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李亥レガルド奇譚 ①

東和州の州主と第二夫人との間に生を受けた次男坊、それがレガルドであった。


第二夫人だったレガルドの母は西方の異国アデリオールの伯爵家の娘で、その血を半分受けたレガルドは艶やかな黒髪に深いブルーの瞳を持つ少年だ。


東和の長の二の若君と呼ばれる立場でありながらも“レガルド”というアデリオールの伝統的な名が付けられたのは、偏に病により早逝した母の希望だったという。


“レガルド”とは古代の言語で『力強い魂』という意味があり、生まれる前から圧をかけられていた嫡男サイドとの熾烈な跡目争いにも負けず、強く生き抜いて欲しいとの母親の想いが込められた名だった。


父と母は、魔術学園での先輩と後輩だったらしく、父は家の柵に絡め取られながらもレガルドの母を妻に迎えるべく事を進めてきたのだという。


州主ともなれば複数人の妻を娶るのは政治的な意味でも必要不可欠な事であるからして、第二夫人として母を迎えるのになんら問題はなかったはずなのだが、寵愛の差が如実に出てしまうような婚姻は避けるべきであった、とレガルドは十二歳にしてそう思った。


レガルドの母は父の重く深過ぎる愛と、正妻からの強い妬みと憎悪に板挟みにされ、耐えきれず病となり儚くなってしまった。


そんな父や母、そして自身を目の敵にする正妻の様を幼き頃より見ていたレガルドが生涯独身でいい、妻なんか持っても煩わされるだけだと思ってしまうのは致し方ない事だろう……。


だけどその考えが一瞬にして変わったのが婚約者候補として引き合わされた弓削家の一つ花、菫との出会いであった。


「若、こちらが貴方様の許嫁となられる()()しれない弓削家の菫様ですよ」


五つ年上で当時十七歳だった桐生主水之介(もんどのすけ)にそう紹介された菫を見た時、レガルドの身の内に雷が走ったような感覚がした。


アデリオールではその状態を○○たんインパクトと称するらしい。

なのでこれは“菫たんインパクト”だな、とその時十二歳であったレガルドは思った。

要するに一目惚れである。


弓削菫は十一歳、レガルドより一つだけ年下だ。

性格が良いのはもちろん、焦茶色のサラサラで柔らかい髪に夜を映した鏡のような漆黒の瞳。

透き通るような白い肌にふっくらとしたさくらんぼのような唇。

そしてその唇から発せられる鈴のように可愛らしい声に「わかぎみ」と呼ばれた日にはもう……。


レガルドは初顔合わせのその日の内に「菫を嫁にする!」と明言した。


桐生に

「バカ…じゃない若!脊髄反射でものを言うなと何度も申し上げているでしょう。一度持ち帰り、精査してよくご参照の上、ご決断ください」


と、桐生がビジネスマン(商売人)のような口ぶりで言うも、レガルドが菫の手をぎゅっと握って離さなかった。


「嫌だ!菫じゃないと俺は一生誰とも結婚しないぞ!」


そんなレガルドの様子に幼い菫は戸惑いを感じている様子だったが(そらそうだ)結局はそれを受け入れてレガルドの好きなようにさせていた。


思えば菫はその時から菩薩のような娘であった。


弓削家は古くからの忠臣で州主である父も異論はないと、すぐに菫との婚約が結ばれる。


それから四年間、レガルドが亡き母の母国であるアデリオールにある魔術学園に通うために東和を離れるまで常に側にあり、共に成長をしてきた。


年々美しく可憐な花のようになってゆく菫の側を四年も離れねばならない事を嘆きながら、レガルドは十六の時に留学先のアデリオールへと旅立った。


ーー四年も離れていられるものか。飛んで飛んで飛び級しまくって半分の二年で卒業してやる!

そして帰国後すぐに式を挙げる!!


