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【アナログジャック】




 嗤う嗤う嗤う嗤う嗤う────嗤う。


 蝉の羽を引きちぎる子供の様に

 鳥に毒餌を撒く老人の様に


 夕闇の廊下。その中空に浮かんだ巨大な顔。

 不明の怪異【モリガミサマ】が、心底愉快であるといった様に嗤う。


『 あヴ ぃ  けら 五 が   は  j  か 』


 黄色く濁った二つの眼球。その中央に有るヘドロ色の瞳が映しているのは、廊下に座り込む間宮二郷の姿。

 右腕に激痛に苦しむ東雲四乃を抱きかかえ、左腕で五辻レイの死を観測していた、その少年が浮かべる……絶望の色。


 東雲四乃に施されたような、長きに渡る『味付け』は行われていないため、食指が動くような事はない。

 けれど、その深く暗い香りは、【モリガミサマ】の食卓の飾りとしては申し分ないものであった。


 故に嗤う。


 少年の。間宮二郷のこれまでの努力を。

 東雲四乃という、たったひとりの少女を守る為に費やした時間を。

 恐怖を噛み殺し、希望の炎を絶やさぬよう、必死に積み重ねてきた行動を。


 嗤う。


 その強い信念こそが、絶望の底に居た少女の心を救い、誰よりも『幸せ』にし、未来への希望を見せ、そのおかげで────【モリガミサマ】の贄としての味付けを、こうも早く終わらせてしまった。


 その滑稽さを、本末転倒振りを、嘲り嗤う。


 そうだ。

 花嫁が喰らわれる直前に訪れる【モリガミサマ】の3日間の不在。

 死に至る寸前の、最後に与えられる偽りの安寧。

 間宮二郷と五辻レイ。それぞれが知識と経験により認識していた執行猶予。

【モリガミサマ】を打倒するための大前提として必要な、準備期間。




 ────そんなものは、初めから存在していない。




 これまでの歴史で【モリガミサマ】が、贄である花嫁を喰らう前の3日間だけその姿を消していたのは、ただ単純に……そうした方が花嫁に希望を持たせられるからだ。

【モリガミサマ】によって奪われていた、自由と人の温もり。当たり前の暖かな日常。

 それらを与えて見せる事で、心の力を取り戻し、未来への希望を抱く事が出来る。

 全てを諦めていた花嫁が、人生を取り戻したと信じ……未来に希望を見られるようになる。

 それまでに掛かる時間。

 その後に訪れる絶望との落差が最も激しくなるまでの熟成期間が、おおよそ3日間であったから。

 何度も奪い、何度も喰らい、何度も殺して。それにより得た経験則によって、その期間を覚えたから。

 だから、3日間は手を出さずに待つようにしていた。

 ただ、それだけの事だったのである。


 だからこそ、今回の花嫁────東雲四乃。彼女が、間宮二郷というイレギュラーの手によって前例よりも早く絶望から立ち直る事ができたのは、【モリガミサマ】にとっては幸運だった。


 なぜならば、二郷の努力と活躍によって、わざわざ3日という期間を待つ必要が無くなったのだから。


 そして、料理が出来上がったのであれば、やる事は決まっている。

 上等な料理が冷めて味が落ちるのをわざわざ見届ける者などいない。


 最も絶望の味が良くなる瞬間を見定めた【モリガミサマ】は、今日、東雲四乃を喰らう事にした。


『 る  ぼ  あ ね  ぱ  たた ?  らう あ  を   火ヒ あび  ま ぐ   』

「っ……う、ああ……」


 東雲四乃を腕に抱えた間宮二郷は、唐突に全ての計画が破綻した事で顔面を蒼白にし、歯の根が合わぬ程にガタガタと震えている。それは【モリガミサマ】が良く知る、深く絶望し命を諦めてしまった人間の姿。

