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第一章 惑い

「ってことで、青短の皆さん頑張ってくださーい」

 扉を開きながら呼びかけた綴祈は、部屋の中を見渡し目を丸くする。

「あれ、モミジとボタンは?」

「もう現場に向かったよ」

 綴祈が問いかけると、一人の少女――如月が顔を上げずに答えた。その手元はパソコンの画面によって隠されている。

「早いなー、まだ何にも説明してないよ」

 綴祈は脇に抱えていたファイルを近くにあったデスクに置き、歩を進める。

「ところで、如月ちゃんはこんな夜中に何を食べているのかな?」

足を止めた先、プリンを頬張っている如月の前で綴祈は腰を下ろした。

「三時のおやつ」

 同じ目線にある綴祈の顔をしっかりと見つめ、半分ほどなくなったプリンの容器を差し出す。

「その蓋に書いてある文字は読める?」

 綴祈の問いかけに如月はほうかっていた蓋を手にし、まじまじと見つめる。そこには〈つづき〉と油性ペンで大きく書かれていた。

「?」

 キョトンとした目で首を傾げる如月に、綴祈は困ったように微笑みながらため息をつく。

「美味しかったならよかった」

 不安そうにこちらを見つめる如月に対し優しい手つきで頭を撫でながら、綴祈は心の中で次プリンを買う時は多めに用意しようと決意した。

「そしてさっきから寝てばかりいる君はどうしたのかな?」

 如月の頭を撫でていた手を止め、ソファに寝転がって微動だにしない人物に問いかけるが返答はない。

「どうしたのかな?」

 顔を限界まで覗き込み頭を引っ叩きながら問いただす。すると、少しした後ゆっくりと瞼を開いた。

「あー、おはよ」

「ものすごくおそようさま」

 目を擦りながら起き上がった青年ーー弥生は綴祈を視界に捉えると、少しムッとした表情で挨拶をする。

「僕なんで起こされたの? 今日の依頼は青短が担当するんでしょ」

 僕関係ないじゃんと不機嫌オーラを撒き散らしながら弥生は足を組んだ。その隣に座り、少し低い位置にある弥生の瞳を見つめながら綴祈はニヤッと笑う。

「寝てばかりいる子は身長伸びないよ?」

 明らかに馬鹿にされていることを感じとった弥生は、ソファから立ち上がると綴祈を睨みつけ、足音を立てながら部屋から去っていった。

「あちゃー、怒らせすぎちゃったかな」

 弥生が去っていった方向を見つめ綴祈は申し訳なさそうに呟く。その様子を見つめていた如月が弥生を連れ戻しに行こうと席を立った瞬間、扉がゆっくりと開いた。

「あれ、綴祈さんいたんだ」

 扉から顔をのぞかせた紫髪の女性、否、男性ーーキクは綴祈の顔を見て目を見開く。

「キク、めっちゃいい所に来てくれたよ」

 満面の笑みで歓迎をする綴祈に対し、キクは瞳を輝かせながら綴祈へと近づいた。

「え? なになに? ボクに会いたかったの?」

 上目遣いで見つめてくるキクに綴祈は「はい」とファイルを差し出す。

「ん??」

「これ、今回の依頼の資料。モミジとボタンにも目を通すよう伝えといて」

 キクは綴祈から渡された資料を手に、下を向いたまま固まった。

「……つまりパシリってこと?」

 しばらくして、ようやく動き出したキクは顔を上げ綴祈へと問いかける。

「そうとも言うね」

 さらりと言いのけた綴祈に対し、キクは頬をふくらませながら詰め寄った。

「綴祈さんって、ボクのこといつもいいように使うよね」

 ふてくされた顔で嘆くキクの声はどこか悲しさを含んでいる。

「キクにしか頼めない仕事なんだけどな……」

 それに気づいた綴祈はキクの瞳を見つめながら甘えるように呟いた。特別扱いに弱いキクは綴祈の言葉を聞いた瞬間、嬉しそうに微笑む。

「まあ、及第点かな。この資料はちゃんとモミジとボタンに渡しとくよ」

 資料をひらひらと振りながらキクは自分のデスクに置いていたバイクの鍵を手にすると、扉へと向かった。そして綴祈の方を振り返る。

「今度ボクのお願いも聞いてよね」

 そう一言こぼし「じゃあねー」と去っていった。扉が閉まる様子を見つめながら綴祈は頭を搔く。

「どんなお願いをされることやら」

 困った表情をしながらもどこか楽しげな声音で呟いた後、自身のデスクへと向かった。

「……どっか行くの?」

 ほとんど寝ていた如月が目を擦りながら問いかける。

「別件でね」

 椅子にかけていた上着を身にまとい車のカギを手にした綴祈は、引き出しから取り出した小さな箱を大切そうに懐にしまった。

「後は任せたよ」

 そう言い残すと、振り返ることなく部屋を出ていく。

「うん」

 その様子をただじっと見つめていた如月の瞳が少し揺らいだ。


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