを意思の力で押さえ付けながら、指を二本立てて見せる。


「一つ目として、入れ替わった【ツリクイ】は、素行不良で目立たねぇように、少なくとも今は問題行動を控えてるって事。二つ目として……中身が入れ替わって人の認識を誤魔化せたとしても、過去……それまでの成績と素行の評価まで改竄する真似までは出来ねぇって事だ。だったら話は早ぇ」


 獰猛な笑みを浮かべながら、二郷は言う。


「────『急に素行評価が良くなった奴』を総当たりで調査すれば、【ツリクイ】に辿り着く可能性は跳ね上がるって寸法だ」


 そんな二郷の言葉に繋げるようにして、三那も口を開く。


「そういう訳で、一日頑張って、過去の素行評価を私が必死に纏めてなー……その結果として挙がって来たのが、この四人という訳だー。言っておくが、これは他愛無い雑談だからなー。個人情報漏洩とか怒るなよー?」


 そう言ってから三那は、先程書き入れたホワイトボードに、追記をしていく。


『和梨  かずなし はじめ』 ──野球部・男子(喫煙、飲酒、部員への暴力、恐喝)

重音かさね 嗣和つぐかず』 ──柔道部・男子(他校生との喧嘩、反社との交友)

次原つぐはら 和梨かずな』 ──茶道部・女子(窃盗、詐欺、両親による虐待と傷害)

『尾張 忌奈(おわり いみな )』 ──帰宅部・女子(暴力団の実家を傘に着た脅迫行為)


 三那によって追記された内容。それはどれもが子供の火遊びで済ませるには悪辣過ぎるものであり、そして……全員、三那が担任になって僅か二ヶ月で、それらの問題行動を一切行わなくなっているのである。


「この子達と私は、何度も話し合いをしてなー。説得したり、家庭訪問をしたり。そうやって、私なりに分かり合う努力はしてきたつもりなんだがー……それでも、私なんかの説得で、全員が改心したと思える程、私は自己評価が高くないんだ」

「……成程。であるからこそ、その中の数名。もしくはその全員が【ツリクイ】である可能性が高いという理屈ですね?」


 五辻レイの確認に対して、頷く三那と二郷。


「応。だからこそ、元々は俺と笹島先生で分担してストーキング……もとい素行調査をするつもりだったんだけどよ。それでも、どうあっても人員が足りねぇのも事実だったんだ」


 苦虫を噛み潰したような表情になる二郷。その言葉の通り、手が足りないというのは、単純にして覆せない要素であった。

 仮に複数の【ツリクイ】が居たとして、一匹を特定した事で他の個体が其れを察し、素行を改め、より巧妙に隠れられてしまえば……もはや打つ手はなくなる。

 そして、二郷の知る『さかさネジ』の原作通りであれば、少なくとも【ツリクイ】は、四体は居る筈なのだ。

【モリガミサマ】の一件における原作描写の過信からのミスや、現状でも登場人物が異なっている……例えば、作中での担任教師は男だった事。教室に金髪の少女など居ない等の相違点も多くあり、その数は確実とは言えない。

 けれど、少なくとも最低四体は居るという前提で、なおかつそれらを同時に監視できる体制が築けるとなれば、極めて心強い事に違いはない。


 なればこそ、四乃と五辻レイを危険に晒したくはない二郷にとって、不本意ではあるものの、人海戦術が打てるようになった現状は、非常にありがたくもあるのだ。


「ンな訳だから……本当に悪ぃと思うし、嫌ではあんだけど、四乃ちゃんとレイちゃんには、こいつらの内の一人を監視して欲しい。んでもって、怪しい行動……例えば、仲間を増やすために、蟲人間を飼ってる奴を探して近付こうとしてるみてぇな行為が見つかったら、俺に報告してくれ──頼めるか?」


 疑問符の付いたその願いへの返答は早かった。何の迷いも躊躇いも無く、少女二人は口を開く。


「……分かった。任せて」

「分かりました。二郷君公認の都合の良い女として、役目を果たすとしましょう」

「公認した覚えはねぇよ!? 笹島先生もそんな目で見ねぇでくれ! レイちゃんが勝手に言ってるだけだからな!?」



 ────かくして。ここに、かつて【モリガミサマ】を相手取った時とは異なる戦い……心強い味方を得た【ツリクイ】狩りが始まった。



 笹島三那は『和梨  かずなし はじめ』を。

 間宮二郷は『重音かさね 嗣和つぐかず』を。

 東雲四乃は『次原つぐはら 和梨かずな』を。

 五辻レイは『尾張 忌奈(おわり いみな )』を。 


 それぞれが監視し、正体を暴きだす多面作戦。怪異の同時調査が、放課後に行われていく事と相成ったのである。






 その先に待ち受ける結末も知らぬままに。



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Q.どれくらい信じられる? A.死ぬときは一緒 ……。さすにご!(´゜д゜`)
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