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桔梗の髪



西方大陸より針路を東へ。

広大な海を隔てたそこに東方大陸が存在する。


大小様々な国々が(ひしめ)く西方大陸と違い、

東方大陸はその陸地の全てが一つの国として纏まっている。


西方大陸の国々では一般的に『東方の国』と称されているが、正式には『東和連邦国』。

三つの大きな州から形成される大国である。


中でも東方大陸の極東に位置する『東和州』。


西方大陸の人間にとって、この『東和州』こそが『東方の国』と主に認識している連邦の頭となる州であった。


その東和の州都(しゅうと)(州の君主または長、以後州主(しゅうす)と呼ぶ。の居城が在する街)に、紫檀楼(したんろう)という妓楼(ぎろう)がある。


その紫檀楼に咲く花と呼ばれる遊君(ゆうくん)(遊女、娼婦)を一夜(ひとよ)手折るのに、庶民がひと月は暮らせるほどの花代を払わねばならないらしい。

紫檀楼は東和州で最も格式の高い、謂わば高級娼館であった。


紫檀楼の遊君といえばその美貌はさることながら、

芸事(げいごと)や教養そして所作や作法その全てが、名のある家門に嫁いだとしてもなんの遜色もない完璧な女性たちなのである。


現在、紫檀楼の遊君は五名。


皆それぞれ花や樹木の名を源氏名に持つ。


一の花 (えんじゅ)(きみ)


ニの花 牡丹の君


三の花 (からたち)の君


四の花 梔子(くちなし)の君


五の花 桔梗の君


生まれや育ちは様々なれど皆、類稀なる美しさを誇る遊び()たちであった。


その中の一人、“桔梗の君”と呼ばれる遊君。


人々は彼女をこうも称した。


「一輪挿しの君」と。


目を剥くほどの花代を支払えば一夜の逢瀬を手にする事が出来る他の遊君とは違い、

彼女に触れる事が出来るのはただ一人。

東和州の州主の次男坊、二の若君だけであった。


ただ一人の男に愛でられ、活けられる花。


それを揶揄した名でも時折呼ばれるようになっているという、

「一輪挿しの君」こと桔梗の君。


彼女こそがこの物語の主人公、本名弓削(ゆげ)(すみれ)である。


菫は今年で十九歳になる。


元は州主に古くから仕える名家の娘であった。


しかし父親が謀反の罪で処刑された事により家はお取り潰しに遭い、一家は離散させられた。

菫が十七の時の事であった。


菫は二の若君の婚約者であったが当然婚約は破棄となり、家も財も身分も全てを失った。


良家の娘として育った菫がいきなり着の身着のまま放り出されてどうして生きてゆけようか。


身を売るか命を捨てるか。


この二つの選択が頭に過ぎった時、

ふいに後ろから羽交締めにされ、何やら術式めいたものを耳元で囁かれた。


途端に意識が薄れてゆく。

その遠退いてゆく(うつつ)の中で、その声がよく聞き知った声であった事が菫から恐怖を払拭した。


ーー…………さ、ま……?



そしてそのまま、暗転した。




次に目を覚ますと、そこは見知らぬ瀟洒な部屋の中であった。


菫がぼんやりとする頭を擡げて身を起こすと、側に付いていたらしい少女二人が菫を見て嬉しそうにはしゃいだ。


「あら菊莉(きくり)、ワタシたちの姐さんが起きたわ」


「本当ね菊香(きっか)、アタシたちの姐さんが目をさましたわ」


揃いの朱色の着物を着、揃いの黄色の兵児帯(へこおび)を締めた可愛らしい少女たち。


聞けば彼女たちは菫の禿(かむろ)になるのだという。


ここは一体どこなのだと菫が聞くと、部屋に一人の壮年の女性が入って来た。


女性の名は女郎花(おみなえし)


ここは紫檀楼という妓楼で、彼女はこの紫檀楼の女将だという。


その女将が言った。



「貴女は今日からここの花。二の若様の為だけの花になったのですよ。あなたの務めは若様がこの紫檀楼を訪れた時にのみ、その花を捧げる事です。私の事は“お母さま”と呼んで頂戴。あ、そうそう、若様がね、あなたに素敵な源氏名を用意して下さったわよ」


女将がその名を口にする。


菫は復唱するようにその名を呟いた。


「桔梗……桔梗の君」


この名を授かった瞬間、その時から菫の遊君としての暮らしが始まった。


あの時、異能(魔力)を使って菫を眠らせ、

この紫檀楼へ連れてきたのはやはり元婚約者である二の若君であった。


しかし連れて来たにも関わらず、

若君はしばらく菫に会いに来る事はなかった。


ようやく彼が菫の元を訪れたのは

ここでの暮らしに慣れた三月(みつき)後の事である。


思えば家の者の目もなく二人きりで会うのはこれが初めてだ。

婚約者だった時よりも身近に感じるのは可笑しなものだと菫が思っていると、彼が菫の目を見ながら徐に告げた。


まるで菫の反応を探っているような。

試されているような。

だけどどこか乞われているような。


「……弓削の者を受け入れる家はこの州にはもう無い。だが紫檀楼(ここ)にいれば身の安全は保証され、綺麗な着物を着て旨い飯が食える。そして俺はいつでもお前に会える。俺の都合が良い時に、菫の都合も気にせずにいつでも会いに来れるんだ。お前はそれを、どう思う?」



彼のその言い方では、まるで菫に会いたいが故にここに住まわせるように聞こえる。


でも違っているとしても、菫に選択肢はなかった。


ここより他に行く当てはない。



そして、菫もまた彼に会いたかった。


菫は少しはにかみながら二の若君に答えた。


「……素敵……だと、思う……」



もとより初恋の相手だ。


父を失ったのも、家族と離れ離れになったのも悲しいが、

彼との将来が絶たれた事が何より辛かったから。


そう答えたその瞬間、菫は強い力で抱き寄せられた。


そして彼の感情が溢れ出たような激しい口づけを受ける。


その後はさながら何事もなければ数年後に訪れたであろう初夜を、

桔梗の君と呼ばれるようになった菫に当てがわれた部屋で行った。




以降二年間。


菫は表向きは遊君として、この妓楼で囲われた。




そんな日々がいつまでも続くわけがない事はもちろん菫にもわかっていた。



だけど予兆を肌で感じていたその矢先に、


その時は突然訪れる。




禿の菊莉が不自然に隠した新聞の見出しに大々的に書かれた文字。


【州主家に慶事 二の若様今春ご成婚】



それを読み、菫は覚悟していた別れを悟った。









ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




ハジメマシテ東方の国!


建物や人々の服装は明治時代をイメージしていただけると助かります。


武士はいませんが剣士はいます。

魔術師はいませんが、異能者はいます。


大賢者さんはいませんが大東さんはいます。

(いねーよ!)



東方大陸の大きさは西方大陸の半分より小さいくらいの大きさです。



当初、帝が治める統治国家を設定しましたが、連邦国に変更しました。


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