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決意

「桔梗、お前の身請けが決まりましたよ」


紫檀楼の女将、女郎花(おみなえし)が言った。


桔梗の君こと菫が女将に訊ねる。


「お母さま、身請けしてくださる方はやはり……」


「ええ。若様よ」


「……そうですか……」


「三日後に若様の使いの者が迎えに来てくださるそうよ。あなたは他に馴染みの客もいないし、後腐れなく此処を出て行けますね」


「菊莉と菊香は……」


「牡丹が引き受けてくれる事になったわ」


「牡丹姐さんが……良かった」


二の花である牡丹の君は菫よりも三つ年上の売れっ子の遊君だ。


気性が優しく思慮深い。

きっと桔梗の禿も新造になるまできちんと面倒を見てくれる事だろう。


菫は女将の部屋を出て、その足で牡丹の部屋へと行った。


丁度部屋の前で牡丹の禿と行き交う。


「あ、桔梗姐さん」


「牡丹姐さんは起きておいでかしら?」


「起きてますよ。お声かけしますね」


牡丹の禿はそう言って部屋へと入って行った。


するとすぐにひょっこりと顔を出して菫に言う。


「牡丹姐さんがおいでなんし、ですって」


そう言いながらまだおぼこさの残る手で菫の手を引いた。


菫が部屋に入ると西方の国より取り寄せたソファーに座っている牡丹が菫を見て微笑んだ。


「桔梗~」


牡丹のふんわりとした声が菫に届く。


「突然ごめんなさい牡丹姐さん」


「気にする必要はありんせん。禿の事でありんしょ?」


「ええ。菊莉と菊香の事、ありがとうございます。二人をどうか、どうかよろしくお願いします。新造となるまで、私が二人を見てあげられれば良かったのですが……」


「仕方ありんせん。若君も微妙な時期で急ぎたいのでありんしょ」


「……え、ええ」


菫の様子を見た牡丹は菫の手を握り、優しい笑みを浮かべた。


「桔梗。わっちらのような女は、身の置かれ方を気にしては駄目でありんす。どんな立場でありんしても、間夫(マブ)…じゃありんせんね、旦那さんと仲良くしんなんせ」


「はい。わかりました。牡丹姐さん、ありがとうございます」


もう一度礼を言って、菫は牡丹の部屋を後にした。



ーー微妙な……時期、か………


菫は心の中で呟く。


以前なら若君は少なくとも週に一度は必ず紫檀楼を訪れていた。


それが突然訪いが途切れた。もうすぐひと月になる。


その直後のご成婚の報せ。


すとん、と腑に落ちた。



若君はこの関係を精算するつもりなのだと。


身請けは幼馴染であり元婚約者であった菫への最後の手向け。


三日後、迎えの者が此処へ来て、紫檀楼から身請けされればその後は放逐されるのだろう。


別に大した事ではない。

三年前の状態に戻るだけだ。


でもただの三年前とは違う。

今の菫は無一文ではない。


紫檀楼で働く者が文を出す時に代筆をしたり、昔学んだ西方の言葉、とくに大陸公用語のハイラント語を遊君たちに教えて、その時の感謝料として受け取ったお金がある。


それを路銀に新天地へ行く事くらいは出来る筈だ。


このように前向きに考える事が出来るのもまた三年前とは違うところだ。


豊富な蔵書量を誇る紫檀楼の図書室で沢山の本を読んだ。

その中でもしもの時の為の身のふり方を考え、調べていたのだ。


菫は身請けされたら、語学を活かして西方大陸へ行くつもりだ。


彼のいない遠い地で、彼のいない人生を受け入れて生きてゆくつもりなのだ。


この国にいる限り、どうしても州主の一族である彼とその隣に並び立つ女性の姿を目にする事になる。


いずれはその事を自然に受け入れられるようになるのだろう。

だけど少なくとも今はまだ、とてもじゃないがその光景を真面(まとも)な心境で見られる自信がない。



そこまで考えて菫はふいに自嘲した。


本来なら三年前に終わっていたはずだ。 


だけど彼の温情で三年も時を貰えた。



もう充分じゃないか。菫はそう、思う事にした。




そう思っていたのに。



「桔梗姐さん、姐さんの旦那さんから文がきてますよ」


菊莉がそう言いながら一通の文を差し出してきた。



「え?若君から……?」


文なんて、婚約者時代、彼が留学していた時に貰って以来だ。


菫は逸る気持ちを落ち着けながら文を開く。



するとそこには端的に、


[身請け後は州都から離れ、斑雪(はだれ)の里で暮らせ。住む家と金は用意してある。桐生をそちらに向かわせるから、その指示に従うように。落ち着いたら連絡する]



とだけ、書かれていた。


菫は文に書かれている彼の名を指で触れる。



ーー私を州都から離し、鄙びた人里に住まわせるつもりなの……?


落ち着いたら連絡するという“落ち着く”とは、


婚姻の儀を終えてからの事なのだろう。



ーー彼は私を妾にするつもりなのかしら……。



そんな事をして、誰が幸せになれるというのだろう。


彼も菫も、正妻となる女性も、誰の為にもならない。



彼には真っ当に、陽の光の下だけを歩いてほしい。


日陰の女を囲うような後ろ暗い男にはなって欲しくない。


菫は彼の屈託なく笑う様が好きだった。



ーーあの人の人生から消えなくては。



菫は身請けと同時に出奔を決意した。







ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




東亜連邦は三つの州で形成されております。


一つはヒロインの生まれ育った東和州。

こちらのモデルはもちのろん日本です。


そして二つ目の州は『漢麗州』。

こちらのモデルは中国と韓国です。


そして三つ目が『南亜州』

こちらのモデルは東南アジアの国々となっております。


●噂のアズマ夫妻でヒロインのメルシェが夢中になっていた時代劇はもちろん、東和州のものです。


西方大陸の諸国との交易や文化交流が盛んな東和州が、

西方諸国から東方の国と評されているようです。



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