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鈴の音に似た



魔法省では、職員に対し定期的な訓練を推奨している。


特に情報部一課、法務部二課、そして特務課などの、

魔術師や魔力保有者が魔法関連の事件を起こした際に現場に出て調査や捜査などを行う職員には職務義務と課し、現場に出る事のない責任者や事務職員にも初歩的な訓練を受けるようにと通達されている。



そして今日は特務課の長であるウォーレン=アバウトの訓練日であった。


このところ、このウォーレンの秘書兼お守り役のような仕事をしている菫も、


「スミレも一緒に受けるように。ひーひー苦しむ上官に付き合うのも部下として立派な務めだからね」


という訳の分からない理由で訓練に引っ張り出された。

まぁ事務職員も軽く汗を流す程度には訓練するように決められているのだから、異論はないのだが。


この日の菫は訓練用に裾を絞った形のふくらはぎ丈の短袴と唯一持っている(くるぶし)上丈の編み上げブーツだ。


いつも通り焦茶色のサラサラな髪を高結び(ポニーテール)にし、動きやすいようにしてある。

もちろん着物の袖も襷掛けをしてあるので動きやすい。


その姿を見て、何故かウォーレンはうんうんと頷いて満足そうだ。


「よしよし、可愛い可愛い。今日はスミレにとって大変な一日になるだろうからね、もしアイツから逃げるなら動きやすい服装に越した事はないだろう」


「事務職員の訓練もそんなに大変なんですか?それに逃げるとは?訓練に鬼ごっこが組み込まれているとか?」


菫が不思議そうに首を傾げるとウォーレンは、

「今にわかるわかる」と言って軽い足取りで訓練場に入って行った。


特務課課長ウォーレン=アバウト。


名は体を表すというが、普段は全ての事において適当でいい加減。細かい事には一切拘らない。


特殊な魔法関連事件を受け持ち、有能だが変人揃いと有名な魔法省特務課の長に相応しく一癖も二癖もある人物だ。


いつも飄々として掴みどころがなく、緊張感など皆無の人間だと思っていたのだが………。



「………コーディさん、課長ってやっぱり特務課を率いているだけの事はあるんですね……」


足元に転がる訓練用の模擬犯人イミテーションクリミナル()を見て、菫が呟いた。


模擬犯人は魔術により動かされている人形で、単独、複数人との対戦を訓練の内容によって自由に選択出来る。


「でしょでしょ?普段あんなだらしないのにこのギャップ、ヤバいよね」


一緒に訓練を受けていた同じく特務課の職員、トミー=コーディが言った。


「やれば出来る子なのにどーして普段はああなんだろうね~」


「本当に……」


ちなみに今ウォーレンが仕留め、捕らえた模擬犯人は15体であった。

それを目にも止まらぬ速さで自身の刀で討ち取った。


しかも……


「課長が*和刀(わとう)をお持ちとは知りませんでした……」

(*日本刀)


