07「彼の日常」
「はい、イエローキャブの営業許可証の件は見逃してあげるわ」
「オッシャー! 本当に大好きです、ロータスさん!」
本物の通行証と偽造した営業許可証を返してもらいながら、僕は振り返ってロータスさんを見た。彼女の装いはいつもながら刺激的だ。
黒いピンヒールに、蒸気機関技術が施されたレザースーツ。豊満な身体を包むそのスーツには、治安維持部隊の部隊長を示すバッジが輝いている。
足元から頭のてっぺんまで視線を滑らせていると、案の定、彼女に気付かれた。
「ジロジロ見ないでもらえるかしら」
「アハハ、すみません」
「撃たれたいの? それとも蹴られたいの?」
「どっちもいいかもしれませんねぇ」
ニヤけ顔が止まらない僕を見て、ロータスさんは心底嫌そうな顔をした。
「どうせだったら、そのヒールで僕の尻を踏んでくれませんか?」
「絶対に嫌よ。お尻の穴が二つになってもいいの?」
「それもいいかもしれません」
「気持ち悪っ……」
さすがにドン引きしたロータスさんは、「寒気がする」と呟きながらホバーバイクに向かって去っていった。
カツカツと音を響かせる彼女のヒールの音を聞きつつ、サイドミラー越しにその後ろ姿を見て、僕は思わず感心してしまう。
「歩く姿もセクシーだなあ。後ろから抱き着いたら、驚かれるかなあ」
妄想を膨らませるのもほどほどにしないと、撃たれて死にかねない。
気を引き締めて操作盤のパネルを順に押し、自動運転を解除。壱番街を抜け、店へと向かった。
◆◆◆
数十分ほど走り続けると、見慣れた『便利屋ハンドマン』のネオン看板が視界に入る。
タワーブリッジを思わせる建築様式の高層ビル。僕たちの店はこのビルの一角にあり、他の住人たちと共同で建物を使っている。
車庫に近づくと、自動でシャッターが上がり、僕の車を迎え入れてくれた。
「師匠ー。依頼が終わったんで戻りましたー!」
片手でハンドルを操作しながら車をバックで車庫に入れる。何度か師匠の名前を呼んでみたが、反応はない。
聞こえてくるのは暖房ボイラーや蒸気機関式家具の動作音だけ。どうやら師匠は出掛けているようだ。
「仕方ない。頼まれた依頼の準備でもしておくか」
車庫から店内に続く鉄製の扉を開け、機械に囲まれた部屋を通り抜ける。階段を登って作業エリアへ向かうと、工具箱や一斗缶、錬成水の入った透明な瓶が並ぶ作業台が目に入った。
作業台の横には回転式の荷物棚があり、ハンドルを回すと棚全体が回転して荷物が出てくる仕組みだ。そこには数年前に優勝したホバーバイクレースの記念カップが無造作に置かれていた。
「さてと。じゃあ、機関義手の修理でもするか」
工具箱から必要な道具を取り出し、回転棚から修理依頼品の義手を引き出す。それから小一時間、ダストさんから頼まれた「暗殺の依頼計画」を頭の片隅で練りつつ、義手の修理を進めた。
「この義手、子供用なのにやけにデカいな。親のおさがりか?」
スラムに住む住人から頼まれた義手の修理だ。
僕たち『便利屋ハンドマン』は、スラムの住人には相場の最低価格で仕事を請け負う。
分解清掃やオイル交換も、大銅貨三枚――日本円にして約三千円で引き受けている。
「よし、あとはオイル交換だけだな」
もっとも、支払い能力がない依頼人も多い。それでもジャックオー師匠は仕事を断らない。分割払いを許可し、依頼料金を踏み倒されるリスクを承知で仕事を続けている。
さらに、修理中は代わりの義手や義足を貸し出す懐の深さだ。その結果、痛い目を見ることも少なくないが。
「この義手、指先に神経があるのか」
作業台の上でルーペ付きの眼鏡をかけ、義手の細部を確認する。ピンセットを指の関節に押し込むと、義手が勝手に動き出した。どうやら神経伝達系統に問題があるらしい。
「ダメだな。この部品、店にスペアがない」
回転棚のクランクを回し、代替品を探す。上位規格の部品が見つかると、それを取り出して作業を再開した。
すると、背後から聞き慣れた声が響いてきた。
「アクセル、ただいまー。ご飯は?」
振り返ると、煤煙で汚れた燕尾服を脱ぎ捨てながら、黒タイツを手にしたジャックオー師匠が立っていた。
いつものことだ。
彼は手にしたタイツに足を通し、陽気に鼻歌を歌いながら踊り始めた。
「ほらほら、このタイツがあれば例のアレになれるよね」
全身黒タイツのカボチャ頭が卓上でステップを踏み、軽快な動きを見せる。その様子に呆れながら、僕は作業を続けた。
「やあ、アクセル君。変なところを見られてしまったようだね」
「いえ、別に変だとは思いませんよ」
そんな会話を交わしながらも、彼は僕の専用作業デスクの上で踊り続ける。依頼品の修理品が並ぶその場所でだ。
「それより師匠。どうして僕のデスクで踊っているんですか?」
「アクセル君、これも鍛錬の一環だよ!」
全くもって訳が分からない。