01「修羅場」
無料案内所の社長を務めるワルキューレさんに手を差し伸べると、彼女は僕の手のひらを握って立ち上がった。
不動産屋の社長と言うからには、ジャックオー師匠やロザリオ嬢のような偏屈で威厳ある人物だと思っていたが、ワルキューレさんからはドジっ子要素しか感じられなかった。
着ていたスーツやズボンも少しばかりよれていて、風格からするとブレナンさんの方がお偉いさんだと勘違いするほど、彼女は頼りなさそうに思える。
ロータスさんに「ここはピンク店の無料案内所です。本物の不動産屋に行きましょう」と声を掛けたが、彼女は「ワルキューレはちょっと『アレ』だけど、部屋探しの才能は誰よりも長けているの。心配しなくて良いわよ」と言って、僕の意見を聞いてくれなかった。
下手したら一生住むかもしれない部屋や家を紹介してもらうのに、どうしてロータスさんはこのポンコツ案内人を信頼しているんだろう。
等と考えていると早速、ワルキューレさんが数枚の資料を提示してきた。資料に書かれていたのは、五番街や四番街、他の番街にある一等地の不動産内容だった。
僕はワルキューレさんに、「どうして他の番街の不動産まで扱っているんですか?」「普通の不動産屋なら同じ番街にある不動産しか扱っていないじゃあないですか」等と問いかける。
「ウチのお店は、全ての番街にある無料案内所と提携しているんです」
「それと関係しているんですか?」
「はい。無料案内所としての顔も持つ『ワルキューレ不動産』には、多くの男性貴族様からもご贔屓にさせてもらっているんですよ」
「つまり、無料案内所に寄ったお客さんの部屋を扱っているんですね」
ワルキューレさんの話によると、ワルキューレ不動産は『ワルキューレ無料案内所』という顔も持っている事から、多くの男性貴族や富裕層、大人のお店で働く女性たちに信頼されたお店であるらしい。彼女はそれらの強力な信頼関係に基づいて、普通のお客には紹介しないような物件を僕に紹介してくれるようだ。
彼女から受け取った資料に目を通し、僕はその資料をロータスさんとバイオレットさんに差し出す。彼女たちは首を傾げた後、ワルキューレさんに向けて「この物件じゃあダメだわ。もっと間取りが広くて、治安の良い場所にある物件を出しなさい」と言い、彼女を困らせた。
ロータスさんはワルキューレさんとは『友達』であるそうだが、彼女たちのやり取りを見ていると、友達というよりかは『加害者』と『被害者』のようにも思える。もしかすると、ロータスさんとバイオレットさんが軍服を着て、ワルキューレさんが黒いスーツを着ていて無料案内所に居るから、そう思えたのかもしれない。
僕はワルキューレさんから受け取った物件の資料をテーブルに置いた後、暫く店内を動き回る。
ワルキューレ不動産の店内には、ホストクラブやキャバクラ、お風呂で自由恋愛をするお店の資料や、ストリップクラブの宣伝材料用写真などが貼られていた。意外だったのが、その宣材写真の中に『バーレスク・ノヴァ』で働くソフィア・イシムラさんが書いたと思われる、直筆のサイン入りチラシが置いてあった事だ。
サインの形や使われたインクの種類からすると、このチラシに書かれたソフィアさんのサインは本物であるようだ。
もしかすると、ソフィアさんもワルキューレさんに物件を紹介してもらったのかもしれない。
それから少しした後、無料案内所に一人のケモ耳美少女がやってきた。
彼女は女子寮でも着ていた白衣を着ておらず、その代わりに魔術学校が指定して学制服に身を包んでいる。
無料案内所に美少女が居るのはとても違和感があるが、そのケモ耳美少女はそんな事を気にしていなかったようだ。
