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便利屋ハンドマン-HandMan-  作者: 椎名ユシカ
第一部 第1章 青少年期 蒸気機関技師編
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05「運命の車輪」


 浮遊する黄色い車体――側面には『便利屋ハンドマンにお任せください』の文字。僕の愛車は後輪の排出口から蒸気を放出し、ゆっくりと頭を下げるように降下していく。


 地面はレンガ調の道路。脇には錆びた廃材や、旧世代の人類が遺した蒸気飛行船のスクラップが無造作に積み上げられている。そんなガラクタの間を縫うように車を走らせた。


「追って来ない……よな?」


 車内に響くのは、街中に流れる独裁者ダストの政治放送。

「我がシティは安全です」「蒸気機甲骸(スチームボット)がアナタの生活を守ります」「圧政抵抗組織から住民を守るのは、我が治安維持部隊です」といった、一方的なスローガンが次々と流れる。


「期待してまっせ、ダストのとっつぁん」


 僕は苦笑いしながらハンドルを引き戻し、操作盤のボタンを押す。すると、愛車の浮遊蒸気自動車は自動運転モードに切り替わった。


 背もたれに寄りかかり、軽く目を閉じる。

 アンクルシティを治める独裁者、ダスト・アンクル。彼が掲げる『平和なアンクルシティ』という理想郷が訪れる未来は、少なくとも僕には想像できない。

 街の景気は年々悪化しているし、僕が働く『便利屋ハンドマン』への依頼も減る一方だ。スラムの貧困層が増えている現状を見れば、夢物語だと分かる。


「……誰か乗ってくれないかな。客が来ないと、店に帰るだけになるし」


 窓のフチに肘を乗せ、退屈そうに呟く。そんな僕の心の声が届いたのか、背後で突然サイレンが鳴り響いた。


 ルームミラーを覗き込むと、そこに映るのは治安維持部隊のホバーバイク。赤青灯を回しながら、僕の黄色い車体を追ってきている。


「……クソッ、やっぱりバレたか」


 不満を零しつつ、操作盤を叩いて自動運転を解除。燃費なんて気にしていられない。アクセルを踏み込み、車体を急発進させる。


「このまま店に帰るわけにもいかない。ちょっと遊んでやるか」

「そこのイエローキャブを運転している、大人びた青年! すぐに停車しなさい!」


 スピーカー越しの女性兵士の声が響くが、僕はお構いなしにハンドルを握り直した。


「嫌ですぅ! 絶対に停めませーん!」


 煽るように言い放つと、スピーカー越しに「頭のイカれた青年を追跡中。五番街の全治安維持部隊へ告ぐ。対象はイエローキャブを運転している黒髪の青年だ」「大人びた口調で女性をからかってくる美青年よ」「これは最後の警告です。すぐに停車しない場合は実力行使を取ります!」という冷たい声が返ってきた。



◆◆◆



 追いすがるホバーバイクを振り切るため、僕は車体を地面すれすれまで降下させた。狭い路地裏に飛び込むと、建物の間をすり抜けるように走る。


「さぁ、ついて来られるもんなら来いよ!」


 路地で営業していた住民たちは、僕の車が突っ切ると同時に歓声を上げ始めた。これも五番街らしい日常の一幕だ。


 だが、路地を抜けた瞬間――目の前には赤青灯を回した治安維持部隊の車両が待ち構えていた。

 僕の車を追っていたホバーバイクも横付けされ、女性兵士が蒸気機関銃を構える。


「はぁ……今日は運が悪いな」

「アクセル、今日は逃げ切れなかったわね」


 蒸気機関銃を構えた女性――ロータスさんが汗を滲ませながら僕を睨む。


「ワザと捕まってあげたんですよ。ほら、特別サービスです」

「……あんた、真面目に聞く気ないでしょ? 頭を吹っ飛ばされたくないなら、さっさとキャブから降りなさい」


 銃口を向けられたら、逆らうのは流石に無理だ。僕は操作盤を押し、車を停車させた。シートベルトを外し、免許証と営業許可証を手に車から降りる。


「どうして逃げたのよ。そんなに私が嫌いなの?」

「いやいや、追われたら誰だって逃げますって」


「普通は逃げないわよ。心にヤマしいことが無ければね」


 そんなロータスさんを前にして、僕はしれっと返す。


「でも、ロータスさんのことは好きですよ。ほら、蹴られるのも御褒美ですし」

「はぁ……もういいわ」


「ハイハイ。免許証とイエローキャブの営業許可証を出しなさい」

「ケツポケットに入ってます。確認したいなら、そこに手を突っ込んでください」


 尻を突き出し、僕は治安維持部隊の兵士を煽り続ける。すると、彼女たちは周囲に人が居ないのをいい事に、警棒を取り出して尻を叩いてきた。


「キモヂィッ……ありがとうございます!」


 呆れ果てたロータスさんは僕を一瞥し、免許証と営業許可証を奪い取って手に取る。彼女の背後にいる蒸気機甲骸(スチームボット)は冷たい声で呟いた。


「ロータス様。彼ノ下半身ガ勃起シテイマス。彼ハナゼ喜ンデイルノデスカ?」

「……Z1400、そんなこと気にしなくていいわ」

「そうだぞ、Z1400。この気持ちは高度な領域に達しないと理解できないものだ!」


 その時、聞き覚えのある声が響く。


「こら、アクセル! 変な知識を植え付けないで!」

「ロータス部隊長、そのくらいにしておけ」


 振り向くと、そこにいたのはこの街の支配者、ダスト・アンクルだった。


「よぉ、とっつぁん。相変わらず威厳たっぷりですね」

「お陰様でな。貴様に頼んだ依頼の報告を聞きに来た。怪我は無いか?」

 

 僕はダストの手を取り、再び車に乗り込む。助手席に置いた一斗缶を確認しながら、彼に声を掛けた。

 

「いや、大したことありませんよ。ちょっと叩かれたくらいです。じゃあ、三番街のバーガー屋でも寄りますか? 帰りがてら報告しますよ、とっつぁん」

「任せるぞ。アクセル、お前の運転には期待しているからな」


 ダストを後部座席に乗せ、僕は車を走らせる。ボロボロの愛車だけど、これも異世界転生ライフの一部だ。

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