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誰も気が付いていなかった


 午前中の『りんどうくん』との接触以外に怪異や化物と遭遇する事はなく、時刻は十七時。

 間宮二郷と東雲四乃は帰路に付いていた。


「無事一日が終わって何より、って言いてぇ所だが……本来、化物なんてそんな頻繁に遭遇するモンじゃねぇのに、なんでこうも毎日遭遇するんだろうなぁ」

「……」


 夕暮れの中で伸びるのは、長い二つの影。

 疲れた様子で肩を落としながら歩みを進める二郷の愚痴に、真横を歩いている少女は答えない。

 その代わりに、登校の時と同じように掴んでいた二郷の手を、労わるように握り直した。


 現在、並び歩く彼らが向かっているのは、間宮二郷の家だ。

 学校では、泊まるには化物や怪異が多すぎる。かと言って、四乃の家は【モリガミサマ】の根城とも言うべき場所。何が起きるか判らない。

 故に、消去法で其処が選ばれた訳だが……。


(さぁて。問題は、俺の両親にどうやって説明するか……だ)


 二郷の中身がどうであれ、中学生が同級生の女子生徒を自身の家に泊まらせる。

 それも相手方の親の許可はなく。


(……普通に、色々とアウトだよなぁ)


【モリガミサマ】の呪いの関係上、四乃に説明して貰う訳にも、四乃に接触させる訳にもいかない。それでも、どうにか説得しなければならない。

 なんとかならないか、何処かに上手い言い訳が転がっていないか等と考えながら、歩みを進めていた二郷であったが


 ────道中の十字路。その中央に差し掛かったあたりで、不意にその足を止めた。


「……どうしたの?」


 二郷の不意の停止に疑問を覚え、尋ねる四乃。

 しかし、二郷は返事を返すことなく、じっと道の先を見つめ、更には他の通路にも視線を走らせている。

 そうして、一度目を瞑ると、大きく深呼吸をしてから……少し震えた声で四乃に尋ねる。


「確認させて貰いてぇんだが、東雲四乃ちゃん────道の向こうに何か見えるか?」


 二郷にそう言われ周囲を見渡す四乃だが、言われた道の先には別段何も見えなかった。

 赤銅色の夕日と、建物から伸びる長い影だけが存在しており、人はおろか車の影も無い。


「…………何もない」


 故に、四乃は短くそう返事を返したのだが────言葉の直後、繋いでいる二郷の手から小さな震えが伝わって来た。


「あんがとよ……ああ、くそっ……って事は、そういう事じゃねぇか」

「……?」


 首を傾げた四乃を気遣う余裕もなく、二郷は片手で頭を抱えると、大声で叫ぶ。



「っだあああ!! 俺、さっき『無事一日が終わって何より』って言ったばっかなのに、何でこうも気軽に新手が出やがるんですかねえええぇ!!!?」



 東雲四乃の目には、何も映っていない。

 けれど────叫ぶ間宮二郷の、此の世ならざるモノが見える目には、確かに映っていた。



 十字路の四方。その奥からやって来る、異形の怪物の姿が。



 其れは、言葉で例えるならば黒い雪達磨だった。

 二段重ねの歪な黒い球体に、短い手足を生やしたような姿の化物。

 その化物の上部の球体を構成しているのは、無数の黒色の頭蓋骨。肉を削がれた人の頭蓋骨と動物の頭蓋骨を無造作に混ぜて手で捏ねたかのような骨団子。

 そして下の球体は、骨を抜かれた人間と動物の頭に残った肉と皮と内臓と脳、それらを捏ねて纏めて作ったような肉団子で出来ている。

 四体の化物達は不気味に体を揺らしながら、十字路の中央に向けてゆっくりと近づいてくる。捕まれば恐らくは……碌な事にはならないだろう。


『みすぃぬやってぃきぃすぃたい』

『やあやあふむつぃぬやってぃきぃすぃたい』

『あいがたいあいがたーあいがた』

『ふたいまいういどー』


 化物から発せられる不気味な声に、思わず恐怖の叫びを口に出したくなる二郷。

 だが……繋がれたままの四乃の手がその発露を止める。

 間宮二郷は化物が怖い。

 怪物が、幽霊が、妖怪が、悪魔が、魔物が。この世ならざる全てが怖くて怖くて仕方がない。対峙すれば自然に体は震え、目には涙が浮かびさえする。

 しかし、今は────この三日間だけは、四乃の前で、恐怖を口に出す訳にはいかない。

 もしもここで二郷が恐怖に喚いてしまえば、唯でさえ限界が近いであろう東雲四乃という少女の心に、無意味に大きな負担を掛けてしまうからだ。

 体だけではなく、心も助けたいと思う。だからこそ、少なくとも【モリガミサマ】を打ち滅ぼすまでは、間宮二郷は東雲四乃にとって、頼りがいの有る強くて勇気のある主人公(ヒーロー)で居なければならない。

