08「中継基地局防衛戦―②」
「応答が……返ってきません。ですが、電波は生きています。おそらく、妨害されている可能性が高いです」
部隊員が振り返りながら報告する。その表情は険しい。
「妨害……だと? この地下でそんなことが可能なのか?」
エドワードが疑念を口にした。
「奴らの儀式が関係しているかもしれない。フェンリル教が展開している『定義』と『秩序』の影響が、通信にも干渉している可能性がある」
ジャックオー師匠が腕を組みながら言葉を続けた。その瞳には深い警戒心が宿っている。
師匠の言葉を受け、ロータスさんが冷静に状況を分析するように話し始めた。
「通信が妨害されているのなら、設営中の基地局に直接向かうしかない。ただし、現状ではシャルロッテの治療が優先です。ここで戦力を整えながら、状況を整理すべきでしょう」
「同感だな。無理に進むよりも、今の情報を基に行動を固めるべきだ」
エドワードが頷き、僕も師匠に目を向けた。
「僕たちが儀式の準備場所を発見したことを考えると、フェンリル教はこの付近で次の段階を進める可能性が高いはずです。それを阻止する準備が必要ですね」
「そうだな。では、この基地局を拠点にした作戦会議を始める」
師匠が全員を見渡しながら声を上げる。その言葉には、これからの戦いへの覚悟と冷静な決意が込められていた。
狭い空間に緊張が漂う中、僕たちは基地局の中央に集まる。簡素な金属製の机と椅子が並ぶだけの無機質な空間。点滅する照明が、戦場特有の不安定さを強調していた。
「全員、まずは状況を共有しよう」
ジャックオー師匠が義手を軽く鳴らしながら口を開いた。その声には、いつもの冷静さに加えて、どこか焦りが混じっている。
「フェンリル教の祭壇を目撃したことで、彼らの活動が水面下で本格化していることは間違いないと断定できた。儀式の中心となる装置や魔物の異常な数を考えれば、やつらの目的が一段階進行している可能性が高い」
「問題は、どうやってそれを阻止するかだな」
エドワードが腕を組みながら呟いた。その言葉に、部隊員の一人が地図を机の中央に広げる。
「現在、基地局の位置はここです。そして、祭壇を目撃した場所はこの先約2キロ地点。さらに、設営中の基地局はこのルートをたどれば5キロ先にあります」
地図上に示されたラインは、無数の地下通路が蜘蛛の巣のように絡み合う中で辛うじて繋がっていた。だが、誰もがその経路が安全とは言い切れないことを理解している。
「妨害されている通信をどうにかする手段はないんですか?」
ロータスさんが部隊員に問いかける。その鋭い瞳は、指揮官としての冷静さを失わない。
「この基地局にある通信装置では、電波障害を突破することは難しいです。ただ、設営中の基地局に向かえば、より強力な通信機器を使える可能性があります」
「つまり、設営中の基地局を目指すのは現状のベストだということか」
師匠が結論づけるように言ったが、エドワードが首を横に振った。
「それも確かに1つの手だが、シャルロッテの怪我が思った以上に深刻だ。この基地局で応急処置はできても、完全に回復するには医療設備が整った場所へ戻る必要がある」
「……待ってください」
僕は部隊員が広げた地図を指差し、視線を集中させた。
「ここまでの道中、魔物の異常な数や『定義』と『秩序』の影響を考えれば、設営中の基地局に向かうのも簡単ではないはずです」
「アクセルの言う通りね」
ロータスさんが頷く。
「安全な経路が確認できない以上、無理に進むのは危険です。ここでの防御態勢を固め、通信障害を突破する手段を考えるのが最善でしょう」
「……賛成だ」
エドワードが頷き、シャルロッテの肩にそっと手を置いた。
「姉さんを無理させるわけにはいかない」
「私はまだ動ける……!」
シャルロッテが反論しようとするが、アンナが柔らかい声でそれを制した。
「姉さん、エディの言う通りよ。今は休むべきだわ」
「なら、まずはここを拠点に情報を整理する。次に、設営中の基地局へ向かうための経路確認と妨害の原因を探る。それでいいな?」
