新天地アデリオール王国
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物質転移を行いながら、客船は三日後には西方大陸の東の玄関口と言われるクルシオ王国の港町へと到着した。
そこで入国手続きを取るのだが、
転倒し腰を傷めた事で知り合った老婦人ミス・ポワンフルが雇用目的として連れて来たと口添えをしてくれた事により、身分証の提示と手荷物と身体チェックのみ十分足らずで済んだ。
「ミス・ポワンフル、ありがとうございます」
「礼を言われるような事はしちゃいないよ。アンタにはホントに下宿の手伝いもさせようと思ってるんだから当然の事をしただけさ」
ミス・ポワンフルは御年七十八歳。
そんなお年で何故お一人で東方に来たのか、菫はそれを訊ねてみたいと思ったが、出会ったばかりの人にそこまで個人的な事を訊くのは憚られるのでやめておいた。
ミス・ポワンフルもそう思っているのだろう。
現に彼女も菫が他国へ移り住む事情を一切訊いてこなかった。
そしてクルシオから更に物質転移を行える長距離馬車に乗ること一日。
菫が人生をやり直す地と決めたアデリオール王国へと到着した。
長距離馬車の巨大なターミナル駅に降り立つ菫。
「わぁ……!」
ーーアデリオールが豊かな国だというのは本当なんだわ……!
東和州も豊かな国でその街並みの美しさは東方の金剛石と呼ばれているが、
このアデリオール王都の荘厳で美しい街並みに菫は思わず感嘆の声をあげた。
「やっぱり青い瞳をしている人が多いのね……」
淡い色から濃い色合いの青い瞳を持つ人間の多さに、菫はドキドキして見つめていた。
青い瞳は彼の色……。
まだどうしてもそんな事を考えてしまう。
そんな女々しい自分を振り払うように首を振ったその視線の先に、銀髪に赤い瞳をもった壮年の素敵な男性を見つけた。
東和には絶対にいない人種だ。
新緑の瞳や紫水晶の瞳を持つ人もいる。
「すごい……!」
そうやって、如何にもお上りさん宜しく興味深そうにキョロキョロと辺りを見回す菫にミス・ポワンフルが言った。
「何ぼやぼやしてるんだい、ほらこっちだよ。ウチの下宿の店子が迎えに来ているはずだ」
「店子さんが迎えに来てくださるんですか?」
「その子は魔術学園の生徒でね。もっとももうすぐ卒業する最上級生だけどもさ、転移魔法が使えるから頼んでおいたのさ」
「そうなんですね」
「あ、ホラあそこに居たよ」
ミス・ポワンフルが斜め前方に目を遣る。
その視線を辿るようにして菫もその人物を見た。
ミス・ポワンフルが「あの子」なんて呼ぶから菫はてっきり女子生徒を想像していたのに、そこにいるのは長身でかなり見目のよい青年だった。
「わざわざすまないね」
ミス・ポワンフルが杖を振ってその青年に声を掛ける。
それに気付き、青年は柔らかい笑みを浮かべてこちらへ近付いて来た。
「おかえりなさいポワンフルさん。長旅お疲れ様でした。あれ?そちらの方は?」
青年は菫を見てミス・ポワンフルに訊ねた。
自分を見る青年の目が優しげな事に、菫は少しだけ安堵する。
ミス・ポワンフルは菫に目をやり、そして言った。
「ほれスミレ、自分で挨拶しな。大陸公用語のハイラント語で大丈夫だよ」
「は、はい。初めまして、弓削…スミレ=ユゲと申します。東和州からミス・ポワンフルの下宿でお世話になる為に参りました。不束者ではありますがどうぞよろしくお願い申し上げます!」
一気にそう告げて、菫は勢いよく頭を下げた。
そんな菫に青年はアデリオール語ではなくハイラント語で返してくれる。
「スミレさんですね。俺が通う魔術学園にも東方人の生徒もいるので少しは東方語もわかりますよ。こちらこそ初めまして、ハルジオ=バイスです。どうぞよろしく」
「ハルジオさん……」
“ハルジ”という響きにどこか既視感を感じるが、それはきっと東和には“治二”や“春治”という名の男性が多いからだろう。
妓楼でも姐さん方が「治二の旦那」と称しているのをよく耳にしていた。
なんだか親近感の湧く名を持つその青年に、菫の緊張感は弛緩した。
「お互い紹介は済んだかい?それならそろそろ帰りたいんだけどね。私ゃもうヘトヘトだよ」
ミス・ポワンフルの訴えにハルジオは破顔して答えた。
「ごめんごめん、さぁ早く帰ろ。二人とも俺に掴まって」
そう言われ、ミス・ポワンフルは無遠慮にハルジオの魔術学園の制服のブレザーを掴んだ。
「ほら、スミレさんも」
「は、はい……では失礼します……」
ハルジオに促され、菫は逡巡しながらもハルジオに触れた。
思えば若君以外の男性に服越しにでも触れるのは初めてである。
その菫から感じ取ったものに、ハルジオは反応した。
「あれ、スミレさん魔力持ち?」
「ええ、はい。わたしも異能…魔力保有者です。本当は至近距離なら私も転移の術を使えるのですが、今は少し使えなくて……お世話になります」
「そうなんだね、全然気にしないで。じゃあ行くよ」
ハルジオはそう言って、菫とミス・ポワンフルを連れて転移した。
どこかへ引き込まれる感覚。
転移の術と転移魔法は呼び方が違うだけでやっぱり同じ術なのだなと変なところで感心した。
次に足が接地した場所は、
古いが中々に大きな木造建物の前であった。
「さ、着いたよ。ここが私の城、アパートメント・ポワンフルさ」
「ここが……」
菫はアパートメント・ポワンフルと紹介された建物を見上げた。
ペンキで塗られた木の白壁に濃いグリーンの屋根の木造二階建て。
それがこれから菫が暮らす、新たな居場所であった。