レガルドは自身の中でそう野望を立て、菫への恋慕とスケベ心を原動力に怒涛の速さで単位を取りまくり、目標通り二年で卒業出来る見込みとなった時は同級で親友となったハルジオに呆れられながらも称賛された。


菫の元に戻りたい一心で駆け抜けてきた学生生活だったが、それはそれでとても有意義で楽しいものだった。

 

頑固で口は悪いが頼りになる大家のミス・ポワンフル。

偶然にも同じ下宿屋で夜遅くまで遊んだり語り合っりしたハルジオや、その他の級友たち。


まぁエロ目…じゃない色目を使って言い寄ってくる女子生徒には反吐が出るほどの嫌悪感しか感じないが、

その他の事ではレガルドはとても満足していた。


それに、レガルド=リー。

西方式に名乗るといい感じではないか。

祖国では李亥レガルド。なんと語呂が悪いことか。


このレガルド=リーとして家の柵もなく生きれる自由さは、とても心地の良いものだった。


もともと成人と共に家は出るつもりだったのだから、菫と婚姻後はアデリオールで暮らすのも良いかもしれないとレガルドは思った。


ーーしかしそれなら菫は“スミレ=リーになってしまう。

今度は菫の名前が語呂が悪くなるな……。

うん、べつにどちらでもいいんだから菫は李亥菫でいいだろう。うんうん。


しかし、そうやって好きで好きで堪らない許嫁の名前の心配まで先走って考慮するレガルドの元に、

祖国の不安な動きが耳に届き出す。


念のため東和(向こう)に残してきた桐生から

[一のバカ側の動きに不審な点有り]というものを皮切りに、次々と異母兄サイドの不穏な動きを知らせる連絡が入った。


ーーこれは近いうちに絶対に何か起こる。


嫌な予感がする。

卒業式なんて出てる場合じゃねぇ。弓削家も巻き込まれるかもしれない……!


レガルドはとりあえず桐生に[菫から目を離すな]と指示を出し、すぐに帰国の手筈を取った。


この頃のレガルドはまだ海を渡れる程の転移魔法は出来なかったが、出来得る限りの転移スピードと距離で最短の三日で東和に帰国した。


が、それと同時に聞こえてきたのが菫の父である弓削庄左衛門と他数名が、謀反を企てた罪でたった今処刑されたというものであった。


ーー冗談だろ?おい、菫は……菫はどうなる!



レガルドは直ぐさま李亥家の居城へと戻った。


そこで知らされた事実は、

家長の処刑の後、妻は自害。そして弓削家はお取り潰しの上、財産召し上げとの沙汰が下った事と、

残された家族同士での接触は禁止の上放逐、つまり離散させるというものであった。


そして……


「罪人の娘を嫁に迎える事など許されぬ。よって弓削との縁談は破談、あの娘の事は忘れろ」


と父親は無情にもそう言い放った。


「ふざけないで下さいっ!!俺は絶対認めないっ!!俺の妻になるのは菫だけだっ!!」


レガルドがそう父親に噛み付くと、州主であり李亥家の長である父は殺気に満ちた目で告げた。


「……百歩譲って妾とするならば許してやろう。しかし正妻は疎か第二第三としても妻の座を与える事は許さん。無論、あの娘を連れての出奔も絶対に許さない。もし、言い付けを守らないのであれば討手(うって)を放って弓削の娘を殺す。いいな?」


「くそっ!!」


レガルドはその場では忌々しげに悪態を吐くしか出来なかった。


ここで父に逆らい過ぎるのは悪手だ。

今後の行動に差し支えが出るやもしれない。


とにかく菫を保護しなければ。

居城を出ようとするレガルドに、桐生から火急の術にて火急の知らせが届く。


[菫様が屋敷から無一文で放り出されます。お急ぎを]



ーー菫っ!!


瞬間、レガルドは菫の元へと飛んでいた。

まだマーキングは出来ていないが、弓削の屋敷へと飛べば捕獲出来るはずだ。


案の定転移の着地点に足が接地してすぐに、

屋敷の側で俯き佇む菫の姿を発見した。


どんよりと、何日も眠っていないのが丸わかりの憔悴しきった顔で。


レガルドは次に菫の真後ろに飛び、がっちりとその身を抱え込んだ。


憔悴している菫を眠らせる為に術式を彼女の耳元で唱える。



ーー菫、可哀想に、こんなに痩せて。

今はとりあえず眠れ。全部忘れて眠ってしまえ。



そしてレガルドは意識を失った菫を抱き抱えながら、とある場所へと転移した。


 



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