呆気に取られながらも菫が言うと、ウォーレンは刀を鞘に納めながら答えた。


「亡くなった従姉が東方人に嫁いだんだよ。その関係で和刀に興味を持ってね。じゃあ次、スミレもやってごらん」


そう言ってウォーレンは菫に刀を渡す。

トミー=コーディが慌てて菫を擁護した。


「ちょっと待ってくださいよ課長。いくらユゲちゃんが東方人だからって、女性に刀を渡すなんて無茶ですって、せめて模擬刀にしといて下さいよっ」


「剣術は習ってたんだろ?スミレ」


「はい。でもかなり前ですが」


「体は覚えているもんさ。今日は特に一心に刀を振ってスッキリしたいんじゃないのか?」


「……!」


ウォーレンのその言葉に菫は小さく息を呑んだ。


ーー課長はどこまで私の事を知っているのだろう。



今朝の新聞の三面記事に東和州で起きた冤罪事件について載っていた。


三年前に謀反の企てが露見し、処刑となった李亥家の家臣数名。

その全員が無実の罪を着せられた冤罪だった事が発覚していたというのだ。


真の犯人は李亥家の嫡男とその外戚である家門であったという。


それが(つま)びらかに調べ上げられ、その他の罪も芋蔓式に明らかとなった事により嫡男は廃嫡、生涯幽閉となったらしいのだ。

その他の者も処刑、もしくは終生遠島(厳しい環境の島に隔離される事)に処されたという。


そして新しく後継となった三の若君がこの一連の冤罪事件において頭を下げて関係者各位に謝罪をし、

取り潰しとなった家の再興と名誉回復を約束したそうだ。


きっとこれにより二人の兄は弓削の家の再興に尽力してゆくのであろう。



でも、だからといって、処刑された父はもう帰って来ないのだ。

父の後を追い自害した母も戻らない。


真実が明らかになり、正しく裁かれ処遇された事に文句はない。

文句はないが、この叫び出したくなる遣る瀬なさをどうすればよいのか。


「人形じゃなくて反射神経と動体視力を培う球体訓練にする?」


思考に意識を持っていかれていた菫が、ウォーレンの声にハッとした。


ーーそうね、鬱々とした気持ちは体を動かして発散するに限るわね。


紫檀楼にいた頃は舞を舞って発散していた。


本当は弓が引きたかったのだが、妓楼では弓を引けるような場所がなかったからだ。



「球体を、お願いします」


「ユゲちゃん!?大丈夫なのっ!?」


トミー=コーディが目を見張って菫を見る。


「多分大丈夫です」


心配してくれるコーディに、菫は微笑んでそう答えた。

そして刀を袴の紐に差し、人形や模擬魔獣や球体が出て来る魔道具との対峙地点に立った。


「行くよ」


ウォーレンが魔道具を操る職員に指示を出す。


菫は利き足を引き、刀の柄を握り構えを取った。


「へぇ居合か」


ウォーレンが関心を示す。


菫は全神経を前方に集中させた。


そして魔道具から球体が発射されたと同時に刀を抜き、飛び掛かる球体を一刀両断で切り伏せた。


普段のおっとりとした菫からは想像も付かない早業に、コーディは大きく口を開けて驚いていた。


そして「ユゲちゃんの方が普段とのギャップがヤバい……!」と言った。


「ふぅ……」


菫は小さく息を吐き出す。

かなり腕が鈍ってはいるが、なんとか仕留める事が出来た。

やはり体を動かすと気持ちがスッキリする。

だけど菫は刀を鞘に納めながら思う。


「次は二球、行くよー」



ーー若君はもっと早かった。


思い出すのは彼の抜刀の瞬間。


あまりの速さに目で追うのは不可能なレベル。


ただ、彼の愛刀露一文字(つゆいちもんじ)の刀身が高速で鞘から抜き出される瞬間、鈴の音に似た鞘走りの音だけが耳に届くのみである。


ーーきっと若君と対峙した者はその鈴の音が聞こえた瞬間には斬られていたのでしょうね。



彼に………


彼に会いたい。


会って聞きたい事が沢山あるのだ。



何故、一の若君が廃嫡された後、二の若君(あなた)ではなく三の若君が跡目を継ぐ事になったのか。


何故、結ばれていたはずの豪族の令嬢との婚儀が無くなったのか。


何故、父の冤罪が明らかになり、父に濡れ衣を着せた一の若君が処断されたのか。


何故、なぜ未だに身の内から菫の名を呼ぶのか。



直接会って、それを聞きたい。


その答えを知りたい。



………もう一度だけでいい、若君に、彼に会いたい。



「スミレっ!!集中しろっ!!」


「!!」


その声が聞こえた瞬間、条件反射で菫は抜刀していた。


が、やはり反応が遅れた。


一球目はなんとか間に合った。


だが返す刀が二球目に追いつかない。


「……っ」


眼前に球体が迫ったその時、


急に目の前の視界が塞がれた。

何かが菫と球体の間に割り入ったのだ。



その刹那、リンッ…と鈴の音が聞こえた気がした。


あの鈴の音が。



「っ!?」


そして菫に迫っていた球体は真っ二つとなって菫の両側を通過し、地面に落ちた。



ーー…………え? 




菫は突然現れ、そして目の前に立つ人物の背中を呆然として見つめた。



その背中、その後ろ姿には見覚えがありすぎる。



だけど、まさか彼のはずはない。



だって菫が他国にいる事など彼が知るはずはないのだから。



でも、だけど、やっぱりそうだとわかってしまう。



彼の姿だけは見間違えるはずもない。



真新しい魔法省のローブを着た背中がゆっくりと振り返る。



そして泣きたくなるくらいに澄んだ、青い双眸が菫を捉えた。



少しも変わらない屈託のないその微笑みを見た瞬間、


間違いなく彼なのだと思い知らされる。



目の前の相手がゆっくりと刀を鞘に納める姿を見ながら、

菫はようやく震える声で言葉を発する事が出来た。



「………わか……ぎみ……?」




「……菫、


 すみ、れ……、



 菫っ!!」





三度、まるで菫の存在を噛み締めているかのように名を呼ばれ、


その瞬間抱きしめられた。






ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー





アレ?


掻っ攫われるところまで行かなかったぞ?


ごぺんなしゃい゜(@酔ったミルル)




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