表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
便利屋ハンドマン-HandMan-  作者: 椎名ユシカ
第一部 第1章 青少年期 蒸気機関技師編
8/275

07「彼の日常」


「はい、イエローキャブの営業許可証の件は見逃してあげるわ」

「オッシャー! 本当に大好きです、ロータスさん!」


 本物の通行証と偽造した営業許可証を返してもらいながら、僕は振り返ってロータスさんを見た。彼女の装いはいつもながら刺激的だ。


 黒いピンヒールに、蒸気機関技術が施されたレザースーツ。豊満な身体を包むそのスーツには、治安維持部隊の部隊長を示すバッジが輝いている。


 足元から頭のてっぺんまで視線を滑らせていると、案の定、彼女に気付かれた。


「ジロジロ見ないでもらえるかしら」

「アハハ、すみません」


「撃たれたいの? それとも蹴られたいの?」

「どっちもいいかもしれませんねぇ」


 ニヤけ顔が止まらない僕を見て、ロータスさんは心底嫌そうな顔をした。


「どうせだったら、そのヒールで僕の尻を踏んでくれませんか?」

「絶対に嫌よ。お尻の穴が二つになってもいいの?」


「それもいいかもしれません」

「気持ち悪っ……」


 さすがにドン引きしたロータスさんは、「寒気がする」と呟きながらホバーバイクに向かって去っていった。

 カツカツと音を響かせる彼女のヒールの音を聞きつつ、サイドミラー越しにその後ろ姿を見て、僕は思わず感心してしまう。


「歩く姿もセクシーだなあ。後ろから抱き着いたら、驚かれるかなあ」


 妄想を膨らませるのもほどほどにしないと、撃たれて死にかねない。

 気を引き締めて操作盤のパネルを順に押し、自動運転を解除。壱番街を抜け、店へと向かった。



◆◆◆



 数十分ほど走り続けると、見慣れた『便利屋ハンドマン』のネオン看板が視界に入る。


 タワーブリッジを思わせる建築様式の高層ビル。僕たちの店はこのビルの一角にあり、他の住人たちと共同で建物を使っている。

 車庫に近づくと、自動でシャッターが上がり、僕の車を迎え入れてくれた。


「師匠ー。依頼が終わったんで戻りましたー!」


 片手でハンドルを操作しながら車をバックで車庫に入れる。何度か師匠の名前を呼んでみたが、反応はない。


 聞こえてくるのは暖房ボイラーや蒸気機関式家具の動作音だけ。どうやら師匠は出掛けているようだ。


「仕方ない。頼まれた依頼の準備でもしておくか」


 車庫から店内に続く鉄製の扉を開け、機械に囲まれた部屋を通り抜ける。階段を登って作業エリアへ向かうと、工具箱や一斗缶、錬成水の入った透明な瓶が並ぶ作業台が目に入った。


 作業台の横には回転式の荷物棚があり、ハンドルを回すと棚全体が回転して荷物が出てくる仕組みだ。そこには数年前に優勝したホバーバイクレースの記念カップが無造作に置かれていた。


「さてと。じゃあ、機関義手の修理でもするか」


 工具箱から必要な道具を取り出し、回転棚から修理依頼品の義手を引き出す。それから小一時間、ダストさんから頼まれた「暗殺の依頼計画」を頭の片隅で練りつつ、義手の修理を進めた。


「この義手、子供用なのにやけにデカいな。親のおさがりか?」


 スラムに住む住人から頼まれた義手の修理だ。

 僕たち『便利屋ハンドマン』は、スラムの住人には相場の最低価格で仕事を請け負う。


 分解清掃(オーバーホール)やオイル交換も、大銅貨三枚――日本円にして約三千円で引き受けている。


「よし、あとはオイル交換だけだな」


 もっとも、支払い能力がない依頼人も多い。それでもジャックオー師匠は仕事を断らない。分割払いを許可し、依頼料金を踏み倒されるリスクを承知で仕事を続けている。


 さらに、修理中は代わりの義手や義足を貸し出す懐の深さだ。その結果、痛い目を見ることも少なくないが。


「この義手、指先に神経があるのか」


 作業台の上でルーペ付きの眼鏡をかけ、義手の細部を確認する。ピンセットを指の関節に押し込むと、義手が勝手に動き出した。どうやら神経伝達系統に問題があるらしい。


「ダメだな。この部品、店にスペアがない」


 回転棚のクランクを回し、代替品を探す。上位規格の部品が見つかると、それを取り出して作業を再開した。


 すると、背後から聞き慣れた声が響いてきた。


「アクセル、ただいまー。ご飯は?」


 振り返ると、煤煙で汚れた燕尾服を脱ぎ捨てながら、黒タイツを手にしたジャックオー師匠が立っていた。


 いつものことだ。

 彼は手にしたタイツに足を通し、陽気に鼻歌を歌いながら踊り始めた。


「ほらほら、このタイツがあれば例のアレになれるよね」


 全身黒タイツのカボチャ頭が卓上でステップを踏み、軽快な動きを見せる。その様子に呆れながら、僕は作業を続けた。


「やあ、アクセル君。変なところを見られてしまったようだね」

「いえ、別に変だとは思いませんよ」


 そんな会話を交わしながらも、彼は僕の専用作業デスクの上で踊り続ける。依頼品の修理品が並ぶその場所でだ。


「それより師匠。どうして僕のデスクで踊っているんですか?」

「アクセル君、これも鍛錬の一環だよ!」


 全くもって訳が分からない。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