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【番外編】 脳一ツ

番外編です。本編とは関わりはないので読まなくても影響はありません。

間宮二郷もいません。


 ぇ ぎ


 少女。番街里奈つがまち りなが目を覚ましたのは、夕暮れの教室であった。

 伏していた自身の机から頭を上げ、頬をなぞる涎の跡を慌ててポケットティッシュで拭いながら黒板横の時計を見れば、時刻は既に18時を回ってしまっている。


「うへっ!? ね、寝すぎた……もう、なんで誰も起こしてくれないかなぁ」


 五限の数学の授業の最中、多めに食べた昼食の糖分と、担当教師が語る呪文のような数式に抗いきれず、眠りの海に落ちてしまった事までは覚えている。

 どうやら里奈は、それからずっと眠り続けてしまっていたようだ。

 教師も旧友も、親切か不親切かは別として、ぐっすりと眠る里奈を起こすことはしなかったらしい。

 長いツインテールの赤みがかった髪をポリポリと搔きながら、席を立つ里奈。


「まあでも、久々にゆっくり眠れたし、それは良かったか。あの変な『夢』も見なかったし。くあぁ……」


 ────夢。


 欠伸をしながら言った言葉のとおり、最近、里奈は毎晩妙な夢を見ていた。

 それは、自身が幽霊になって教室に閉じ込められてしまう夢だ。


 教室では皆が普通に授業を受けているが、幽霊になった自分は、教室の隅からそれをじっと見る事しか出来ない。声を張り上げても誰にも気づいてもらえない。

 そうして騒いでいると、やがて背後から恐ろしい気配が近づいてくる。悍ましく恐ろしい気配。里奈はその正体が気になるが、なぜか振り向く事は出来ない。

 そうしている内に、気配は里奈のすぐ真後ろにまで近づいてきて────そこで、目を覚ます。


 一週間。里奈はこの夢を一週間もの間見ていた。

 当然の事ながら、気になった里奈はインターネットサイトや本を使って調べてみたが、そんな夢を見る心理状態など、どこにも記載されていなかった。

 友人にも相談してみたが、「あー、それは欲求不満で彼氏が欲しいだけですわ間違いないわ」等と笑い話にされて終わってしまった。

 このまま夢が続くようであれば、一度心療内科にでも行ってみようかと考えていた里奈であったが、この居眠りで久々に夢を見なかった事から、内心では大いに安堵していた。

 両腕を高く上げ、伸びをしてから席を立ち


「────お帰りですか?」


「!?」


 その背中に、不意に声をかけられた。驚いて躓きかけた里奈がとっさに背後を振り返ると、其処────自身の斜め後ろの席に、一人の少女が座っていた。


 学校指定の黒いセーラー服に、スカート丈は校則通りの膝下。髪を肩口で切り揃えている少女。

 其れは例えるのであれば、夜の沼の様な印象の少女だった。


「び、び、びっくりした。こんな時間まで誰かが残ってるなんて思わなくて……ええと」

「どうも。僕は■■■■です。貴女のクラスメイトですよ」

「……。ああ、そうか……そういえばそうだったよね。ごめん、寝ぼけてたみたい。そうだね、クラスメイトだった」


 一瞬、少女の名前が思い出せなかった里奈は、両掌を合わせて軽い調子で謝りながら尋ねる。


「ええと、■■さんはなんでこんな時間まで残ってるの?」


 自分の様に寝過ごしたのであればともかく、部活動をしている様でもないのに、この時間まで教室に居るのは奇妙である。

 そう思った里奈の問いに対して、少女は机の上のA4用紙を手に取り見せてくる。


「補習です。数学のテストの成績が良くありませんでしたので」

「え!? 補習って……こんな時間まで? もうすぐ夜だよ?」

「はい────ええ。実は僕は頭が悪いので、何時までも答えが出せないんですよ。ですから仕方ありません」


 少女のその答えに、里奈は目を見開く。そして、少女の机の上に両手を付くと


「ダメだよ! これ以上帰りが遅くなったら危ないよ!? 暗くなったら不審者が出るかもしれないし! それに、補習でこんな時間まで居残りさせるのは体罰だよ! 全く、先生は何考えてんの!?」