 心の中でどれだけ惨めに喚き散らしていようと、そんな弱さは外に出さず、彼女が安心して頼る事が出来る、自身が焦がれる漫画の主人公(ヒーロー)の様な強さを演じ切らなければならないと、そう思っているのである。

 二郷は、再度大きく深呼吸をすると、背負っていた鞄を下ろし、その中から幾つかの物品を取り出して装備をしていく。


「……っはぁ。よく聞いてくれ東雲四乃ちゃん。十字路の向こう側に、化物が居やがる」


 言いながら、両腕に長い数珠。首に三日月型のペンダントと十字架。頭には鉢巻きと、其処に挟まれている経文と神道のお札。右手は水晶玉を、ベルトには消臭スプレーを銃のように差し。掌には、マジックで蛇の目模様を描く。

 それは、何時か四乃が夕暮れの教室で見た、二郷が【モリガミサマ】へと突撃を慣行した時の、見た目が完全不審者な面白おかしい装備群。

 二郷が告げた化物の姿は視えないが、彼がそれらを装備した事で、その発言が事実である事を確信した四乃は、握る手に少しだけ力を籠めて二郷へと淡々とした声で尋ねる。


「……逃げる?」

「ブチのめして道を開く。アンタはここで待っててくれ」


 そう言うと二郷は、大きく深呼吸をし



「おんどりゃああああ!!!! 往生しやがれこのウンコ野郎共が────ッッ!!!!」



 突貫した。

 血走った目をしながら全速力で黒達磨へと駆けて行く二郷。

 出鱈目に筋力に優れている訳ではない。ただ、走るという行為が異様に上手い。体の使い方が極めて精緻で洗練されている。

 そうして瞬きする間に黒達磨の化物へと近付いた二郷であったが、間近でその容貌を見て、正確に認識した瞬間、本能的な吐き気を覚える事となる。


 骨団子と肉団子、遠目から見て気味が悪い事は判っていたが……その体を彩る黒色が、腐敗して凝固した血液である事に気が付いたからだ。

 更に、これまでゆっくりと動いていた黒達磨は、二郷が至近まで接近すると鋭敏な反応を見せた。

 捏ねられた頭と頭蓋骨。雑に纏められた骨のない肉の頭と肉のない骨の頭。その全てが、同時に一斉に二郷へと視線を向けたのである。


「~~~~っ!?」


 頬の内側を自分の意思で噛む事でなんとか叫び声を押し殺す二郷。

 異形への怯えはあるが、けれど心に狂気と狂乱を纏う事で押し潰される事はない。

 開幕一閃────二郷は黒達磨が何かをしてくる前に、その右手に持った水晶玉を脳天部分へと叩き込む。


「オラぁ!! 南無ぅ!! エイメぇぇン!! 祓い給ええぇ!! 臨兵闘者あああ!!」


 何か色々と呪文を混ぜて吐き出しているが、別に霊能力等ではない。どれか効けばラッキーという発想の行動だ。そして、行っているのもシンプルに水晶という名前の鈍器による連続の殴打である。絵面だけをみればどちらが悪人だという有様ではあるものの……躊躇い無き殴打は、黒達磨に対する完封を成功させた。

