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便利屋ハンドマン-HandMan-  作者: 椎名ユシカ
第4章 青少年期 【ERROR:404 Youth Not Found】

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02「光に託された贈り物」


 どうしてなんだろう――あれだけプライドの高くて問題を抱えまくった坊ちゃんが、何かに感化されたようにスラム育ちのリベットと同じような価値観で、彼女と親し気に距離を縮めて会話を交わしている。

 

「……皆さん、楽しんでいただけたようで何よりです。今夜は、テスラ邸の夜会がございますので」

「なあ、レオン。マリアさんがそう言ってるけど、本当にいいのか?」

「ああ、別に構わないよ。世間で噂されているテスラ家のイメージを払拭するのに絶好の機会だからな。それに、あの入れ子型の観劇を終えた今なら……面白いものを見せてやれると思う」


 静かな控え室に再び賑わいが戻りつつあった刹那、クラッカーの紙屑を拾い集めていたリベットが不意に呟いた。


「ねえ、アクセルくん。そういえば……あの“ニセモノの招待状”って、結局誰が送ってきたのか分かったの?」


 リベットの何気ない疑問が一瞬で控え室の空気を変えていく。


 確かにあれは、最初こそ“謎の脅迫状”と誤解されかけた代物だ。だが今のところ、何も起きていない。いや、むしろ“起きていない”どころか、今宵の全ては順調に進みすぎていた――とも思えてしまう。ユキさんの復帰公演は無事に幕を下ろし、拍手と歓声に包まれたまま歓談の輪が広がっている。


 それでも僕の脳裏では、あの彼女らの名を騙った精巧な招待状とノイズのように焼き付いて離れない。


『もしかして、今だけが静かなんじゃないか?』


 そんな疑念に意識が沈みかけた時、背後からイザベラ師匠の声が落ちてきた。


「確かに気になるわね。だけど一般席で観劇していたゴールドマン兄妹も、そろそろ報告しに控え室へ来てくれる頃じゃない?」


 その言葉を合図にするかのように、控え室のドアが静かに開いた。


「……お邪魔します。ゴールドマン兄妹、到着しました」


 先に足を踏み入れたのはエドワード・ゴールドマン。作業着の上に羽織った黒のコートを整えながら、周囲へ目配せするその表情には、僅かに緊張が浮かんでいるようにも見える。続いて、シャルロッテとアンナが肩を並べて入ってくる。舞台の余韻が残る控え室の空気を前に、三人ともほんの少しだけ息を呑んで緊張しているようだった。


 エドワードが数歩前へ出ると、ユキさんへ向けて軽く頭を下げた。


「……今宵の復帰舞台、お見事でした。俺みたいな場違いな奴でも、最後まで目が離せませんでした」


 彼女が柔らかく微笑んで応える。その横で、アンナとシャルロッテがはしゃぐように声を上げた。


「ユキさんっ! 本当に感動しました!」

「“天の神”なんて抽象的で難解な役、あんな風に演じられる人が現実にいるなんて……」


 その声に、控え室のあちこちから共感の笑みが浮かぶ。そんな中、エドワードは僅かに頬を掻いて、こちらを見やった。


「……ま、偽物であろうと招待状をくれたお陰だな、アクセル。こんな機会でもなきゃあ、俺たちには一生縁のない場所だった」

「それは……どうだろうな」


 そう答えた自分の声に、どこか浮ついた響きがあった。異能の残響がまだ消えていないのか、それとも――この“祝福の瞬間”が、どこか嘘みたいに思えているだけなのか。そんな退屈な思考が頭の中で巡り続けていると、控え室の片隅でリベットが「エイダお姉ちゃん、見てて!」と小さな声で言った。


 彼女の手元には、さっきまで寄りかかっていた壁の影が集まり――まるで意図されたかのように、リベットの影が一瞬だけ伸びたり縮んだりしている。


「影がダンスしてる……?」


 そう呟いたリベットの視線の先から、静かに足音が近づいてくる。

 視界にゆらりと映ったのは、派手な紫と金のスリーピースを身に纏った人物――モーリス・ボガートだった。その手には、ただの白いハートの紙が一枚。彼が影の輪郭を一筆描くように指先をすべらせると……影の舞踊がぴたりと止まった。