 完全に壊れるまで悲鳴を上げるだけとなった、花嫁をより深い絶望の谷へと落とすための、音の鳴る優秀な玩具の姿だ。

【モリガミサマ】は、玩具の音をより愉快に鳴らす為、昆虫のように機械的に、ゆっくりと時間を掛けて二人に近づくと、その腐りかけた魚のような汚臭のする口を、唾液を糸引かせながら開いていき……




「ぐ……ぐ────っらああああああああ!!!! うるせぇ! 黙れっ! 近寄んな! 口が臭ぇんだよゴミカスがっ!! 誰がテメェみてぇなウンコ野郎に黙って喰われてやっかよ!!!!!」




 けれど、【モリガミサマ】が行動に移るその前に。

 直前まで絶望し、生存を諦めてしまっていた筈の少年……間宮二郷は、突如として咆哮し動き出した。

 情けなくも両眼の端に涙を湛えたまま、血の気の引いた蒼白な顔色であるにも関わらず。

 彼は【モリガミサマ】を睨みつけてながら、両腕で東雲四乃を再度抱き直し……一度だけ五辻レイへと視線を向けて、しかしそれを無理矢理振り切るようにして、先程まで自分達が滞在して居た教室へと転がり込むような勢いで飛び込んでいく。


 それは、今まで【モリガミサマ】が遊び、喰らい、殺してきた人間達にはなかった行動パターン。

 けれど、【モリガミサマ】にとっては、今の二郷の行動など些事に過ぎない。むしろ、抵抗すれば抵抗するほど、希望を持てば持つ程に、その後の絶望は甘く深くなる……そんな風に考えているのであろう。

 嘲るような気味の悪い笑みを作ると、二郷を追って教室へ入っていった。









 ────────────────────────────────────────―








 声が、聞こえた。







(くそっ! くそっ! クソっ!! 糞がっ!! 何でだ!! 何でだよっ!!!?)


 夕暮れの廊下。その闇の奥から突然に姿を現した【モリガミサマ】。

 その悍ましい姿を目にした二郷は、混乱の中、もはや内心で悪態を付く事しか出来ずにいた。

 最悪の化物の、この時点での復活……それは、二郷にとってあまりにも予想外の出来事であったからだ。

 何故、どうしてこんな状況になっているのか。

 恐怖に混乱しながら、それでも必死に思考を巡らせるが、答えは出ない。


 ────原作漫画の『さかさネジ』では、3日間の猶予が存在していた。自身がホラー漫画の内容について記憶違いをすることなどありえない。


 そんな自負があるからこそ、だからこそ逆に、【モリガミサマ】がそのルールを外れてきた理由に思い至れないのである。


(っ……な、何か。何かねぇのかよ、打開策は……!)


 それでも、状況を打破する為の何かを求め、必死に周囲に視線を走らせる二郷。けれど……当然の事ながら其処には希望など存在しなかった。

 有るのは、目を背けたくなるような惨状。


 倒れ伏す、血の海の中で息絶えた【スイガラ】。

 激痛の奔る右眼を抑え、苦しむ四乃。


 ただただ、どうしようもなく絶望的な────悪夢のような現実だけ。


(……逃げる、しかねぇ)


 その光景は、間宮二郷すらも打ちのめす。

 二郷の生存本能は、この場で自身がせめて出来る事は、東雲四乃を担いで今すぐにでも逃げ出す事だと、そう訴えている。しかし


(っ……けど、逃げてどうすんだ。その後は……)


 そう。仮に、今この場所だけを逃げ切れたとしても、四乃と二郷が生き延びられる可能性は────ゼロだ。


 何かをするための、何もかもが足りていない。

 残りの一日を費やして、校舎の各所に仕掛ける予定であった霊的な罠の数々。

『【モリガミサマ】が理外の化物であり、一般的な除霊方法の効果が薄いのであれば、それを補うほどに雑多に量を増してやればいい』。そんな思想のもとに準備していた物量戦法は、しかし現時点においては、その半数すらも設置出来ていない。


 既に仕掛け終わった分の罠だけで【モリガミサマ】を退けられるか? 