 黒色の頭蓋骨は勢いのままに水晶によって砕き散らかされ、更に下の肉の塊もミンチ肉にハンマーを叩きつけたかの様に飛散させられる。そして────


「…………は?」


 あっという間に黒い煙を上げて消え去っていく黒達磨。


 その様子に、二郷は拍子抜けしたような声を出してしまう。

 それは、無事に化物を倒せたから────ではない。化物が、余りに弱すぎたからだ。

 奥の手の塩を使っていないにも関わらず、これ程存在感の有る化物だというのに、手応えが『無さすぎる』。


「……いや、ンな事を考えてる場合じゃねぇな」


 違和感を覚えてはいるものの、自身が呆けている間に十字路の中央で待っている四乃が、襲われでもしては堪らない。

 そう考えた二郷は、即座に足を動かし再度四乃の元へと駆け戻る。


「っはぁ、っひぃ……! 悪ぃな、待たせちまって」

「……大丈夫。どれだけでも待つ」


 短時間で激しい運動をした結果、呼吸を大きく乱している二郷と、その背中を労わるように擦る四乃。

 四乃の労わりによって多少呼吸の回復を見せた二郷は、彼女へと向けて安心させるような笑顔を向ける。


「大丈夫だ。とりあえず、道は開いた。後は化物をぶちのめした方から逃げ────」


 先ほど化物を対峙した方向へと視線を動かした二郷……その表情が固まる。


『うむすぃるいうむし』


 視界の先、十字路の奥には────黒達磨が居た。

 今しがた、二郷が確かに撃破した筈の黒達磨が、同じ場所で、同じように蠢いていたのである。


「……は? な、んで」


 撃破した筈の化物が、復活している。その光景に混乱する二郷。


 幻覚。不死身。

 正体が霧か何かで物理が効かない。

 四匹同時に撃破しなければ倒しきれない。


 思考の中には同時に幾つかの可能性……ホラーアクション漫画で学んだ、様々な化物や怪物達の生態が過る。しかしながら、二郷の知識の中に黒達磨という化物が存在していない以上、真っすぐに正解に至る事は決して出来ない。

 ならば対抗策としては、思い当たる全ての対策を総当たりで試してみるしかないのだが……それには時間と道具があまりに足りない。

 前世の『青年』であればこんな状況にも対応出来るよう十全な用意をしていたのだが、今の『間宮二郷少年』の財力では、用意出来る道具の量は限られており、また、現在その少ないリソースは全て【モリガミサマ】対策として学校に配置されてしまっている。

 創意工夫をして、何とかして正解を導き出そうとしても……正解を引くまでに黒達磨達が、十字路の中央、二郷達が居る場所へと辿り着いてしまう可能性の方が高いだろう。

 二郷の経験上、こういった性質の怪異に目的地まで辿り着かれてしまうのは、不味い。一番不味い。


(『塩』を使えば倒せるかもしれねぇが、【モリガミサマ】に監視されている現状、使う訳にはいかねぇ。この手札は、ギリギリのギリギリまで晒せねぇし、そもそも出来れば使いたくねぇ。なら、どうする。どうすりゃいい……!)


 焦りつつも。ブツブツと呟きながら思考を纏め、何とか対策を捻り出そうとする二郷。


「…………話してみて」


 だが────そんな二郷に、彼の真横でじっと十字路の先を見ていた東雲四乃が、静かに話しかけた。


「……貴方に何が見えているか、教えて。……力になれるかもしれない」


 突然の四乃の提案に、困惑した表情を浮かべる二郷。

【モリガミサマ】に憑かれている以外は、普通の、何処にでも居る優しい少女である。

 四乃の事をそう認識している二郷は、四乃に余計な負担を掛けない為に、何でもないフリをして断ろうとする。


「あー、いや。大丈夫だ。心配要らねぇよ。ちっと驚く事はあったが……俺がなんとかしてやるから」

「……」


 しかし、そんな二郷の言葉を受けても変わらない、四乃からの真っすぐな視線。

 何も言わないからこそ、その視線に込められた不退転の意思の強さは二郷にも伝わる。

 十秒、二十秒。

 黒達磨達がにじり寄って来る中、二郷はそれでも何かを言おうと口を開閉していたが、しかし言葉は出てこず……やがて、諦めた様に目を瞑り口を開いた。


「っぐ────ああ、分かったよ、俺の負けだ」


 二郷は、ガシガシと頭を掻きながら言葉を続ける。


「四辻の向こうに、黒い雪達磨みてぇな骨の塊と肉の塊で出来た化物が居る。四体だ。その内一体を、俺はぶちのめした筈なんだが、どういう訳か戻って視たら復活してやがった。上手い対策法が思いつかねぇから、悩んでる」

