06「歯車と鳩の街」
後部座席を振り返り、運転席との仕切りにある鉄網の隙間へ、依頼書を滑り込ませる。
「うむ。『アンクル青年団』に携帯食料を届けたようだな」
「もちろんっすよ。ダストさんは『便利屋ハンドマン』のパトロンですからね」
「……パトロン、か。我輩は貴様の愛人ではない。利害が一致したから依頼しているだけだ」
「はいはい、分かってますって」
適当に返事をしながら、わざと気怠そうな口調で応じる僕。しかしダストは、そんな態度に頓着する様子もなく、新しい依頼を持ち出してきた。
トレイに置かれた紙の切れ端と麻袋を受け取り、中を確認する。やけに重い麻袋には、依頼料金にしては多すぎる金貨が詰まっていた。
「この依頼、受けられません」
「そう言うな。五番街の掌握射には既に話を通してある」
ダストはそう言って、麻袋を取り戻そうと手を伸ばすが、僕はその手を掴み、袋を握り直す。
「出来ない訳じゃないです。依頼料が足りないから、受けられないんですよ」
「……ほう。素直じゃないな。その紙の切れ端に記された目標を見れば――」
彼の話を遮り、僕は紙の切れ端を手に取る。
「それ以上、喋らないでください。それと、シートベルト締めてくださいね。僕は誰であろうと、安全運転を心がけているんです」
「ああ、分かったよ」
ルームミラー越しに、ダストがシートベルトを締めるのを確認する。僕は紙を一瞥し、そこに記されていた目標――『壱番街の反政府組織』という文字を確認した後、焚き口に放り込んだ。
◆◆◆
ダストは僕を買っているからこそ、こうした汚れ仕事を依頼してくる。今回の目標は、独裁政治に反旗を翻す『錆びた歯車』だ。
彼らは反政府活動の一環として、数ヶ月おきにテロ行為を繰り返している。表向きは「貧困層のため」と謳っているが、実際にはスラムの子どもたちを利用する卑劣な犯罪集団だ。
スラムに住むリベットと、五番街の豪邸に住むルミエル。
同じ年頃でも、全く異なる境遇で生きる二人を見ていると、この街が抱える問題の深刻さを痛感する。どちらを悪と決めつけるつもりもないが、僕は彼らに寄り添う存在でありたいと思っている。
「なあ、アクセル。貴様がいた異世界の話を聞かせてくれ」
ダストの問いかけに、僕は肩をすくめて答える。
「いいっすよ。とっつぁんが面白いと思うかは分かりませんけど、それでも良いですか?」
「ああ、どんな話でも構わない。我輩の思い描く理想と、貴様の話には共通点が多いからな」
その言葉を聞き、僕はこの世界に転生する前の話を語り始めた。特にダストが気に入っているのは、「マイノ○ティーリポート」という映画の話だ。
「その世界では、犯罪が未然に防げるのだな?」
「違いますよ、予知できるだけです。この異世界がそんな世界じゃなくて良かったですよ」
「冗談を言うな。犯罪が起きない世界など理想郷ではないか」
「でも、全部見透かされた世界って退屈じゃないですか?」
こうしたやり取りを、ダストとは何回と繰り返している。そして毎回、彼は同じように答えるのだ――「だから理想であり続けるのだ」と。
◆◆◆
「アクセル。貴様がいた世界の空は、本当にブルーキャブと同じ色なのか?」
ダストは後部座席の窓を軽くノックしながら尋ねてくる。その視線の先には、三番街の空路を走る、黄緑色の塗装が剥げかかった浮遊蒸気自動車があった。
「そうですね。あんな感じの色です」
「ふむ。空とは随分と汚らしい色をしているんだな」
……やっぱり、そう思うんだ。
この街の人々にとって、本当の空の色は遠い幻想だ。大統領のダストでさえ、五十年も生きてなお、それを知らないのだから。
「着いたぞ。そこの角で降ろしてくれ」
「うーっす」
ダストの指示通り、車を路肩に停める。後部座席を振り返り、ペストマスクを被った彼を見つめると、彼は静かに言った。
「アクセル。半年以内に成果をあげろ」
「……了解っす」
ドアを閉めた彼が立ち去ると、僕は貨幣トレイに残された麻袋を指先でつまみ上げた。
「軽いな。どうせならチップも欲しかった」
麻袋の中には十五枚の金貨。表面には『歯車と鳩』の紋章と『シティに平和を』の文字が刻まれている。
一枚十万円、十五枚で百五十万円――それを得るために、僕はこれから人を殺しに行く。
「ねえ、便利屋さん。聞こえてる?」
不意に声を掛けられ、振り向くと、運転席の窓越しにロータスさんが立っていた。
「あ、ロータスさん。どうしたんですか?」
「『どうした』じゃないわよ。通行証を見せなさい」
「え?」
「ここは壱番街よ。政府の認可を受けた車両か、通行許可証を持った住人以外、停車できない区域のはずだけど?」
……クソっ垂れ。ダストのとっつぁんに一杯食わされたか。