もう一度名を
これは・・・夢?
もう一度会いたいと願ったから、その願望が見せた白
昼夢?
じゃあこの温もりも力強さも懐かしさを感じる香りも
すべて夢なの?
夢なら…...夢だというのならどうか、どうか覚めないでほしい・・•・・。
「夢じゃないぞ」
「.........え?」
あまりの驚きに現実を受け止めきれずに混乱する菫に、その腕の中に閉じ込めている張本人が言う。
「私……口に出していた.......?」
「うん思いっきり。夢じゃないぞ、現実だ」
「ホントに……?本当に若君なんですか.......?」
まだ信じられないといった様子で腕の中から菫が見上げる。
「.......名を、」
「え?」
「名前でちゃんと呼べ。俺はもう州主の継承権は放棄した身だ。だから、ちゃんと俺の名を呼んでくれ」
「継承権を……?でも……」
上手く頭が回らないに菫に対し、もう一度声が降りてくる。
「菫、俺は菫にもう一度名を呼んで貰いたくて頑張ったんだ。だから名を、名を呼んでくれ。お前に呼ばれるんじゃなきゃ何の意味も持たない俺の名を」
深く青い、その双眸に真摯に乞われる。
菫は恐る恐るその瞳へと手を伸ばす。
その手はすぐに捕まえられ、彼の類に添えられた。
唇が震える。
だけど菫は声を押し出し、大切にその名を呼んだ。
「レガルド….....様……」
「もう一度」
「レガルド様……」
「うん.....うん、菫、会いたかった」
そう言って若君は…レガルドは再び菫をぎゅっと抱き寄せた。
その時、若干いやかなり大袈裟な咳払いが聞こえた。
「ン゛ン゛、ゴホンッ…あーなんだ、その......そこのご両人。感動の再会はいいんだがな?ここは一応職場な訳であるからして?イチャイチャは帰ってからにしてくれないか?」
菫の直属の上官であるウォーレン=アバウトが釘を刺すように告げた。
菫はハッと我に返り、レガルドから離れようとする…
も、がっちり腕の中に囲われて身動きが取れない。
するとレガルドは邪魔をされた事への不満を隠そうともせずにウォーレンへ返した。
「オジ貴......邪魔しないでくださいよ、ようやく菫に
会えたっていうのに」
ーーえ?
その言葉を遮るように後から訓練所へとやって来たハルジオが言った。
「レガルド、気持ちはわかるがとりあえず抑えろ。
スミレさんも困ってるだろ」
「困ってる菫も可愛いんだよなぁ」
「お前、案外恥ずかしい奴だったんだな」
ーーえぇ?
「アバウト課長、はじめまして。本日付で魔法省に入省しましたハルジオ=バイスと申します。レガルドとは魔術学園からの付き合いです」
「レガルドからちょくちょく話は聞いてるよ。とっても優秀なんだってね。魔法省の期待の新人だ」
「入省試験は俺の方が好成績だったんだぞ」
「そりゃお前、東方からあの海を超えての転移魔法をやって見せたら、それだけで実技はオールクリアだろ
うよ」
「菫への想いが成せる技だな」
「だからお前そんな恥ずかしい事を堂々と……」
「あの、」
「「「なんだ?菫」」さん」
男三人の会話の隙間に割って入った菫に、男三人が同時に返事をした。
「……レガルド様が突然魔法省のローブを着て現れた事も驚きなんですが、更にどうやら皆さん既知の仲であった様子に驚いているのですが…....」
菫のその発言に、ハルジオが申し訳なさそうに答えた。
「今まで黙っててごめんねスミレさん。じつは俺、レガルドとは同級生だったんだ。もっともレガルドは飛び級でさっさと卒業していったけど」
「.......もしかして私が最初にアデリオールに着いた時、もうその時から私の事をご存知だったんです
か?」
「うん、ごめん....事前にレガルドに頼まれて……ミス・ポワンフルも実はレガルドに頼まれて、東和の港までキミを迎えに行ったんだ。転んだのは本当らしい
んだけど」
「えっ.....じゃあアパートの部屋を提供してくださったのも?」
それにはレガルドが答える。
「ああ。俺が依頼した」
「魔法省に勤めるのを勧めたのも.........?」
次にハルジオが答えた。
「それはポワンフルさんのアドリブだな。スミレさんが働きたいと言っている意思を尊重したって言ったよ」
「.......もしかして畳の入手先って・・・・•・」
「俺だ」
レガルドが若干ドヤって言った
「そ、そう……じゃあ…..アバウト課長とはどういう
間柄なの?」
「俺の死んだお袋の従弟だよ。お袋はアデリオール国民だったからな。だから親戚のオッサンというわけだ。子どもの頃はよく面倒見て貰ったなぁ」
「今も見てるよね?」
ウォーレンがそう言うもレガルドはイイお顔で微笑みのみを返していた。
菫は尚も訊ねる。
「じゃあ.....じゃあもしかして私が特務課に配属されたのは……」
「俺が頼んだ。他所にやらない為に引き上げて貰った」
「じゃあ、これももしかしてなんだけど、レガルド様
の配属希望は……」
確か入省試験の成績上位者は配属先の希望が通る筈
だ。
レガルドは途端にビシッと敬礼をし、菫に告げた。
「レガルド゠リー!本日付けで魔法省特務課に配属となりました!」
ーーやっぱり。
これはもう菫が出国する事も読まれていて、それで一手二手先を打たれたと認識するべきだろう.……。
もう……
なんだか……
「ぷっ...ふふ、ふふふ……」
「スミレ?」「スミレさん?」
徐に笑い出した菫を見て、ハルジオとウォーレンが呆気に取られている。
「ふふふっ…..だって私、結局は全てレガルド様の手の平の上でコロコロと転がされていたという事でしょう?なんだかもう、お見事過ぎて可笑しくって.....ふ
つ、ふふふ」
コロコロと転がされた菫がころころと笑う様にウォーレンが「菩薩のように心が広い娘だね。そのくらいでないとレガルドの嫁は務まらないか」と感心して言った。
そう。昔から菫はレガルドの突拍子もない行動を大概
は笑って許したり受け入れてきたのだ。
普通はここで怒るべきなのだろうか。
菫はそう思った。
でも全て菫の為を思っての、菫を守るための行動だと思うと、感謝こそすれど怒るなんてとんでもないと思ってしまう。
結局、何が起きてもレガルドはいつも菫を守ってくれるのだ。
そんな事を思いながら笑う菫を、レガルドがいきなり抱き上げた。
「きゃあっ?」
縦に、子どもを抱くような形で抱き上げられる。
「これまでの事を全部話すよ。でもここじゃ確かに邪魔なヤツらばっかりだ、帰ろう」
「帰るって?私まだ仕事中よ?」
「大丈夫。今日は早退になると事前に申請してあるから」
「いつのまに?」
これまた驚く菫を他所に、レガルドはウォーレンに向き直った。
「じゃあ菫は連れて帰るから」
「ちょっ…..お前、いきなりか」
「今日だけは勘弁してくれ」
「「しょうがないな……」」
ーーえ?しょうがないの?そんなものなの?
「じゃあ行くぞ」
「えっ、ちょっ…ちょっと待ってレガルド様っ!」
「待たない。どんだけ待って我慢したと思ってるんだ」
そう言いながらレガルドはスタスタと歩き出す。
「でもっ……!私仕事中でっ・・・・・・!」
「言っただろ?早退だって」
「そんなズルは駄目、駄目よレガルドさまぁぁ……
菫の抵抗虚しく、声だけを残して菫を抱いたレガルド
はどこかへ転移していった。