愛しい日々をあなたに〜魔法省特務課の事件簿〜 レガルドは限界だった
「ねぇリー様、私の為に必死になってくださって、なんとお礼を申し上げていいのか……」
「あー……仕事ですからね……」
「ずっと私を守ってくれてありがとう」
「あー……仕事ですからねー……」
「いつも一緒に居てくれて、本当に嬉しいの」
「あー……仕事ですからねー……………」
「もう!リー様ったらこの頃変ですわっ!何を言っても上の空で、ブツブツ何かひとり言を仰って!一体どうなさったのっ?」
「あー……仕事ですからね…………………………」
レガルドは今、今というよりずっと、この目の前にいるリエンヌ=ノリス(16)の警護の為に展開した異空間結界の中に居る。
レガルドがノリス家の屋敷に入った途端に魔力の波動を感じ、咄嗟に結界を張った。
が、相手の魔術はレガルドの結界をいとも容易く侵食してくる。
これは並大抵の魔術ではないと判断したレガルドが、李亥家の者だけが扱う事が許される異空間結界を展開させたのだ。
レガルドが加護を受ける守護神亥羅守、通称お亥羅様の住む異空間の一画を召喚し、その中に入って身を守るという結界術だ。
その結界の中のみ、別のフェーズの空間であるからして、この世界のあらゆる干渉を防げる。
結界を召喚した術者もその場に居なくてはならないという欠点があるが。
しかしどういう事なのか、おそらくリエンヌの祖父を殺した遠隔魔術と同じものであると見受けられるが、その攻撃が絶え間なく切れ目なく雨が降り続けるかの如くずっと続いているのだ。
この魔術攻撃を受け続けている限り結界を解く訳にはいかない。
その為レガルドは愛する妻子の元にも帰れず、ずーっとこうして警護対象者である証人のリエンヌ=ノリスと共にいるわけなのだが……。
レガルドはもう限界にきていた。
魔力量や体力ではない、
愛する菫や、目の中入れても痛くないほど…いやもう常に目の中に入れて暮らしたいと思うほど可愛い娘の蕾と会えない日々が続き、レガルドの精神状態は既に限界値を超えていたのだ。
「リー様?」
「菫に会いたいちゅぼみに会いたい菫に会いたいちゅぼみに会いたい菫を抱きたいちゅぼみに会いたい菫を吸いたいちゅぼみに会いたい」
「リ、リー様っ?」
とうとうブツクサとうわ言の様に呟き出したレガルドにリエンヌは驚きの眼差しを向けている。
丁度その時、使いに出していた侍女のカーラが戻って来た。
「お嬢様」
部屋の入り口からリエンヌを呼ぶ。
リエンヌの自室が異空間と化しているため外部から入る事は叶わないが、会話などは出来るようになっている。
異空間結界の中の人間はその世界の時間軸の中で時を刻む事となり、異空間とは違う時間の流れの中で生きているレガルドとリエンヌの肉体は時が止まっているのと同じ状態となっているのだ。
従ってトイレの問題も食事の問題も一切ない。
しかし精神的なものは外の世界と同じ時間軸で生きている。
もう十日も、レガルドは最愛の妻子に会えていない。
それでレガルドは妻子欠乏症に陥っているという訳なのだ。
リエンヌはカーラの元へと駆け寄った。
二人の間には見えない壁の様なものが存在している。
「カーラ、どうだった?リー様の妻には会えたの?」
「ええ……お嬢様、会えましたが……」
「どうしたの?浮かない顔をして」
「とても分が悪いように思えました……」
「分が悪い?どうして?」
「リー様の奥方は……もの凄い美人でございました……東方人である事もさらに神秘的で……あのような美しい人をワタクシは見たことはありません」
「な、な、なによっ…美人だからどうだというのよっ!私の方が若いものっ!それにリー様はこんなにも必死に守ってくれて、きっと彼も私に惹かれているのよっ。そうに違いないわっ」
「でも奥方はお子も身籠ってましたよ、夫婦仲も良さそうでした……」
「な、何よ何よ何よっ!私の方がずっとリー様が好きなんだからっ!」
「お嬢様……そうです!お嬢様には若さと、このノリス子爵家のご令嬢たる身分もございます!それを武器に縁談を迫ればきっとリー様はお嬢様を選ばれるに決まってます!」
「そ、そうよねっ!」
「お嬢様、この預かって来たリー様の着替えを使って、まずは揺さぶりをかけましょう」
「揺さぶり?」
「言葉巧みに夫婦仲に亀裂を生じさせるのです」
「なるほど!カーラ、あなた天才ね!」
「恐れ入ります」
「でもどうすればいいの?」
「お嬢様、お耳を拝借……」
そう言って、カーラは何やらをリエンヌに耳打ちする。
リエンヌは思わず笑みを零してそれを聞いていた。
そして早速、カーラからレガルドの着替えが入った風呂敷を受け取りまだ何やらブツクサ言っているレガルドの元へと行った。
「リー様、当家の侍女がリー様のご自宅へ行き、着替えを受け取って参りましたわ」
「…………へ?」
自宅と聞き、レガルドが直ぐに反応する。
そしてリエンヌが持っていた風呂敷に視線を落とした。
「これ、リー様の奥様という人から預かって来ました」
「!!」
レガルドは目にも止まらぬ速さでその風呂敷包みをリエンヌの手から奪い取っていた。
当のリエンヌがしばらく気付かないほどの速さで。
そしてレガルドは何やら急くように風呂敷を開ける。
風呂敷包みの中にはきちんと折り畳まれた清潔な肌着や着替えが入っていた。
「………菫…………」
レガルドが黙ってそれを見ている側でリエンヌが鷹揚に告げた。
「奥様ってドライな方なのですね?侍女が言ってましたけど、リー様がいらっしゃらなくても平気そうにされていたそうですわよ?」
「………菫…………」
「失礼ですけど、奥様ってリー様の事をあんまりお好きなのではないのでは?お綺麗な方らしいけど、美人って冷たい人が多いって言いますものね」
「………………は?」
「お可哀想なリー様。冷たい奥様を持たれて……私なら絶対にリー様に相応しい妻になれますのに」
「……………あ゛?」
「え?」
レガルドの声がワントーンもツートーンも下がったのを聞き、リエンヌは驚いた。
レガルドは声のトーンが落ちたままリエンヌに言う。
「誰が冷たいだと……?」
「え?え?それは……もちろん、リー様の奥様ですわっ……ねぇそうよね?カーラ?」
レガルドのまとう空気感が一気に変わった事に狼狽えるリエンヌが助け舟を求めてカーラに言った。
カーラはそれに頷きながら肯定する。
「ええそうです!リー様がしばらく帰らないと言っても平気そうでしたわっ!平気そうに笑って、それがとっても冷たく感じましたものっ!」
「へぇ………」
レガルドがゆらりと立ち上がった。
「リ、リー様……?」
リエンヌが目の前に立つレガルドを訝しげに見つめる。
ただならぬ圧と冷気を感じるのは気の所為だろうか……?
そして一切の感情と温度を感じさせない声色でレガルドが言った。
「阿呆らし。やめだやめだ、俺は帰るぞ」
誤字脱字、すみませんT^T
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