「……その化物の肉と皮の塊の方は、溶けたりしていた?」

「肉と皮? いや……捩じれたり噛まれたみてぇな痕はあったが、溶けたみてぇな後は無かったな」

「……そう。……四辻、夕方……小さな頭蓋の集合体……噛まれてはいるけど、消化はされてない……消化が出来ていない」


 直近で見た黒達磨の容貌を思い出し、恐怖に表情が歪んでしまいそうになるのを必死に堪える二郷。

 そんな二郷の横で目を瞑り考え込む四乃。

 会話の間にも、時間は刻一刻と経過し、黒達磨達は更にその距離を縮めて来ている。

 二郷はその様子に焦り、諦めたように項垂れると……やむを得ず『塩』を使おうとして再び拳を構える。


「ッチ、仕方ねぇ。最悪の展開だが、こうなった以上はとっておきで────」


 しかし、二郷が動き出すその前に、目を開いた四乃が、二郷の拳に手を当て、そっと引かせた。四乃は静かに口を開く。


「……大丈夫。多分、分かった」

「は? 分かったってどういう……」

「……私が知ってる情報と、一致した」


 そう言った四乃は、戸惑う二郷を尻目に、自身の鞄からアルミホイルに包まれた拳程の大きさの物体を取り出した。

 そうして十字路の四角の一つへと向かうと、それを地面の上に開いて置いて……手を合わせた。


 それだけ。ただそれだけの行為。

 その直後である。


「────んなっ!?」


 二郷の視線の先。四辻に居た黒達磨達。


『あ、あ……まいやん』

『あい……がたーあいがた、あいがたーあいがた』

『たんでぃがーたんでぃ、たんでぃがーたんでぃ』

『まいぬふぁーいい』


 彼らを構成する全ての肉と頭蓋骨が、謎の言語を発し穏やかな笑顔を浮かべると……すっとその姿を消したのである。

 除霊でも滅魔でもない。まるで……成仏とでもいうかの様な光景。

 二郷は、自身が見たことが無いその光景に困惑しながら、未だに手を合わせていた四乃に声を掛ける。


「いやいやいや、オイオイオイ……なんだこれ、どういう訳だ!? ……なあ、アンタ。アンタが手を合わせたら化物どもが消えちまったんだが、一体何したんだ? この銀紙の中に、すげぇ強力な退魔の道具でも入ってたのか?」


 状況への困惑と、未知の霊具の可能性への少しの期待。

 それらの感情を抱えつつ四乃が置いた銀紙を見る二郷だが、少し開かれた銀紙の隙間から見えたその中身を認識して、首を傾げる。銀紙に包まれていたのは……


「こりゃあ……おにぎり、か?」

「……そう。貴方が沢山食べるかもしれないと思って、沢山作ったお握り……その残り」


 あまりに意外な事に、四乃が置いた銀紙の中身は只の『おにぎり』でしかなかった。

 只のおにぎりを置いて、手を合わせた。

 ただそれだけの行動で、不死身に見えた化物が消えてしまったというのだ。

 状況に対して、理解が及ばずに混乱する二郷。そんな二郷に向けて、四乃は淡々と語りだす。


「……多分、貴方が視たのは……『餓鬼』」

「は? 餓鬼? 餓鬼って……あの亡者の餓鬼か? ぬ〇べ~で見たのと随分違うんだがよ……」


 漫画ベースの二郷の知識に首を傾げつつも、四乃は言葉を続ける。


「……1922年。民話収集家の大学教授、番街桜花が書いた本『関東民話蒐集譚』に、似た話が有った。神奈川県倉木群逢見の伝承で……」


 四乃の語る本の内容によれば、かつて神奈川県倉木群逢見椎木村という場所において、逢魔ヶ時の四辻に餓鬼の群れが現れ、通りかかる牛や馬を襲い喰らったらしい。

 その餓鬼共は団子の様に集まり、狩った牛馬を喰らい、更にはお互いの肉を共食いまでしていたが、餓鬼の喉は針の如く細く飲み込む事が出来ず、消化されない血肉の塊は垂れ流され肉団子の様になっていたという。