 そう言って、里奈は少女の机の上の筆記用具を勝手にペンケースへと仕舞うと、それを少女のカバンに入れて自らの手を少女へと向けて差し出す。


「ほら、一緒に帰ろ? 大丈夫、先生には私が明日バシッと言ってあげるから!」

「……」


 からりとした笑みでそう言う里奈の手。少女はしばしの間考え込んでいたが、やがて里奈の手を取った。




「■■さん、手冷たいねぇ。大丈夫? 手袋とか貸そうか?」

「いえいえ、心配は不要ですよ。平均体温が低いだけですから」

「そっかぁ、まあ手が冷たい人は心が温かいっていうからね。あれ? そう考えると私体温高いから冷たい人ってコト!?」


 たわいない会話を繰り広げながら、二人は誰もいない廊下に足音を響かせ歩いていく。

 里奈が前で、右手を引かれている少女は後ろ。窓の外は夕日もすっかり沈み、墨を落としたような先の見えない暗闇だけが広がっている。


(すっかり暗くなっちゃったなぁ……)


 ……人の気配のない校舎というものは、不気味なものだ。昼間の喧騒と夜の静寂の落差は、ここが異界であるかのような不安を与える。

 天井の蛍光灯の青白い明りは、リノリウムの廊下の冷たさに対してあまりにも頼りない。

 少女の手を引いて前を歩く里奈もそれを感じており、内心では少女が一緒に居てくれる事に安堵をしていた。


 そうして廊下を歩いていた二人だが、渡り廊下に差し掛かったあたりで少女が不意に口を開く。


「学校というものは、ルールが多すぎる。そう思ったことはありませんか?」

「……え? 何、突然」

「単なる雑談ですよ。道中の寂しさを紛らわせようと思いまして」


 かけられた言葉に、歩きながら顎に指を当て、しばらく考え込んでから里奈は返事を返す。


「まあ、確かにね。スカート丈はひざ下、とか、髪は染めるな、メイクはするな、男女交際は禁止、みたいな校則とか、部活の後輩は早く来て準備をするとか、先輩の世話をするとか。考えてみると結構ルールで雁字搦めだよね。ははは」

「そうですね。しかも、その全てが正しいとは限らない。この学校も、校則で15年程前までは男子は坊主頭、女子はおかっぱか三つ編みが義務づけられていたようですよ」

「うへぇ!? それ、本当? やだなぁ。髪型を坊主とか三つ編みにしたからって何が変わるんだいっての」


 けらけらと笑う里奈に対し、少女は更に続ける。


「ですが逆に……必ず守らないといけない校則もあります。煙草はいけない、飲酒はいけない、生物室の奥の黒いビニールを被せた瓶の中身を見てはいけない、等」

「……ん? いや、お酒と煙草はわかるけど、生物室のビニール袋って何? あ、ひょっとして中に男子がえっちな本でも隠してるの?」


 突拍子もない少女の言葉を、冗談なのだろうと思い苦笑する里奈であったが、少女は世間話をするような調子で抑揚無く続ける。


「バラバラ殺人事件があったんですよ。少女の死体が瓶に詰められていたんです。犯人はまだ見つかっておらず、蓋が溶接された瓶を壊したら中身の少女が『流れ出てしまう』ので、現場保存の為に瓶を捨てることも動かすこともできず、黒いビニールで隠して生物室に置いておくしかない。という訳ですね」