彼女は僕に向けて挨拶をした後、ロータスさんの元へと向かっていき、「お待たせしました。ロータスさん」と言って挨拶をした。
僕は危険地帯と化した無料案内所から逃げようと踵を返したが、二人の彼女にコートを引っ張られた。
「えっと、あの……」
「来るのが遅いわよ、リベットさん」
「そうですね、ロータスさん。トゥエルブ先生の外科手術の手伝いをしていたので、少しだけ遅れちゃいました」
「僕は……少し外に出ていますね」
「待ちなさい、アクセル。貴方の部屋を探すのだから、貴方が居てくれなきゃダメよ」
「そうだよ、アクセルくん。自分が住む家はちゃんと調べなきゃいけないよ」
二人の彼女を前にして、僕は緊張が極限に達して頭が真っ白になる。
普通の人生を送っていれば決して訪れる事のない修羅場だ。
それが今まさに、僕の前で繰り広げられている。
彼女たちは『アテナの十戒』というジュ○ネーブ的な条約を結んだからこそ、僕の前では醜い争いを繰り広げないのだろう。もしかすると、僕の居ない場所や心の内側では、放送禁止用語が絶え間なく続くような罵倒を交わしているのかもしれない。
何にせよ、波風を立てない事に集中すれば穏便に済むに違いない。
等と考えながら、僕は二人の傍から離れてバイオレットさんの隣に移動する。すると彼女は、「凄い光景ね。貴方の為に女学生と女兵士が協力してくれるだなんて。光栄に思いなさい」と言って、僕のお尻を叩いてきた。
「ジャガーノートさん。そういうのってセクハラって言うんですよ」
「私の事はバイオレットと呼びなさい。それと今のは、ただのスキンシップよ」
「僕もそうだと思います。ですが、触られる方は嫌な気分を味わうんですよ」
「随分と男らしい発言をするわね。ベッドの上では『あんなにガッツいていた』のに……」
僕はバイオレットさんに「静かにして下さい」と声を下げて言ったが、茶髪のケモ耳美少女と桃髪のムチムチ女性兵士は、声を合わせて『聞こえてるわよ』と言って睨みつけてきた。
それから何度かリベットとロータスさんに物件を提示されたが、どの物件もイマイチピンとこなかった。
僕がワルキューレさんに提示した部屋の条件は、男のロマンに溢れた『地下室』や『車のガレージ』、『秘密の部屋』や『書斎』が備わっていることだ。別に本を読む訳ではないが、書斎があるとピンク本を隠すのに役立つと思ったのもある。
地下室や車のガレージ、秘密の部屋といった条件は、せっかく自分の家を持つのだから、『機甲手首やホバーバイク』といった機械の開発を進めたいのもあった。
ワルキューレさんに向けて、「どこか広くて景色が良い物件はありませんか?」と訊ねる。すると彼女は首を横に振って、「御希望の条件に引っ掛かる屋敷は五番街にありません」と言ってきた。
どうやら五番街のような治安の悪い場所では、僕が理想するマイホームは見つからないらしい。
他の番街にはあるようだが、それだとイチイチ区画を隔てるゲートを通らないといけなくなる。
それに五番街の『便利屋ハンドマン』で働いているのに別の街で住むのは、何かと問題が起きかねない。
僕はリベットに向けて、「せっかく来てもらって悪いけど、もうすぐ仕事が始まるから」と言って、そそくさと無料案内所の外に出た。
お得意様が住むビルに向かいながら、ロータスさんとリベットの言い合いを思い出す。
恐らくだが、リベットとロータスさんは僕が部屋を見つけたら、転がり込んで来るに違いない。
僕の意見よりも自分たちが気に入った部屋の内装を希望するだろうし、それに文句を言えばさらに一悶着起こるかもしれない。
「好きでいてくれる彼女が居るのは嬉しい事だが、彼女が二人居るからといっても幸せが倍になるわけじゃあないよな」
僕はそう言ってルミエルが待つビルへと向かった。