 村人たちが鍬や鋤で突き殺しても際限なく生き返り、苦しみながら共食いを続ける。

 その姿を哀れに思った旅の僧が、食べ物を四辻の角に備えると、餓鬼はそれを食べる事が出来、僧侶に礼を言って成仏した────という話であった。


「……黄昏時は時折此処ではない何処かと繋がるから、そこから現世に紛れ込んだ四交道の餓鬼なのではないか……と本には書いてあった」


 淡々と語られる知識に、唖然としていた二郷であったが、やがて眉間を揉むようにし、言葉を絞り出す。


「あ……と。つまり、アンタは伝承から化物の正体を特定して、対応したって事か?」

「……そう」


 はっきりとしたその答えに、二郷は目を丸くする。

 二郷とて、その人生の大半を化物と関わってきた者。漫画以外にも、化物対策として様々な書物を読んできた。

 だがその二郷をして、世界の化物の余りの種類の多さ、情報の重複、加えて化物が持つ外見を欺く習性。それらの要素から、情報による特定をした上での対策をする事は困難であると、早々に諦め匙を投げたのだ。

 だからこそ生み出されたのが、現在の変態全部乗せ装備なのである。


「……家の倉には、【モリガミサマ】を何とかしようとした……『花嫁』に選ばれた、先祖の人達が集めた本が沢山有るから……私には、本を読むくらいしかすることが無かったから……だから知ってた」


 だというのに、四乃はそれを成したと、事も無げに言う。

 それは……その知識は、果たしてどれだけの絶望の果てに得たものなのだろうか。

 少しでも未来を諦めたくなくて、世界中から取り寄せられた本に目を通し記憶したのだろう。

 何かある筈だ。【モリガミサマ】への対処法がどこかに存在する筈だ。どうにかして、誰かと過ごせる未来を手に入れられる筈だ。そう思い、必死に怪異に対する知識を詰め込んだのだろう。

 そうして十代半ばにすら至らぬ少女が、たった一人で、ホラー漫画で情操教育を終えたような異常者である間宮二郷すらも及ばない知識を手に入れたのだ。

 そのうえで彼女は────どうしようもない。自分は助からないという結論を突き付けられたのである。


「……私、少しは貴方の役に立てた?」

「っ!?」


 眼前で二郷を見上げる、無表情ながらもどこか期待を込めたような顔つきの四乃。

 二郷は、そんな彼女を力強く抱き寄せる。


「────ああ、勿論だ。アンタすげぇよ、よくやった。アンタのお陰で、無事に切り抜けられた。ありがとう」


 抱き寄せられた事で、一瞬、驚いた様に体を固まらせた四乃であったが、直ぐに力を抜くと、嬉しそうに、二郷の胸元に軽く頭を擦り付けるようにしてみせた。

 その姿に、二郷は改めて覚悟を再認する。


(俺が────絶対に、助けてやる。どんな手を使っても、絶対に、アンタを日常に還してやる)


 差し込む夕日は沈み、街灯が光り出し、空には……【腐れ月】が相も変らぬ気味の悪い笑みを浮かべていた。






 ……尚、自宅に四乃を招く事に関しての懸念は瞬く間に解消された。

 家に帰ってみれば両親の姿は無く、机の上に


『急な親戚の葬儀で明後日の夜まで帰りません。ご飯は冷蔵庫に入れてあるから、温めて食べてね 母より』


 という手書きのメモが残されていたのだ。

 あまりのタイミングの良さに、五辻レイの介入を疑った二郷であったが、流石の【スイガラ】であろうと、急に遠方の親戚の生死の操作は出来ないだろうと首を振った。


 また、宿泊の際には、東雲四乃との様々な日常的な出来事……四乃が今度こそ時間を掛けた手料理を振舞ったり、寝る時に一緒の布団での睡眠を求め、最終的には同じ部屋で二郷がベッドの下に布団を敷いて寝る事になったり等という出来事も有ったのだが……余談となるのでそれは割愛する。


(何にせよ、残りの猶予はあと二日だ────それまでに、全部の対策を完全に終えねぇとな)


 四乃の寝息を感じながら、相変わらずの不眠症で眠れない二郷は、夜の帳の中で今後の計画を整理する。上手く行く筈だと。勝ちの目は有る筈だと。自分にそう言い聞かせながら。





 この時の間宮二郷は気付いていない。

 いや、間宮二郷だけではない。東雲四乃も。五辻レイすらも。

 誰もが気付いていなかった。





 犯してしまっている、決定的な過ちに。

 致命的な判断ミスに。



 それらが齎す──────絶望的な未来に、誰も気が付いていなかったのだ。














  き  ぐ   りが  だ      ぱ   たど   

    らみ  じ  な    愚ジ ヴ       きよ   で  げ   





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