 冗談にしてはあまりに気味の悪い少女の話に、里奈は思わず唾を飲み込み少し早足になる。


「や、やだなぁ急に怖い話するのやめてよ。私、ホラーとか苦手なんですけど? ていうか、そんな事件聞いたこともないし、そんな変な校則ある訳────ひやっ!?」


 そう言いかけた里奈の目の前に、急に何かが現れる。

 それは、生徒手帳であった。

 背後を歩いていた少女が、後ろから生徒手帳を持った右手を里奈の目の前に回し、開いた手帳のページを見せているのである。



『 辻中学校則4項13条────健全ナ学生生活ノ為、生徒ハ、生物室ノ瓶ヲ開ケルベカラズ。違反ノ場合ハ指一ツ』



「……え?」


 そこには、先ほど少女が口にした校則が、確かに記載されていた。


「ほら。嘘じゃないでしょう?」


 耳元でそう言う少女の声に、里奈は寒気を覚える。


「ね、ねぇ……なにそれ、指って……?」

「それでは、次の校則も読んでみてください」


 振り返ろうとするが、少女の言葉がそれを遮り、流されるままに里奈はおずおずと視線を生徒手帳へと戻す。



『  中学校則4項14条────生徒ハ理由無ク十九時以降二内二残ルベカラズ。違反ノ場合ハ腕一ツ』


『  中学校則4項15条────教師ト生徒ハ夜間ノ渡リ廊下ニテ天井ヲ見上ゲルベカラズ。違反ノ場合ハ足二ツ』


『  中学校則4項16条────生徒ハ夜間ノ校舎ニテ電話ヲ使フベカラズ。違反ノ場合ハ耳一ツ』



「何……なんなのこれ……?」


 気味の悪い文章の羅列に、里奈は冷や汗を流す。そして、同時に思う。

 自分の生徒手帳にはこんな事は書いていなかった筈だ。こんな奇妙な手帳を持っている少女は何者なのだと。

 いや……そもそも、今自分が手を掴んでいる、背後を歩いているこの少女は……本当に人間なのだろうか、と。


「貴女、何────」


 言葉とともに里奈が振り返る、その前に、手帳を持つ少女の手の指が動き、生徒手帳の校則の一つを指し示した。



『  中学校則4項17条────夜間校舎デ振リ返ルベカラズ。違反ノ場合ハ脳一ツ』



 里奈の背筋が泡立つ。

 氷水を浴びせられたように、全身が寒気を覚える。


(やだ……怖い、怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い──────何、何なの? この子、何がしたいの? だって同じクラスのクラスメイトでしょ? ■■ちゃんは……)


 そこで、里奈の思考が一瞬止まる。



(………………■■ちゃんって、誰? 私の席の、斜め後ろの子は、先月事故で死んだよ?)




「いけませんよ、校則は守らないと」



 その瞬間。耳元で声がして、里奈が握っていた冷たい少女の右手が、強く握られる。

 里奈の目の前で生徒手帳を持っているその手も、右手であるというのに。



「う、い、いやああああああああああ!!!!!!!」



 握っていた手を振り払い、わき目も降らずに走り出す里奈。

 渡り廊下を抜け、玄関で靴を履き替えるのすら忘れて飛び出し、何度も転びながら校門を抜けて駆けて行く。

 そうしてその背中は、夜の街の闇の中に消えていった。








 後日。里奈が登校をすると、■■などという少女は誰も知らず、斜め後ろの席には菊の花が花瓶に生けられているだけだった。

 幽霊になる夢も、あれから一度も見ていない。



 ただ、生物室には確かに黒いビニール袋があった。

 里奈は、卒業するまで、その中身を見ようとしなかった。





















 走り逃げていく里奈の背中を、校舎の中から■■■■は見送る。

 その顔には、白地に笑顔の表情が描かれた仮面が付けられている。

 そして、そんな少女の隣には、長い白髪を床まで伸ばした半透明の白い少女が立っていた。

 髪で顔が隠れている白い少女は、時々ノイズが走ったかのようにその姿を歪ませながら、■■■■の耳元で何事かを呟き続けている。


『──。―。──。────―』

「『波長が合った』相手が離れて行って悔しいのかもしれませんが、僕にその責任を求められても困りますねぇ。僕は、親切にしてくれた彼女に校則を教えてあげただけですよ」


 そう言って、白い少女の体をすり抜け校舎の中に戻っていく■■■■。

 白い少女はその背に手を伸ばすが、やはりすり抜けて触れる事は出来ない。



「ダメですよ、貴女の代わりにはなれません。だって僕は────化物ですので」


 ■■■■が戻っていく校舎の中は、その全てが血に染まったかの様に真っ赤だった。





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― 新着の感想 ―
あけましておめでとうございます。 あとお帰りなさい。あなたの後ろでずっと待ってました。(ちょっとホラー風に)
情けは人の為ならず。 親切にしたおかげで、脅す事で助けてくれたのかしら?
久々の更新嬉しいです! これは……スイガラのエピなのかな? 本編の更新も楽しみに待ってます!
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