師匠の問いかけに、全員が無言で頷いた。
「それから、儀式の準備場所についても整理が必要だ。魔物の数、装置の配置、あれらがどのように儀式に関わるのかを探る必要がある」
「了解しました」
部隊員の一人が素早くメモを取る。
「アクセル、機甲手首を使ってもう一度周囲の地形を確認してくれ。異変が起きていないか探るんだ」
「師匠、任せてください」
僕はアームウォーマーを操作し、ハンズマンを遠隔で動かし始めた。けれど、その視界に映る光景が歪んでいく。
◆◆◆
ハンズマンの視界を通じて映し出される地下通路は、どこか歪みを帯びていた。いつもなら明瞭なラインを描く地形が、今はまるで蜃気楼のように揺れている。
「どうした、アクセル? 何か見えたのか?」
師匠の問いに、僕は小さく頷く。
「妙です……地形が乱れているように見えるんです。まるで……意図的に歪められているみたいに」
僕が言い終わる前に、ハンズマンの映像が突然ノイズに覆われた。そして、地図上では確かに基地局近くを動いていたはずの個体が、全く異なる場所へ瞬時に移動したような映像が映し出される。
「これは……」
僕の声に反応した師匠が画面を覗き込み、険しい顔を見せた。
「間違いない。水道内に展開された『定義』と『秩序』の影響だ。空間そのものが操作されている。フェンリル教の仕業か、それとも別の何かか……」
その時、基地局の照明が一瞬暗くなり、微かな振動が床を伝った。次の瞬間、遠くから魔物の咆哮が響き渡る。
「来るぞ! 防衛準備を整えろ!」
ロータスさんが即座に指示を飛ばし、部隊員たちが急いで持ち場に就く。
「こんな短時間で追ってきたってのか? どこまで執念深いんだ……」
エドワードが低く呟きながら、大きな鉄槌を構える。彼の瞳には覚悟が宿っていた。
「師匠、どうしますか?」
僕が尋ねると、師匠は義手を握り直し、冷静に答えた。
「敵を迎え撃つしかない。だが、これはただの襲撃ではないかもしれない。奴らは私たちをここで仕留めるつもりか、あるいは……妨害の原因を守るために動いているのかもな」
「……悠長に構えてる暇なんて無さそうですよ!」
僕が叫んだ瞬間、魔物の群れが扉を破って侵入してきた。その数は圧倒的だった。
最初に侵入してきたのは、昆虫種で小型の魔物たちだった。部隊員たちの銃弾が次々に彼らを撃ち抜いていく。しかし、その後ろから現れたのは、大型の魔物――その姿は異様で、まるで人為的に改造されたような痕跡が見える。
「くそっ、数が多すぎる……!」
エドワードが鉄槌を振り下ろし、大型の魔物を叩き伏せる。だが、その間にも次々と新たな魔物が押し寄せてきた。
「アクセル、頼む!」
師匠の声に反応し、僕は再びアームウォーマーを操作する。そしてウォーマーから飛び出した大口径の散弾を空中で装填し、目の前に迫る魔物の頭部に撃ち込む。
その時、心の奥底から何かが沸き上がる感覚がした。
『またか……』
視界が歪み、時間が緩やかに感じられる。極彩色の光景の中で無意識に体が動き、敵の動きを先読みするかのように攻撃をかわし、反撃を加えていく。
やがて、魔物たちの攻撃が徐々に収まり始めた。部隊員たちが疲労困憊の様子で銃を下ろす中、僕はその場に膝をついて息を整える。
「アクセル……キミのその力、一体……」
師匠が険しい顔で僕を見つめていた。その視線には、疑念と期待の両方が宿っている。
「……すみません、僕もわからないんです。ただ、何かが勝手に……」
僕の言葉が途切れると同時に、基地局の奥から奇妙な音が響いてきた。それはまるで、何かが崩れ落ちるような音だった。
「これ以上ここに留まるのは危険だ……作戦を進めるためにも、次の行動に移る準備を急ごう」
師匠が全員を見渡してそう告げると、ロータスさんも頷き、次の指示を出した。
「妨害の原因を突き止めるには、設営中の基地局に向かう必要がありそうね」
その言葉を合図に、全員が次なる行動の準備に取り掛かるのだった。