 ────否。力を削ぎ落すにはあまりに罠の数が不足している。


 そもそも【スイガラ】のサポートを失った状態で、狙い通りの場所に誘い込めるか? 

 ────否。元々が彼女のサポートを込みでの配置だ。半分の更に半分すら起動は怪しい。


 全て放り出して逃げれば命は助かるか? 

 ────否。【モリガミサマ】は、東雲四乃と、彼女に触れた者を、何処までも追跡して必ず殺す。


 準備不足。そして、今ある全てが奇跡的に上手く行ったとしても、まるで意味がない……そんな結論が脳裏に浮かび、二郷の視界から急速に色が消えていく。

 迫り来る【モリガミサマ】の、吐き気がする程に悍ましい顔。その口腔の赤色に、二郷のトラウマである赤い人影による地獄の記憶すらも蘇り、体は震え動けなくなる。

 吐き気がし、体温も急速に低下し、意識は明滅する。

 その果てに、間宮二郷の感情と理性は……同時に一つの結論を出してしまった。


 自分と東雲四乃の人生は、此処で終わるのだ。と。


 よくやった。頑張った。仕方なかった。

 せめて、この子と一緒に死んでやる事は出来るのだから、部外者の活躍としては上出来だ。

 本気でそう思ってしまった。そう思って、だから恐怖を前に目を瞑ろうとした。その時



「………………逃げ、て」

「────!」



 声が、聞こえた。

 二郷の腕の中の東雲四乃。彼女が、二郷の頬に手を伸ばし……必死に、か細い声で言葉を紡ごうとしていた。


「…………私の事……は、いい……から…………逃……げて……生き、て…………」


 滝の様な汗を流しながら、微笑を浮かべる東雲四乃。

 それは、一体どれだけの無理をしているのだろうか。

 彼女が体験しているのは、眼球を錆びたナイフで何度も突き刺されている様な激痛だ。

 とても話せるような状態ではない。息をするだけでも苦痛の筈だ。

 だというのに。

 自身が一番苦しいというのに、他人を気遣う余裕など無い程に辛いというのに。

 それなのに、東雲四乃という少女は間宮二郷に向けて、逃げて欲しい────二郷だけは生きて助かって欲しい。そう言ったのである。

 二郷が逃げる事に罪悪感を抱かぬよう。

 表情を作るのが誰よりも苦手である少女が、懸命に不格好な笑顔まで作って。




 ────間宮二郷の震えが、嘘のように止まった。




(……違うだろ。何を諦めようとしてたんだ、俺は)


 二郷は思い出す。自分が決めた覚悟を。


(そうだ────俺は主人公(ヒーロー)にはなれねぇけどよ、それでも、この子の前では代役(ヒーロー)をやり遂げて見せるって、そう誓ったじゃねぇか。なのに……たかが可能性が無い程度で、そんな程度の事で諦めていい道理が、一体この世界の何処に有るってんだよ!! 俺のウルトラ大馬鹿野郎がッッ!!!!)


 思うと同時。恐怖に固まっていた二郷の体は、自然に動き出していた。

 二郷の体を突き動かす、湧き上がり続けるその強い感情の名は、怒り。

【モリガミサマ】の復活を予見出来なかったふがいない自身への。

 東雲四乃をどこまでも苦しめ……そして、五辻レイを喰らい殺した【モリガミサマ】への。

 この世界の理不尽への。悪意への。

 それら全てに対して向けられた、恐怖を塗り潰す業火のような怒りだ。


 二郷は、あらん限りの大声で【モリガミサマ】への罵倒を叫ぶと、一度五辻レイの亡骸を見て……そして歯を食いしばってから、視線を逸らし、つい先ほどまで四乃と談笑していた自身の教室へと飛び込んでいく。