「影は心を写し出す鏡のような存在なんだ、リベットちゃん」


 その声は低く、中性的でありながら、どこか甘くて人懐っこい。


「“本当に見えるもの”だけが、真実じゃないのよ」


 そう言うと、モーリスは白い紙のハートを影の端にピタリと貼り付けた。壁の影は瞬き――まるで紙が映り込むその輪郭を自然に受け入れたかのように揺らめく。直後にリベットが目を丸くしながら拍手した。


「すごい……アクセルくん、ちゃんと見てた?」

「ああ、全部見てたよ。見てたけど、僕には真似できないかな」

「ふーん。ねえねえ、アクセルくんにもできないの?」

「意地悪なこと言うなよ。僕は魔術や霊術、呪術や錬金術すら使えないことぐらい知ってるだろ?」


 息を呑むしかなかった。


 ブギーマンの移動式サーカスであの日、道化師を演じていたモーリス・ボガートという影使いの座長。あの日も確か、奴の演出が『テント』という枠組みの縁取り補助装置が機能しているからこそ、影を操る術式が限定的に機能していたと判断したはず――そして、最終的にはイザベラ師匠の臨界操術には勝らないと決めつけていた。


 しかし、今回のリベットの前で展開した表面的には手品のような影の術式――あれが、バーレスク・ノヴァという完全に奴にとってはアウェイな控え室で再現が可能だとすれば、この道化師が展開する術式の『定義』と『秩序』の再書換(リライト)は――もしかしたらイザベラ師匠のソレとは比べ物にならないほど――。

 

 術式を持たない故の嫉妬からなのか、和装ロリィタの萌え袖で隠した指先に力が入る。そして、モーリスは優雅に紙片を畳んで懐に収めると、徐にカメラのようなデバイスを取り出した。


「さて……そろそろ皆さんも揃う頃かな?」


 その手に収められたのは、どこかレトロな意匠の機械式カメラだった。真鍮のような鈍い輝きを放つ外装には、モーリスらしい過剰な装飾が施されている――けれど、どこか懐かしい温もりすら感じさせるフォルムだった。


「記念に一枚どうかしら? ユキ・シラカワ様の復帰公演が無事に終わったこの瞬間を、この古臭い“写真”という媒体に封じておくのも悪くないと思って」


 シャッターを押す仕草を見せながら、モーリスがふっと笑う。


「フィルムは“影”と違って修正が利かないからね。だからこそ、美しいのよ……そのままの一瞬が切り取られるってことは」


 リベットが目を輝かせて頷く。


「やる! 絶対にやりたい! レオンもみんな呼んでくる!」

 

 走り出すリベットの背を見送りながら、僕は静かに頷いた。シャッター音が響くたび、誰かの記憶が確かにこの空間に焼き付けられていく。


 僕たちは確かに、この日ここにいた。

 舞台の上でも、裏でも、その“狭間”にあるどこかで。


「……いい記録になるな、これは」


 そう呟いた時にはもう、イザベラ師匠が煙管を片手に立ち上がっていた。


「だったら、アンタもちゃんと写りなさいよ、運転手くん」


 彼女がくるりと回した煙管を片手に、再び僕の額を突こうと向けてくる。


「……わかってますよ、師匠」


  和装ロリィタの萌袖の下で、指先の震えがまだ止まらない。ハンズマンのマイクロギアが軋み、脳に刻まれた極彩色の残響が時間を引き裂こうと暴走する。レオン・ニコラヴィッチ・テスラの専属運転手という名の護衛任務の重圧、未だに制御の効かない脳を満たす化学物質操作の代償、そしてニセモノの招待状の影――この数日、僕はまるで時間の牢獄に閉じ込められていた。けれど今、この控え室の肌で感じる喧騒は、まるでその牢獄から解き放たれた時のように心地が良い。


 ユキさんからの抱擁、イザベラ師匠の辛辣な一言、リベットの無邪気な笑顔、モーリスのカメラが切り取る一瞬。鈍色の視界に、目には見えない不可視の絆の輪が確かに輝く。こんな瞬間があるから、僕はまだこの奔流に抗っていられるのかもしれない。


 モーリスがシャッターを押した刹那、僕の心もこの控え室の光を焼き付けた。ハンズマンが『STAND_BY』と静かに告げる。僕は萌袖を軽く振って防護マスクを外し、彼らと共に本物の笑顔を溢した……その直後だった。


「アクセルくん! ねぇ、私と2人でも撮ろうよっ?」


 目を輝かせてスカートの裾を握るリベットに、僕は少しだけ呆れて、でも笑わずにはいられなかった。

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