 本来、逃げる事だけを考えるのであれば、逃げ場のない教室を選ぶべきではない。

 けれど、それを承知の上で教室に戻ったのには、理由がある。

 仕掛ける予定であった罠は起動不可能になってしまっている……けれど、この教室にはアレが『居る』からだ。


 並んだ机に体当たりをするようにし、駆け込んだ際の勢いを殺した二郷は、四乃を腕に抱えたまま、教師の机の上に飛び乗ると────机の上に置かれたリモコンを操作し、その電源ボタンを叩きつけるようにして押した。

 リモコンの電気信号に忠実に従い、ヴンという通電の音と共に、薄暗い教室の中でテレビはその画面に明りを映す。


 そしてそれと同時に、木製のドアをすり抜け、教室に【モリガミサマ】が侵入してきた。

 二郷が事前に床に描いていた禹歩の紋様を一瞬で消し飛ばし、脂の染み出す鼻を鳴らしてから、【モリガミサマ】が教室の眼前に居る二郷達へと視線を向けた────その時。

 その黄色く濁った眼球は『其れ』を捉えた。



「……いよう、【モリガミサマ】。てめぇ、テレビは好きかよ? 悪ぃが最近は深夜帯以外でホラー原作アニメはやってなくてなぁ。代わりと言っちゃなんだが、今日は特番でもじっくり見ていきやがれ」



 赤と白。

 赤いテレビ画面と、その中央に映る長い白髪の女。


『―。 ──―。― ―。── 。―。──』

『  お 具  え  ぃ  河  ぎ  えぅ ぐ ? 』


『さかさネジ』第16話に登場する化物────【アナログジャック】。

【スイガラ】【モリガミサマ】と並ぶ、第三の怪異。


【モリガミサマ】の中空に浮かぶ異形の双眸は、確かにその姿を捉えてしまった。



『 zさ g お ヴ が 』


 異常を察知した【モリガミサマ】であるが……しかし、そこに焦りの色は無い。

 それは、【モリガミサマ】が既に知っているからだ。この化物への正しい対処法を。

 東雲四乃の右眼に潜んでいた時に教室で聞いた、二郷と四乃の会話。

【モリガミサマ】は、その内容を違わず覚えて、知っている。


 そう。赤い画面に白い女が見えたのであれば────視線を『逸らさなければ』いいと。


 不気味な笑みを浮かべたまま、十秒。二十秒。静止して白い女を見ていた【モリガミサマ】であったが




「……く……くく……はは……はっはー!!!! この出羽亀野郎が! やっぱし、予想通り予定通りに盗み聞きしてくれてやがってたみてぇだなぁ!? じっくりねっとり刮目してくれてあんがとよ!! そんなストーカーゴミカス野郎は罰として……せいぜい地獄に落ちやがれっ!!!!」


 親指を、叩きつけるような勢いで地面へと向けた二郷。彼の罵倒で、ようやく異常に気が付いた。

 けれど、もはや遅い。二郷が机から跳躍し、前方の出入り口から再び廊下に駆け出していくが……【モリガミサマ】はその背を追う事が出来ない。


 何故ならば、テレビ画面から伸びた無数の赤い腕が、【モリガミサマ】の触れられない筈の体を掴むと、恐ろしい力で画面の中へと引きずり込もうとしているからだ。


 その眼前には、いつの間にか画面から抜け出ていた白い髪の長い女が立っており……彼女は顔を上げ、【モリガミサマ】にその赤い眼球を向けると、ゆっくりと口を開いた。





「   わ  た  し    と     か  わ  っ て   」





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誤字です。 https://ncode.syosetu.com/n6797iy/24/#:~:text=%E9%95%B7%E3%81%84%E5%A5%B3%E3%81%8C-,%E7%B5%8C%…
https://ncode.syosetu.com/n6797iy/24/#:~:text=%E9%95%B7%E3%81%84%E5%A5%B3%E3%81%8C-,%E7%B5%8C%E3%81%…
待ってた〜〜〜!!! 更新ありがとうございます!! これで救われる命がある…
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